沢山の光の粒

その翌日も、私は緑地公園のベンチに座っていた。

テスト期間中で時間を持て余していることもそうだったけど、もしかしてまたあの犬に会えるかも、と思う自分もいた。

すると案の定、ベンチに向かって歩いてくる先生と犬の姿があった。

「お、また鈴村か。お前勉強大丈夫か?」

「ご心配なく。僕、普段から勉強してるんで」

「凄い事言ってるな。他の生徒にも聞かせてやりたいよ」

先生は驚いていたけど、当然のこと。

普段の授業の範囲から出す物なんだから、普段からしっかり勉強してれば勉強は最小限で良い。

そう言うと先生は苦笑いしながら言った。

「確かにそうだが、そんな簡単な物じゃ無い。そう言えるお前はやっぱり凄いよ」

そんなものなのかな。

自分の事もテストくらいにシンプルだったら・・・

そんな事を考えていると、そばでクルクル回っていた犬がワンワンと大きな声で吠え始めた。「こら、リンゴ。もうちょっと待て。今大事な話してるんだから」

「あ、すいません。いいですよ、そんなたいした事話してないし、行ってください」

「そうは行かないよ。それにお前はコイツの事を聞いてくれた初めての人なんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。コイツを見た人は結構引く人が多くてな。見た感じも個性的だし」

「そんな事・・・この子も先生みたいに大事にしてくれる人の所にいて幸せだと思います。なんの不安も無く」

「そうだといいけど。でもたまに余計なことをしているのかも。こいつは本当に幸せなんだろうか、って考えることがある」

「幸せですよ。だって先生がいなかったらどうなってたか分からないんでしょ。先生の『救ってやりたい』って言う気持ちがあったから」

失礼ながら大して考えずに発した言葉であったが、先生はどこか悲しげだが何とも優しい表情で言った。

「そうだね。でも・・・それ以上にコイツが生きたがっていた。走りたがっていたように思えたんだ。だったらそうしてやりたい。それだけの単純な理由だった。愛する物を救いたい、とかそんなレベルの高い気持ちじゃ無い。他人の『こうあるべき』なんて余計なお世話だよ。ただ、コイツを納得させてやりたい。それだけなんだ」

「納得・・・」

胸の中に引っかかりを感じて思わず口に出た言葉に、先生は頷いて静かに言った。

「うん。他人はどう思うかはどうでもいい。自分が納得できるか。それだけじゃないかな。だって他人は僕やコイツの代わりにはなれないんだから」

その言葉で引っかかりがストンと落ちた。

そうだ。自分の人生なんだ。自分が納得できるか。

それが一番なんじゃないか。

それと共に、私自身の今までの人生がずっとどこか「周囲に納得してもらう」事が目的になり、その報酬として自分の人生の安全が守られる、と思っていた。

でも、私はそれに「納得」していたのだろうか?

その時、目の前の色がグッと濃くなったような気がした。

そして、目の前の人が驚くほどに色鮮やかに見えた。

光の粒が・・・沢山。

「どうした、鈴村?大丈夫か」

ハッと我に返ると先生が心配そうに私を見ていた。

どうやらずっとボーッとしていたらしい。

って言うか、何?これは。

「顔赤いけど大丈夫か」

そう言って近づいてきた先生から、無意識に数歩後ずさった。

あれ?なんで?

先生はそんな私を見て、申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめん。引いちゃったね。いきなりこんなに熱く語っちゃって悪かった。僕もビックリしているんだ。今まで誰にもこんな気持ちをしゃべったこと無いのに」

私はその言葉に驚くほど胸が高鳴った。

心地よい優越感。そして、名前の分からないおかしな感情。

ただ、とにかく先生の顔を真っ直ぐ見る事が出来なかった。

一体どうしちゃったんだろう。

「ごめんな、せっかく気分良く散歩してた所を邪魔しちゃって。じゃあまた明日学校で」

先生は優しい笑顔でそう言って犬と共にまた、軽やかなシューズの音と車椅子の転がる音と共に走って行った。

あ・・・

私は何も言えずに見送った。

そして先生の姿が見えなくなると、急に周囲の色がくすんで見え心なしかひんやりとしているように見えた。

そんな中に一人でベンチに座っていることが急にさみしいと感じると共に、置いてけぼりにされたように思え先生にイライラを感じた。

生徒を置いて行っちゃうなんて。

もう歩く気にならず、今日は早めに帰ることにしたが、帰り道の間先生の言った「今まで誰にもこんな気持ちを・・・」の言葉が何度も浮かんできて、その時は胸が暖かくなり景色のキラキラ具合が増した。

その夜は気を抜くと昼間の先生の白いランニングウェアや、笑顔が浮かんでしまった。

いや、そうではない。

考えたくて仕方ないのだ。

なぜなら思い出すと幸せだからだ。

これは・・・もしかして。

うっすら正体が分かりかけているこの感情に、何故か不安を感じた。

気を紛らわせたくて、また鍵をかけて化粧をした。

だが、鏡を見る度に浮かぶのはあの人の事だった。

この姿をたまらなく見せたくて仕方ない。

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