第10話 『鉄と帆船』 

 正元二年六月二十五日 邪馬壱国 方保田東原宮処かとうだひがしばるのみやこ <修一>


 考古学者=歴史学者でもなければ、=歴史オタクでもない。


 だから俺も、歴史オタクではない。でも考古学を学ぶにあたり、発掘や調査をするにあたっては、とっかかりは何であっても、少なからず歴史知識は必要となってくるのだ。


 俺の場合はそれが、某シミュレーションゲーム『○長の○望』だった。


 小学生、多分6年生だったか中学1年生かその辺り。夢中になってのめり込んで、歴史中毒になって、社会(日本史)テストの後は俺に答え合わせをしてくる生徒もいたくらいだった。


 まあ、そんな事はどうでもいい。だから一般的に言われる考古学者より、歴史の歴史学的知識は深いという自負があった。





「シュウ、なんだその袋は?」


 壱与が聞く。修一が持っている袋には何が入っているのだろうか。


「これ、これはね……あ、ちょっとここに敷く布ある?」


 修一はそう言って、袋の中身を広げられた布の上にまいた。


「何だ、これは。……これは、か?」


 丹とは辰砂しんしゃのことで、水銀の原料となる硫化鉱物。いわゆる魏志倭人伝の邪馬台国にも「そのに・たん有」と記述されている。古墳の内壁や石棺の彩色、壁画に使用されていた。


「同じ赤い色だけど、その(転じて赤い色も丹と言うようになった)じゃない。これはスズ(褐鉄鉱・元素記号 Snではない。ベンガラの原料)だよ」


 スズ(リモナイト・褐鉄鉱)は額に塗ったり入れ墨の着色料(ベンガラ)となる。そのスズは古代より製鉄の原料とされてきた。温泉地帯の湿地帯に生える植物(あしかやつた等)の根に、鉄の成分(褐鉄鉱)が付着した塊をいう。


「おお! じゃがそのスズがどうした? それにはいつの間にそんなものを……」


 壱与とイツヒメが不思議そうに修一を見る。


「俺、ここに来て暇だったろう? この前のゲンノショウコもそうだけど、色々と探険して見つけたんだよ」


 修一の行動には警護がついたが、それはいわゆるイサクの命令による監視でもあった。


 その条件付きで柵の外を探険していた時に、葦の群生地を見つけたのだ。その他にも小川や水辺に堆積した大量の赤茶色の土があった。間違いなく鉄を含んだ土である。


 葦を引っこ抜いてみたら、根っこ部分が赤くなった塊になっている。それを持ってきたのだ。


「それで、このスズを如何いかがいたすのじゃ?」


 壱与とイツヒメの興味津々な顔は修一をしたり顔にさせる。いつの世も、男子は女子にえっへんと言いたいのだ。


かねにする」


「! ! 鉄じゃと! ?」


 壱与の素っ頓狂とんきょうな声に、つられたようにイツヒメも驚きを露わにした。


然様さような、然様な事ができるのか?」


「出来る。見てみる?」


「「ええ」」



 


 修一は相当前になるが、学生の頃にやった実験を思い出した。


 その記憶を元に褐鉄鉱かってつこうが含まれた土を必要な分だけ集め、準備をしたのだ。土を乾かして薪の上に置き、焼いて残ったものを見せたのだ。


「! ……なんと、鉄は砂から作るものだとばかり思うておったが、この様に、赤土……スズからも作れるのか?」


「作れる。もの凄く原始て……いや、単純な話だけど、これで鉄を作れれば鉄のすきくわ、それにやじりや刀、よろいにも使える。鉄は中土なかつちや加羅からもたらされる物ばかりじゃないんだ」


「なんと……」


 イツヒメはスズと修一の顔を交互に見て、あまりの驚きに吐き出すように言った。


「鉄の他にも考えていた事がある」


「「なんじゃ?」」


 二人は食い気味に聞いてきた。


「帆船だよ」


「はん……せん? なんじゃそれは」 


 壱与もイツヒメも、聞いた事がない言葉にキツネにつままれた様な顔をしているが、修一は構わず話を続けた。


「帆船って言うのはね、風の力で動く船の事。えーっとね……」


 バックパックから大学ノートとボールペンを取りだして書こうとすると、イツヒメがぐいっとのぞき込んでくる。


「シュウ様、これは?」


「これはな、『ぼうるぺん』と言うもので、筆の代わりに炭を使わず漢字を書く道具じゃ。それは紙というもので、いくつも合わさった物は『のおと』と言うのだ」


 なぜか壱与が知ったか顔でイツヒメに説明する。


「さすがです壱与様、その『ぼうるぺん』なるものは如何いかにして作るのですか? 紙は?」


「え? いや、それは、なあシュウよ」


「まあ、イツヒメさん、それはおいおい。大事なのはこれ。さっきの帆船に話を戻すよ。……ん?」


 ふと修一は手を止め、思いついた事を整理しだした。





 漢字? この時代に既に漢字が伝わって……? いや、漢委奴国王かんのわのなのこくおうの金印や親魏倭王の金印がある。そもそも中国と交易があって、使者まできているんだから、伝わっていない方がおかしい。


 それに墨や筆もそうだ。


 なんだこれ! 大発見じゃないか。でもなんで、日本書紀や古事記が出るまで、歴史書なり何なりが残っていないんだ? 一体この古代日本で何があったんだ?


 倭の五王の時代までの、失われた四世紀に関係があるんだろうか。





「シュウ、おいシュウよ」


「え? あ、はい!」


 どうも修一は、考え事をすると集中して他の事には頭が回らないようだ。


「如何した? 続きを申せ」


「う、うん。これを見て」


 そう言って修一は、ざっくりと横から見た帆船を紙に書いて見せた。まるで小学生が描くような絵心のない下手くそな絵だったが、弥生時代の準構造船を描く程度なら、十分伝わったようだ。


「ここに柱を立てて、帆を張って風を受けて走るんだ」


「誠に、然様な仕掛けで船が動くのか?」


 二人とも信用していない。そりゃそうだ。


「ああ。俺は船大工じゃないから造れないけど、イメージしたものを作って貰えれば、動くはずだよ。こうやって帆船を造れば、目的地に早く着けるし、ぐ人が少なくて済むから荷物も多く積めるよ」


 邪馬壱国熊本説(実際に熊本にあるから説ではなくなったが)では、不彌国ふみこくから南へ水行して投馬国とうまこくへ着き、そこからさらに南へ水行、東へ陸行して邪馬壱国に至る。


 当然交易が行われていたはずで、スピードも速くなるし、盛んになれば国が栄えるのだ。


 修一は帆と帆柱の製作を実施する事となった。





 次回 第11話 (仮)『卒善中郎将の掖邪狗(エキヤク・ヒエシエコ)』

 正元二年六月二十五日(AD255/7/25⇔2024/6/11/09:00)

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