第6話 『女王壱与のいた(いる)世界』(AD255/7/4⇔2024/6/10/12:00) 

 正元二年六月四日(AD255/7/4⇔2024/6/10/12:00) 邪馬壱国 宮田むら


「はあああああああああ? !」


 修一は何も考える事なく魂の叫びを上げた。


 条件反射というか、人は理解不能な状況に陥った時に、一体どんな反応を示すのだろうか。


 今回の修一の場合『正元二年』というワードに拒否反応を起こして絶叫し、そして思考の過程で、現在のあり得ない状況が、いかにして導き出されたのかを考えた。


 そのために必要な情報を列挙する。



 


 ・今は正元二年だ、と壱与の知り合いを名乗る男が言っている。

 

 ・その男はよろい(の元祖のようなもの)を着た屈強な男で、伊弉久いさくと名乗った。

 

 ・壱与と俺は無事だが、状況が急激に変化している。

 

 ・伊弉久によると、壱与は24日前から行方不明だったという。

 

 ・石室の下で発見した金属板が、何らかの役割を果たしている可能性がある。

 

 ・周囲の風景や人々の服装を見る限り、確かに古代の雰囲気が漂っている。



 

 

 修一はこれらの情報を頭の中で整理しながら、状況を理解しようと必死だった。彼の隣では、壱与が伊弉久と熱心に会話を交わしている。

 

 その光景を見て、修一は混乱しながらも冷静さを取り戻そうとしていた。

 

「……ありえん」


 修一はつぶやいた。


「わからん。あり得ん。一体何が起こったんだ? とにかく情報が少なすぎる。状況証拠と物的証拠……俺たちは、壱与が来た道をもう一度戻って来たという事なのか?」






 修一は頭を抱えながら、周囲を見回した。


 石室の中は特に変わった所はない。こけむしたところが真新しくなっているだけだ。……! 時代が遡って建造当時になった? 馬鹿な! あり得ない。


 ふと、修一は足元に目をやった。……ない。あったはずの金属板が、ない。


「壱与! ちょっと来てくれ! さっき見つけた金属板が……」


 修一の壱与に対する呼びかけが全部終わる前に、勇ましい声が響いた。


「動くな! そ!」


 伊弉久が持っていた剣を振りかざし、修一に向けた。すごい形相でにらみつける伊弉久は、壱与に言う。


「壱与様、そ(こいつは誰ですか?)」


 壱与は驚いて、伊弉久を制す。


「止めよ伊弉久、此(この人)はシュウ……? 汝は誰そ? シュウは何処いずこじゃ?」


 修一をかばうかと思われた壱与は、予想外の言葉を突然発したのだ。


「いや、壱与……何言ってんだよ。俺だよ。シュウ、修一だよ。壱与、弁当五つも食べたろう? 海辺の自動販売機でお茶も飲んだじゃないか」


 修一は壱与に向かって、石棺から出てきたばかりの頃、そして吉野ヶ里遺跡や自宅での出来事を、事細かに説明する。伊弉久はともかく、壱与が何を言っているのかが分からない。


「シュウ……(本当)にシュウなるや」


「そう! 俺! シュウ! どうしたんだよ、壱与」


 伊弉久はまだ修一を睨みつけているが、親しげに話しかける様子に、輪をかけて苛立ちを覚えているようだ。壱与の言葉がだんだん聞き取りづらくなってくる。


「実にシュウなるや。と変わらぬ歳の者の様に見えるが……?」


 何だって?


 修一は壱与の言葉の意味が解らず、もう一度聞く。


「壱与、何だって? もう一度言って」


「吾と……歳の変わらぬ者に見える……」


 修一はとっさに自分の手を見る。足を見る。そしてグッパグッパと拳を握り、ジャンプする。妙に体が軽い。もともと体力に自信はあった方だが、それも歳相応である。


 ふと、修一は手元に置いてあった大型のバックパックを開け、中をゴソゴソと探ってスマホを取りだした。インカメラで自分を映す。


「うわあぁっ!」


 そう修一は叫び、スマホに顔が映らないようにどかす。誰だこれは? 肌に張りもあり、精悍せいかんな顔つきの男がいるではないか。そしてもう一度ゆっくりと顔を見る。


 やはり、20歳の修一である。

 

 修一は震える手でスマホを握りしめ、信じられない様子で自分の顔を凝視し続けた。頭の中は混乱で一杯だった。

 

「こ、これは……どういうことだ……?」


 そう呟く修一に、壱与が近づいて声をかける。


如何いかが……したのだ?」


 目の前の男が修一のはずなのに、見た事もない男がいる。しかし、壱与は修一だと感じていたのだ。


「……おれだ、二十歳の俺がいる。なんだ? 俺。正元二年って訳の分からん状態に、さらに二十歳に若返ったのか?」


 修一は混乱と混乱が重なっている。しかし、原因はどうあれ、自分が自分である事は間違いのない事実だし、体も記憶も問題ない。変わったのは見た目が二十歳という事だけだ。


 ……。


 もう、いい。もはや人智を超えている。


 修一の思考が、停止した。現実として、心は50歳で見た目は20歳の男がいるだけである。考えても現状は変わらないし、原因も分からない不思議な力、としか言いようがないのだ。


「壱与、いいかい? 聞いてくれ」


 修一は現段階で考えられる事、と言っても起きた事実をつなぎ合わせただけの仮説であるが、その仮説を壱与に話し始めた。


「まず、この場所が、時間を左右する神秘的な何かの力がある場所で、壱与はそこにいて、何らかの力が働いて俺のいた時代に飛んできた。そして今度は、俺のいた時代のこの場所から、また何かの力で壱与の場所へ飛んできて、その際に不思議な力が俺を若返らせた。そういう事になる」


 修一は壱与に向かって説明を続けた。

 

「つまり、壱与。俺たちは時空を超えて、お互いの時代を行き来したんだ。理由は分からないけど、この場所に何か特別な力があるんじゃないかと思う」


 時空、という意味を壱与が理解したかわからない。それでも壱与は、自分が現代で目覚めたときに修一からしてもらった事を、ここで修一に返そうと思った。





「シュウ、腹は減ってはおらぬか」


 ぐううううう、とあの時の壱与の様に腹は鳴らなかったが、なぜか空いている。時空を飛ぶとお腹がへるのだろうか。そう修一は思いながら、壱与の問いに答える。


「ああ、お腹すいた」


「そうか」


 壱与はそう言って伊弉久に先導させ、石室から出て墳墓の外に修一を連れ出す。修一は大きなバックパックを背負い、千切れたロープをたぐって石室からでた。


 ロープは鋭利な刃物で切られたように、断面はスパッと滑らかである。地滑りや何かの圧力で切れたようには見えない。


 石室の外に出ると、そこは一見現代と全く変わりが無いように見える。しかし、墳墓を覆っていた草木は無く手入れがされ、木々が生い茂ってはいたものの、現代ほどではない。


 道路と駐車場があったと思われる道は獣道のようで、とても車が通れる幅ではない。遺跡は黒崎川沿いにあったので、目の前に川が流れているのがわかる。


 伊弉久を先頭に近衛兵が壱与を守るように続き、その後に修一を囲むようにして兵がさらに続いた。


 見晴らしの良い場所に出ると、集落が見えてきた。吉野ヶ里遺跡を小さくしたような村で、環濠かんごう集落と呼ばれるものだ。宮田遺跡(宮田むら)は黒崎川があるおかげで、そこがほりの一分となっていた。


「驚いたな……」


 現代では民家はまばらだったが、255年の今(過去)では人々が集まって、数百人規模の集落を作っていたのだ。


 宮田邑(以降宮田邑で統一)は、豊かな自然に囲まれた海沿いの邑で、村人達は壱与が通ると平伏して拝んでいる。そこかしこから壱与様! 壱与様! という声が聞こえる。


 田畑で農作業をしている者もいるし、川で魚を釣っている者もいた。


 やがて村の中心につくと、そこには社のようなものがあり、定期的に祭りや儀式が行われているようだ。すぐそばに屋敷があった。壱与達一行はそこへ向かい、修一も中へ案内された。





「さあどうぞ、召し上がれ」


 壱与はそう言って修一に食事を勧めた。


 穀類は赤米・黒米・きびあわひえ、イノシシやキジといった肉類があり、デザートとして古代の乳製品醍醐だいごが並べられている。

 

 アサリやハマグリ、サザエなどの貝類に、新鮮な魚の刺身(のようなもの)が盛られ、大皿には香ばしく焼かれた魚がある。


 ……。


「如何した? 早う食べぬか」


「壱与……箸が、ない」


「……」





 次回 第7話 (仮)『邪馬壱国の都』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る