第5話 『西暦255年』2024年6月10日 AM7:00~PM12:00

  2024年6月10日 深夜 福岡市博多区自宅マンション <修一>


 壱与が眠った後、俺はパソコンの前に座り続けていた。


 今までの出来事を整理し、仮説を組み立てるために必要な情報を集めなければならない。その為には過去の文献や遺跡の記録をもう一度調べ、壱与が語った事との整合性を確認する必要がある。


「しかし、何から始めればいいんだ……」


 雲を掴むような話で頭の中を整理するだけで手一杯なんだけど、そうだな、まずは……壱与が現代に飛ばされたという事実を、証明する手掛かりを探す事から始めようか……。


 もう一度、あの遺跡に行く必要がある、そう俺は思った。




  ■2024年6月10日 AM7:00

 

 目が覚めると、壱与は既に目を覚ましていた。何やらカーテンを開け、朝日に向かって祈りを捧げている。


「壱与、おはよう。何してるの?」


「今日もまた、生をもって朝を迎えられることを、感謝しているのだ」


 う、うん。そうなのか……。


 まあ、巫女みこだからね。当たり前か。現代社会に暮らす無神論者の俺にとって、そんな祈りの習慣は馴染みがないが、壱与にとっては大切な儀式なのだろう。


「そう言えば、壱与。色々と考えたんだけどね。壱与は……その……戻りたい? 君がいた所へ」


「……戻りたい、とはちと違うやもしれぬ。だだ、戻らなければならぬ、とは思う。然れどこの世はが知らぬ様々な物があふれておる。それ故いま少し留まりたいのも嘘ではない」


 壱与は『この鏡のような板』と言っていたタブレットを抱えながら言った。そりゃそうだ。パソコンは勿論もちろんだけどタブレットも含め、この家の物、ここまで来る途中に見た物、全てが異世界なんだからな。


「そうか……まあ、確かにそれが自然な感情だとは思う。でも戻る方法がわからないから、分かるまでここにいて、調べたらどうかと思うんだ」


 壱与は小さくうなずく。


「そのためにもう一度、あの遺跡に行ってみようかと思うんだけど、どう?」


「あの遺跡に……」


 壱与は俺の提案に少し驚いたようだったが、すぐに真剣な表情になった。


「ふむ……そうだな。あの場所には何か特別な力が宿っているのかもしれぬ。吾がこの世に来たことには、何か意味があるはずだ」


「そう思うんだ。壱与が来たことで、俺たちは出会ったわけだし、何かのメッセージなのかもしれない」


 俺は壱与の目を見つめながら言った。二人の間には、不思議な絆が生まれつつあるように感じられた。


 あれ? 俺なんか変だぞ。


「じゃあさっそく準備をしよう。遺跡までは車で行ける。途中で何か必要な物があれば買っておこう」


「吾は修一の言うとおりにしよう。この世のことはまだよく分からぬからな」


 どういう経緯かはともかく、女の子に頼られるのは男としてうれしいもんだ。





 ■ド○キ○ーテ


 どっどっど~ド○キード○キー○ーテー♪


 店内には独特の、一度聞いたら忘れない音楽が流れている。


 そこで修一は必要な物を買いそろえているのだが、いつもの遺跡発掘に使う用具に、何かが起こりそうな気がして、食料品やサバイバル系の物も追加した。


 若い頃にインディージョーンズに憧れ、歴史と考古学の世界に飛び込んで世界中を駆け回っていたのだが、古代日本史の邪馬壱国(本作では邪馬台国ではなく邪馬壱国で統一)の謎にハマったのが、運命の変わり目であった。


 基本的に考古学は、例えばエジプトならエジプト、マヤ文明ならマヤ文明と、専門が分かれている。それでも不思議と過去の伝承や神話、文献などで共通する話題には事欠かない。


 何の因果か古代日本史に行き着いて、邪馬壱国論争にどっぷりとハマるようになったのだ。100年以上論争が続いて、まだ結論が出ていない。新しい発見がないと脚光を浴びることはない。


 第一線から取り残された、過去の研究者となってしまったのだ。





「よし、これで必要な物は大体揃ったかな」


 修一はカートの中身を確認しながら言った。懐中電灯、ロープ、軍手、非常食、水、地図、コンパス、防寒シート、救急箱などが入っている。


「修一、この小さき……なんだ、天日あまつひ(太陽)が輝いておるような?」


 壱与が手に取ったのは、LEDヘッドライトだ。


「ああ、これは頭に着けるライトだよ。暗い所で両手が使えて便利なんだ」


「なんと、天日あまつひを人の力で出すとは……この世の知恵は、吾の想像をはるかに超えておる」


 修一は『ははは』と笑いながらレジで精算をすませた。


「ほら、壱与。見てごらん」


 店を出ると、修一は壱与に話しかけた。ヘッドライトを取り出してスイッチを入れる。


「おお、なんとまぶしい光だ! まるで真昼のようではないか」


 昼間なのでそこまで目立ちはしないが、壱与は目を細めながら、感嘆の声を上げた。


「ははは、これが現代の天日だよ。電気の力で光を作り出すんだ。どうだ、すごいだろ?」


「ううむ、この小さな道具一つで、夜も日中のように明るくなるとは。この世の民は恐れを知らぬのか……。まさに神の力を盗んで手にしておるようではないか」


 壱与は畏敬の念を込めて、ヘッドライトを見つめている。


「壱与、これは天日神の力を盗んでいるのではなく、科学の力なんだ。ほら、その証拠にあの天日、壱与がいた所の天日と変わらないだろう?」


 修一は壱与の肩に手を置いて、快晴の空に輝く太陽を指差して言った。


「……科学の神とは……むむむ」


 まあ、いいか。と修一は思った。

 

 古代の日本人に理解してもらおうと思うのが、そもそも間違いなのかもしれない。


 しかし壱与の学習能力は、すごいの一言であった。ここまで驚きの連続だったはずだが、巫女としての素養なのだろうか、修一が言っている事を理解している。


 科学とは自然の理を探り、それに従って新しい物を生み出す。そういう物だと思っているのだろうか。





 ■宮田遺跡 PM12:00


 二人は昼前に高速を降りて、時津町のみの屋うどんで昼食をとった後に、宮田遺跡へ向かった。昨日と全く変わらない風景だ。当たり前だが、本当にここで、隣に座って気持ちよく寝ている古代人の壱与と出会った事が修一には信じられない。


 昨日の出来事がまるで夢のようだが、隣に座る壱与の存在が、それが現実であったことを証明している。

 

「着いたよ」


 修一の言葉に目を覚ました壱与が言う。


「着いたのか? ここが、吾がいた場所か」


「うん。昨日の場所。正確にはあの中だけどね」


 修一はそう言って遺跡を指さす。


「さて、行こうか」


 ドアを開け、壱与を助手席から降ろした修一は、リアゲートを開けて荷物を取りだして背負う。ロープを持って牽引けんいんロープを車の前部下の輪っかにくくりつけた。


「なにをしておるのじゃ?」


「いや、なんかちょっと気になってね。……こうしておけば、何かの時に……ね」


 修一は言いよどんだが、嫌な予感は当たるものだ。当たらないでほしいと願いつつ、石室へ向かう。道路から少し登った所が石室入り口なので、車を停めた駐車場からはすぐだ。


 ロープには余裕がある。





「さあ入ろう」


 修一は言い、懐中電灯を点けて先に進む。


 壱与はLEDヘッドライトを着け、修一の後を慎重に追った。どうやらお気に入りのようだ。薄暗い中、二人のライトだけが光を放っていた。


「ほらここ、俺が最初に来た時には無かった入り口。この奥で君を見つけたんだ」


 そう修一は言いながら、慎重に足を進めた。


 来た時と変わらない。そこには石棺があり、壱与が抜け出した為に蓋は開けっぱなしになっている。


「これが……吾が眠っていた棺か」


「そうだね。君はここから出てきたんだ。まるで時間を超えて目覚めたかのように」


「吾は、この棺に横たわり、永き眠りについていたのだな。されど、何ゆえ目覚めたのか……」


 壱与の自問自答に、修一は答える事ができない。


 この時点ではまだ、何の手がかりも見つかっていないからだ。何か……なにか、手がかりはないか……そう修一が思っていたとき、石棺の下に光る物を見つけた。


「ん、これは……」 


 修一が手を伸ばすと、一枚の金属板があった。


「何か文字が刻まれているようだが……古代文字か?」


 壱与が眉をひそめながら金属板を見つめる。まるで見覚えがあるかのように。


 ……その時であった。


 ごごごごご、という地鳴りと共に石室が揺らぎ始めた。二人は立っている事が出来ずに、抱き合い、修一は壱与をかばうようにして身をかがめる。


「大丈夫か壱与!」


「う、うん……」


 



 どれくらい時間が経っただろうか……。


「……様! ……与様! ……壱与様! ご無事ですか! ?」


 石室の外から壱与を呼ぶ声が聞こえる。


「壱与様! ご無事ですか! 近衛兵長伊弉久いさくにございます!」


 伊弉久と名乗るその男の声は、どうやら石室の外から聞こえてくる。誰だ、伊弉久って? そもそも現代に壱与の知り合いなんているはずがない。


「壱与、大丈夫か? なんか外から、君を呼ぶ声が聞こえるけど……」


「……大丈夫」


 壱与はそう言って声のする方へ向かい、大きく返事をする。


「吾は壱与。邪馬壱国の壱与。の名を今一度申せ」


 壱与はなぜか冷静である。


「伊弉久にございます。近衛兵長の伊弉久。壱与様、あなた様をお守りすることこそ、我が使命。どうか、ご無事であってください」


 石室の外から聞こえる伊弉久の声は、切実な思いに満ちていた。


「なぜ、そなたがここに? ここは……」



 


 やがてガラガラガラと音を立てて石室の扉が開いた。おかしい。地震の衝撃で閉まったとしても、こけもついていない。まるでこの石室自体が新しいようだ。


 修一の疑問は次から次へと湧いてくる。いつの間にか持っていたロープは扉近くでちぎれていた。


「壱与様、お怪我はありませぬか?」


 扉の向こうから現れたのは、まだ若いがよろいに身を包んだたくましい武人だった。伊弉久と名乗るその男は、壱与を見るなり駆け寄り、頭を下げる。


「伊弉久、吾は無事だ。だが汝は今までどこにいたのだ?」


 どうやら本当に壱与の知り合いらしい。と言う事は……。修一の頭のかなでグルグルと思考がまわる。


「ここは、壱与様が祈祷きとうのために入られていた石室。ここで三日お祈りを捧げるとの事で、外を警備しておりました。然れど三日を過ぎても出てこられないので、中に入りましたら、なんと誰もおらぬではありませぬか」


「なんと……」


 壱与は伊弉久の話を真剣に聞いている。


「吾らは必死にお探しいたしましたが、壱与様は見つからず、半ばお隠れになったかと諦めておりました所、先のな揺る(地震)のおり、かすかに声が聞こえた気がしたのでございます」


「そうか……我が祈祷に入ってから、三日も経っていたのだな」


「いえ、三日ではございませぬ。二十と四日にございます」


「なに?」


 壱与は驚きのあまり聞き返した。


「伊弉久よ、今はいつじゃ? 吾が祈祷に入ってから二十と四日なら、いつだ?」


「正元二年の六月の四日にございます」



 


「はあああああああああ? !」


 修一の叫び声が響いた。





 次回 第6話 (仮)『女王壱与のいた(いる)世界』

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