第17話 『卑弥呼の使い、難升米』

 正元二年十一月二日(255/12/2⇔2024年6月16日13:00) 已百支いはき国 宮田むら 


 比古那は四人の疑問と不安を解消しきれないまま、じゃあこのままどうすんだ? という極論で押し切って、洞窟の入り口に連れてきた。尊はさっきよりも筆談がスムーズにいっているようだ。


「大丈夫、なの?」


 咲耶が尊に聞く。


「比古那に聞いてもこれしか方法がないって言って、納得いく説明聞いてないんだけど……」


 その疑問はもっともだが、そもそも誰に聞いても、納得のできる説明などできようがない。


 美保が言うと千尋も続く。


「怖い。みんな、一緒にいようね」





「問題ない。この人はどうやら、この村の長老、要するに村長さんみたいだ。それに、意思の疎通ができる」


 ええ! ? と驚くような声を四人が出したが、尊はもう慣れたのか、四人の名前を地面に書き、順番に呼んで簡単な自己紹介をした。


 長老はニコニコしながらひげをさすり、うなずいている。


「そんで、このおじいさんの名前は難升米なしめ。年齢は多分……50~60歳くらいじゃないかな」


 歳相応なのか何なのか? 弥生時代の平均寿命がわからないから知りようもない。そうこうしていると、長老ナシメが尊を呼んで全員を連れて行こうとする。


「尊、どこに行こうとしているんだ?」


「家に」


 比古那が問いかけると、尊は短く答えた。どうやら家に招待してくれるらしい。選択肢などない。腹をくくってついていくしかないようだ。


 長老ナシメの案内で、一行は村へ向かって歩き出した。道中、周囲の景色が徐々に変化していく。木々の間から小さな家々が見え始め、遠くには畑らしきものも見えてきた。


 比古那は仲間たちの様子を気にかけながら歩を進める。

 

 咲耶は周囲の植物に興味を示し、時折立ち止まっては葉の形や色を観察しているが、美保は村人たちの姿を見つけると、その服装や髪形を熱心に観察し始めた。


 槍太が低い声で言う。


「おいみんな。あまり変な行動はしないようにな。向こうから見たら、俺たちの方が異質なんだぞ」


 その言葉に、全員が我に返ったように振る舞いを慎重にする。千尋は小声で尊に尋ねた。


「この時代の人々は、私たちをどう思ってるんだろう」


「さあ……まだよくわからないけど、少なくとも敵意は感じられないな」


 村の中心に差し掛かると、好奇心に満ちた視線を感じる。子供たちが遠巻きに彼らを見つめ、大人たちも作業の手を止めて様子をうかがっている。


 長老ナシメは立ち止まって杖を掲げ、一点を差してぐるぐる回す。杖の先には少し大きめの建物があり、その隣には倉庫のような物もあった。どうやらそこが長老ナシメの自宅のようだ。


 竪穴たてあな式住居には変わりがないが、その大きな家の入り口前には、棍棒こんぼうをもった兵士のような見張りの男が立っている。横を見ると倉庫にも同じような男が立っていた。


 比古那たちは互いに目を見合わせた。尊が静かに言う。


「ここが長老の家みたいだ。中に入るように言われている」


 長老ナシメと兄弟の三人は先に家に入った。


 慎重に中に入るとそこは広々としていて囲炉裏が中央にあり、洞窟とは比べものにならないくらい暖かい。長老ナシメは比古那たちを囲炉裏の周りに座らせ、自らも座った。


「どうやら、ここで何か話があるようだ」


 地面の文字を尊が訳す。


 さらに長老ナシメは杖を使って尊と筆談を続け、尊がその文字を読み上げた。


「『あなたたちはどこから来たのですか?』と書いてある」


 尊の言葉に比古那は少し考え、全員に意見を聞いた。


「どうする? 正直に未来から来たって言うか?」


 比古那の問いかけに、咲耶が真っ先に答えた。


「正直に話すべきだと思う。未来から来たことを隠しても、いつかはばれるかもしれないし」


 美保も同意する。


「そうね。嘘をついて信頼を失うより、最初から正直に話す方がいいと思う」


 ……。


「ただ、信じてもらえるかどうかが問題だな。でも、信じてもらえれば協力を得られるかもしれない」


 しばらくの沈黙の後、槍太が腕を組み、考え込むように言った。


 しかし千尋が心配そうに言う。


「でも、未来から来たって言ったら混乱させるんじゃない? 私達だって理解できないんだから、おじいさんに理解ができるかどうか、わからないよ」


 比古那は考える。いったいどう言うべきか。


 全員が悩み、考え込んでいると、ナシメは再び杖で地面に字を書き始めた。尊は読み取るために真剣に地面を見つめるが、どうやら少しだけ長文のようだ。


『吾知汝等同衣者』


「何だって?」


 尊が素っ頓狂な声を上げた。それもそのはず、『私はお前らと同じ服を着た者を知っている』という意味なのだ。


「どうした?」


 比古那は尊に詰め寄る。他の四人も同じだ。


「俺達と同じ服を着た人間を知っている、だって……」


「どういう事だ! ?」


「わからんよ! ちょっと待てって!」


 感情的になって声を荒らげる比古那を突き放し、尊は深呼吸しながら、地面に字を書く。


『同衣者哉』(同じ服の人?)


『然』(そうだ)


『何時哉』(いつ?)


『五月前』(五ヶ月前)


「まじか……」


 尊の顔が驚きにあふれ、次第に希望へと変わっていくのが見て取れる。


「どうした? 何かわかったのか?」


 槍太が聞いてきた。


「みんな、聞いてくれ。俺の通訳が間違っていなければ、おじいさん、先生と会ってる」


 えええええ! と尊以外の五人が一斉に大声を出した。それくらいの驚きだったのだ。


 ……。

 ……。

 ……。


 家の中が静寂に包まれた。


 比古那が最初に我に返り、急いで尊に詳細を聞こうとする。


「待て……先生って……修一先生のことか?」


 尊は慌てて答える。


「当たり前だ。他に誰がいる?」


 美保が興奮気味に口を挟む。


「でも、どうして? 先生も時間を遡ったってこと?」 


「おい、落ち着け。まずは確実な情報を集めないと」


 槍太は冷静さを保とうと努めながら、周りを見回した。千尋は長老ナシメの表情をうかがいながら、小声で提案する。


「もっと詳しく聞いてみたら? 先生のことをどれくらい知ってるのか」

 

 咲耶は興奮を抑えきれない様子で、手を握りしめながら言う。


「そうよ! 先生がどこにいるのか、何をしているのか、全部聞いてみて!」


 めんどくさ……俺にキレるなよ……尊は思った。


「よし、尊。もっと詳しく聞いてくれ。先生がどこにいるのか、何をしているのか、できるだけ具体的に」


 比古那は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、尊に向かって言った。尊は頷き、再び地面に向かって文字を書き始める。長老ナシメは彼らの様子を興味深そうに観察している。


『先生今在何処哉』(先生は今どこにいますか)


 長老はゆっくりと返答を書き始める。


「『弥馬壱国』……弥・馬・壱・国? ?」





 その時、家の外から怒鳴り声のような音が聞こえた。





 次回 第18話 (仮)『兵士と先生と弥馬壱国と壱与』

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