モヤモヤ

「どうしたの、鈴村君?調子悪い?」

横から聞こえた声にハッと振り向くと、木下さんが心配そうに見ていた。

まずいまずい、すっかり忘れてた。

そこからは木下さんとお互いの学校の事や、先だって終わったテストの事を話した。

木下さんは活発で良くしゃべる子のため、思ったより楽しく話すことが出来た。。

本当は女子の友達も欲しいけど、木下さんを見ていると異性として見てるっぽい。

中々難しいな。

 その時、急に木下さんが「そういえば、清水先生と山辺先生それぞれの好みのタイプってどんな人なの?」と話すのが聞こえた。

私は思わず山辺先生の顔を見たが、すぐに慌てて清水先生の方を見るようにした。

清水先生は少し考えると、優しい笑顔で言った。

「私が運動全然だし、そんなに話しも上手じゃないから明るいスポーツマンがいいかな」

「じゃあ体育の高橋先生とかじゃない!」

木下さんがそう言うとドッと笑い声が起きた。

「いやいや、高橋は無いって。清水先生と真逆じゃん」

「こら!失礼でしょ」

「こわ~い、先生怒った」

大げさに体をくねらせた木下さんは、次に山辺先生の方を見た。

私は興味ないフリをしながらも、つい耳に神経が集まってしまう。

山辺先生はしばらく考えていると、少し上の方を見ながら言った。

「僕は・・・長い黒髪で瞳の綺麗な楚々とした女性かな。あ、楚々って言うのは『清らかで美しい』って意味なんだけど」

「先生、なに真面目に答えてるの」

また女子がドッと笑い出す。

だが、私は先生の言葉が頭の中に響いていた。

黒髪で瞳が綺麗な・・・

「所で鈴村君はどんなタイプが好みなの?」

木下さんの声が聞こえてきて、ハッと我に返る。

すっかり自分の世界に入ってしまっていたらしい。

慌てて考えるフリをする。

今の私の答えることは決まっている。

「外見はこだわり無いよ。自分をしっかり持ってて、優しい人かな」

「う~ん、何か優等生、って感じ。出来ればもっと具体的に!」

「でも、いいじゃないか。何か芯が通っている感じで鈴村らしいよ」

「・・・どうも」

 突然の山辺先生の言葉に思考が止まってしまう。

きっと社交辞令なんだろう。

それは分かっているのだが、やっぱり嬉しい。

山辺先生を改めて見る。

外見なんかじゃ無い。自分を持ってて優しい人。

もちろん外見も髪型をもうちょっと何とかすれば、実は良い線行く・・・はず。

それからはみんながそれぞれテレビやSNSの話しなどをそれぞれ自由に話し始め、ほどなくして昼休みは終わったので、それぞれ解散となった。

クラスに帰ろうと歩き出すと、木下さんも着いてきた。

ふと見ると他の女子の姿は無い。

なるほど、と一人で勝手に納得して私は木下さんにニッコリと笑いかけた。

女子の付き合いも色々あるんだな。

木下さんは嬉しそうに私の横に並んで来たが、そんな様子を見るとこちらもつい嬉しくなってしまう。

ボーイッシュで豊富すぎるエネルギーがまさに漏れださんとしている木下さんはいかにも姉御肌の女子、って感じだ。

こういう子と仲良くなりたい物だけど、私の「仲良く」とこの人の「仲良く」は大きく異なっているのだろう。

でも私は今でも私の憧れてきた「仲良く」の未練を捨て切れていない。

健一や雄馬は良い友達だけど、やっぱり奥の方では薄皮一枚のような仕切りを感じてしまう。本当は木下さんや清水先生のような人・・・そういう人たちであれば仕切りの無い友達として振る舞えるんだろうな。

「所で鈴村君って・・・清水先生と山辺先生ってどう思う?」

「えっ!?」

いきなり二人の名前が出たので、少々面食らった。

「いや、どうって・・・二人ともいい先生だよね」

私は少し考えて無難な答えを言ったが、木下さんは私の返事を待たずに返した。

「あの二人って結構良い感じだと思わない?」

瞬間、喉の奥に苦い物が広がるのを感じた。

「え・・・なんでそう思うの」

答えながら、苦い物が口の中にも広がり、そのせいだろうか妙に口が渇いて気持ち悪い。

「だって、さっきのお昼の時もちょいちょい二人とも目を合わせてたし」

「でも、全然お互いに話してなかったじゃん。特に清水先生が全く相手にしてなかった感じで」

そう答えながら、自分の言葉にホッとしていた。

「う~ん、でもそれって付き合ってる二人には良くあるって聞いたことある。職場恋愛とかだと周りにバレないようにあえて人前では素っ気なく振る舞うんだって」

「そうかもだけど、清水先生の好みのタイプじゃ無いでしょ。あり得ないよ」

話しながら、自分の口調がぶっきらぼうに鳴っていくのを感じて、焦った。

だが、内心感じているモヤモヤを中々コントロール出来ない。

「じゃあ大きめのを言っちゃうけど、あの二人職員室ではいっつも二人でお弁当食べてるんだって。楽しげに顔を見合わせて話してるって、他の女子も言ってたよ」

それは机が隣だから・・・

そう内心反論しながらも、それを言う事が出来なかった。

これ以上二人について私の知らない事実を聞くことが怖かったのだ。

もう充分。

話しは切り上げよう。

有り難いことに丁度お互いのクラスの前に来た。

木下さんは名残惜しそうにしていたが、私は軽く手を上げるとそそくさと教室に入った。

席に座ると早速健一が「おかえり。女子との華やかな中で食べる弁当はどうだった?」と茶化してきたが答える気が起こらず「疲れた。もういい」と苦笑いで返すのが精一杯だった。

それからも我ながら完全に上の空になっており、木下さんの言葉がグルグル回っていた。

だが、6時間目の授業中。

ふと私の頭に一つの決心が浮かんだ。

考えるだけで心臓が大きく音を立てているのが分かる。

だが、明日は土曜日。

明後日は雨。

その日の夜、部屋の鍵をかけた私は化粧を始めた。いつもよりも念入りに。目元を特に注意して。

それからウィッグを着ける。

鏡に写る自分を角度を変えながら何度も見返す。

「楚々とした人って・・・」

思わず声に出してしまい、自分に笑いそうになった。

何をやってるんだろう。

心の中でつぶやくと化粧を落としてお風呂に入った。

そして念入りに体や髪を洗う。

明日のために早く寝ないと。

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