第20話 修行の日々
――ゴブリンを初めて倒した日から2年の月日が経過し、14才となったレノは毎日アルから課せられる修行をこなしていた。
「おらおら!!早く逃げないと死んじまうよ!!」
「ひいいっ!?」
「フゴォオオッ!!」
森の中でレノは猪に追い掛け回され、その光景をアルは木の上から見下ろす。レノを追い掛け回すのは野生の猪であり、冗談抜きで追いつかれた殺されてしまう。
「強化術を維持し続けろ!!一瞬でも気を抜くと追い抜かれて突き飛ばされるよ!!」
「くぅっ……うおおおっ!!」
「フゴォッ!?」
人間の脚力では猪に逃げることなど不可能だが、強化術を発動させれば簡単に追いつかれることはない。レノは上手く魔力を調整して走り続ける。
(魔力を使い過ぎたら駄目だ!!かといって魔力を抑え過ぎたらすぐに追いつかれる!!一定の魔力を保ったまま走り続けるんだ!!)
この修業は単純に身体を鍛えるためだけではなく、強化術を維持するための重要な修行だった。強化術は魔力を消耗すればするほど身体能力は上昇するが、その反面に強化した分だけあとで肉体に大きな負荷が掛かる。そのためにアルは猪を利用してレノの強化術の技術を磨かせる。
猪から逃れるためには強化術で身体能力を上昇させる必要があり、追いつかれない程度の移動速度を常に維持し続けなければならない。仮に必要以上に魔力を消費して身体能力を上昇させるとすぐに魔力が切れてしまう。だから逃げる時は無駄な魔力の消耗を抑えることを意識して走り続けなければならない。
(そろそろ5分ぐらい経つか……前と比べたらマシになったね)
2年前のレノは強化術を発動させてもせいぜい30秒ほどで限界を迎えたが、厳しい修行を毎日繰り返したお陰で肉体もたくましく成長した。前のように強化術を発動してもすぐに倒れることはなくなり、猪を相手に逃げ続けるだけの体力も手に入れた。
「フゴッ、フゴォッ……!?」
「猪の方がへばってきたか……よし、今日の修業はここまで!!」
レノを追いかける猪の方が疲れ出したのを見てアルは弓を取り出し、猪の元に目掛けて矢を放つ――
――猪から追いかけられる修行を終えた後、レノはアルが仕留めた猪を家まで持ち帰る。こちらも強化術を維持する訓練であり、重い猪を背負いながら家まで運び込むのはかなりの重労働だった。
「ぜえ、はあっ……」
「しっかり運びな。今日は大物だからね、肉を食って精を付けるんだよ」
「は、はあっ……」
猪から逃げ回る時は走ることだけに集中できたが、重い物を持ち運び続ける場合は全身の筋力を常に強化し続けなければならず、こちらの方が魔力の消費量が激しい。もしも運ぶ途中で強化術が切れれば重たい猪に身体が押し潰される。
全力で走り回った後に重い猪を運ばされるのはきついが、この修行のお陰でレノは確実に肉体が鍛え上げられていた。成長期であったことも合わさり、同世代の子供と比べてもたくましく成長していた。
「大分身長が伸びたね。もう私とほぼ変わらないぐらいか……」
「そ、そうですか?」
「人間は成長が早いもんだね。お前と同い年ぐらいのエルフはせいぜいこれぐらいの大きさだよ」
エルフは人間よりも寿命が長いせいか肉体の成長は遅く、アルはレノの成長ぶりをみて驚く。ほんの数年で自分とそれほど変わらない身長の高さに成長したレノを見て感慨深い表情を浮かべる。
(あの小さなガキがここまでデカくなるとはね……だが、身体はデカくなっても中身はガキのままだけどね)
肉体は成長したことは確かだがアルから見ればレノはまだまだ子供同然であり、彼が一人前の狩人になるまで大人扱いをするつもりはない。
「ほら、さっさと帰るよ!!もたもたするんじゃない!!」
「ちょ、ちょっと師匠……せめて運ぶのを手伝って」
「甘ったれるな!!もうすぐ家なんだから頑張れ!!」
大人げなく先に帰ろうとするアルにレノは必死に後を追いかけるが、途中で何かに気付いたように足を止める。急に立ち止まったレノにアルは不審に思って振り返る。
「何だい?もう疲れて動けないのか?たく、仕方ない奴だね……」
「……待ってください。師匠、何かに尾けられています」
「何だって?」
レノは猪を下ろすと意識を集中させるように目を閉じた。それを見てアルは彼が魔力感知を利用して何かを探っていることに気が付き、自分も同じように魔力感知を行う。すると自分達の後を尾行する生物の存在に気が付く。
二人は振り返ると十数メートルほど離れた場所にある茂みが揺れ動き、それを見てアルは咄嗟に弓を構えた。茂みの中で何かが隠れているのは間違いなく、正体を確かめるために矢を放つ。
「出て来い!!」
「ギャウッ!?」
茂みに矢を放つと悲鳴が響き、姿を晒したのはゴブリンだった。アルが放った矢はゴブリンの腕を貫き、悲鳴をあげながらゴブリンは逃げ去っていく。それを見てアルは安堵した。
「レノ、よく気づいたね。あのゴブリンはどうやらあんたの猪を狙っていたようだけど、足音でも聞こえてたのかい?」
「いや……何となく分かったんです」
猪を運ぶ際中にレノは違和感を感じて魔力感知を試すとゴブリンの魔力を感知した。エルフであるアルでさえもレノに言われるまではゴブリンの存在に気付かず、彼の勘の鋭さに素直に感心する。
(こいつの直感は大したもんだね。狩人にとっては羨ましい特技だ)
直感が優れている人間ほど優秀な狩人の素質があり、アルは自分よりも直感が優れているレノを羨ましく思う。一方でレノはアルが追い払ったゴブリンが逃げた方向に視線を向け、ある考えを思いつく。
「師匠、ちょっといいですか?」
「あん?」
レノはアルに頼みごとを行うと、彼女はしかめた表情を浮かべた。何が目的なのか知らないがアルは渋々とレノの頼みを引き受けた。
「たくっ、仕方ないね。本当は楽したいだけじゃないんだよね?」
「まさか……何もなかったらすぐに戻ってきますから」
「分かったよ。だったら好きにしな、家に戻るまでに来なかったら飯抜きだよ」
「はい!!」
アルに頭を下げるとレノはその場を走り去り、残されたアルは仕方なく猪を代わりに背負う。この時に予想以上の重さに足元がふらつき、こんな物をレノが運んでいたことに驚く。
(思ってたよりも重いな……あいつ、よくこんなの持って歩いてたね)
自分がそうさせたとはいえ、猪を背負って歩いていたレノの体力に驚かされる。彼女はいなくなったレノが早く戻ることを祈って先に家へ向かう――
――アルが猪を背負って森の中を歩いていると、彼女の足跡を追って移動する生物がいた。その生物の正体は先ほどレノに腕を撃たれたゴブリンであり、右腕を負傷した状態でアルの後を追う。
「ギギィッ……!!」
憎々し気な表情を浮かべながらゴブリンはアルの後を追いかけ、その手には石斧が握りしめられていた。先の不意打ちで右腕を負傷したとはいえ、アルを殺すためにゴブリンは再び戻ってきた。
理由は分からないがアルの傍にいた人間の少年はいなくなり、ゴブリンにとっては好都合だった。アルは重い猪を運んでいるせいで素早く動く事はできず、武器も構えることはできない。襲い掛かるには絶好の機会だった。
「ギィイッ……」
アルとの距離を見計らってゴブリンは慎重に近寄り、襲い掛かるためには距離を縮めなければならない。不用意に仕掛ければアルに気付かれてしまい、相手が気付くまで近づけるだけ近付いて一気に襲い掛かる。ゴブリンは執念深い生き物であり、自分を傷つけた相手は決して許さない。
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