第19話 執念の一撃
(強化術を使った時にこいつらは俺の魔力を感じ取った。それなら逆に魔力を抑えれば……)
茂みの中でレノは意識を集中させ、川で魚を手掴みした時のことを思い出す。魚を捕まえる時は気配を抑えてじっと待ち構える必要があり、余計なことを一切考えずに待ち続けた。
何も考えずに目を閉じて茂みの中で隠れていると、ゴブリンの足音が聞えなくなった。ゴブリンは足を止めて周囲を振り返り、困惑した表情を浮かべる。
「ギギィッ?」
ゴブリンは先ほどまで微かに感じていたレノの気配が消えたことに違和感を抱き、彼が隠れている茂みを通り過ぎた。足音が遠ざかる音を耳にしたレノは目を開くと、立ち去ろうとするゴブリンの背中を確認した。
(上手くいった?)
どうやらゴブリンはレノの魔力を感じ取れなくなったらしく、そのまま離れていく。このまま茂みの中で隠れればやり過ごせるかもしれないが、レノはゴブリンの隙だらけの背中を見て目つきを鋭くさせる。
(攻撃を仕掛けるなら今しかない。でも失敗すれば……)
再び隙を見せたゴブリンにレノは最後の攻撃を仕掛けるか考え、まだ弓も矢も残っていた。今ならばゴブリンの背後を狙えるが失敗すれば今度こそ殺されてしまうかもしれない。
もしも先ほどのように撃つ前に気付かれたらと考えるとレノは恐怖を抱くが、だからといって隠れていても生き延びられる保証はない。ゴブリンが気が変わって戻ってきたら見つかってしまう可能性もあり、不意打ちを仕掛けるのなら今しかない。
(当てるんだ。今度こそ矢を!!)
これまでレノは獲物を射たことは一度もなく、しかも今回外せば殺されてしまう可能性もある。それでもレノは逃げるわけにはいかなかった、ここで逃げたら自分はもう立ち直れないと思った。
(絶対に当てる!!奴の頭を撃ち抜く!!)
気合を入れたレノは茂みから抜け出して弓と矢を構えると、ゴブリンはまだ気づいている様子はない。ここでレノは弓に矢を番えようとしたが、強化術の反動で筋肉痛を引き起こしているので上手く身体を動かせないことに気が付く。
(全身が痛い、今にも倒れそうだ……でも、我慢だ!!)
痛みを堪えながらレノは歯を食いしばり、震える腕で弓を構えた。狙いはゴブリンの後頭部に定めて腕に力を込める。
(当てる!!絶対に当てるんだ……うぐぅっ!?)
腕に力を入れようとすると激痛が走り、矢を撃つ前に意識が飛びそうになる。どうにか矢を撃つためにレノは敢えて賭けに出た。
(――強化術しかない!!)
肉体に更なる負荷を与えることになるが強化術をもう一度発動すればレノは矢を撃つことができると判断した。一瞬でもいいので強化術を発動すれば矢を放てる。但し、矢を放った直後に激痛が襲ってレノは意識を失うかもしれない。
これまでに狩猟で矢を放つときも強化術を使用していたが、どれもが獲物を射られずに失敗に終わった。だが、他人に助けを借りられない状況下でレノが頼りにできるのは自分が身に着けた技術だけである。
(あれだけ練習してきたんだ!!今度こそ必ず当てみせる!!)
今までの練習を思い返してレノは覚悟を決めると残された魔力を使い切る勢いで強化術を発動させた。今のレノの肉体では強化術を発動したとしても一瞬で効力が切れてしまうが、矢を撃つだけならば十分だった。
「うおおおおっ!!」
「ギィッ!?」
レノは敢えて気合の雄叫びをあげると、その声を聞いたゴブリンは驚愕の表情を浮かべて振り返った。ゴブリンからすれば逃げたと思われたレノが自分の後方に現れたことに驚き、ほんの一瞬だが慌てふためいて隙を見せる。その一瞬の隙をレノは見逃さない。
ゴブリンが振り返った瞬間を狙ってレノは強化術を発動させ、限界まで力を引き出して矢を放つ。放たれた矢は真っ直ぐにゴブリンの顔面に目掛けて突っ込み、それを見たゴブリンは目を見開く。
「アガァッ――!?」
振り返り際に放たれた矢にゴブリンは反応できず、口内から入った矢はゴブリンの頭を貫通した。ゴブリンはしばらくの間は立ち尽くしていたが、やがて白目を剥いて地面に倒れた。
「……やった」
遂に獲物を射ることに成功したレノは口元に笑みを浮かべ、倒れたゴブリンを見たことに満足したせいか緊張の糸が切れて自分も地面に倒れる。体力も魔力も使い果たし、もう指一本動かせない状態だった。
(やばい、眠くなってきた……)
こんな森の中で気絶したら他の動物や魔物に襲われる危険性もあったが、もうレノは動けるだけの力は残っていなかった。レノは目を閉じると意識を失う――
――レノが気絶した後、彼の前に人影が現れた。倒れているレノの様子を伺い、生きていることを確認すると安心したように声をかける。
「たくっ、何処に行ったのかと思ったらこんなところにのんきで寝てやがったのかい」
レノの元に現れたのは師匠のアルであり、彼女はしばらくの間森を離れていたがようやく用事を終えて戻ってきた。家に帰るとレノの姿がないので探しに森に出向いたが、ゴブリンの群れと戦うレノを見た時は驚かされた。
アルが目撃したのはレノが最後の一匹を弓で仕留めようとしている場面であり、もしもレノがゴブリンを外していたらアルが助けるつもりだった。結果から言えばアルが手を出さずともレノはゴブリンを仕留めることに成功したが、矢を撃った直後に倒れた彼を見て慌てて駆けつける。
「魔力切れに筋肉痛も引き起こしてるね。考え無しに強化術を使うからこうなるんだよ」
倒れているレノの容体を確認してアルはため息を吐くが、レノが倒した三体のゴブリンを見て考えを改め直す。
(たった一人でこれだけのゴブリンを仕留めたのか……本当に大したガキだな)
アルが魔物を初めて倒したのは15才の時であり、レノの年齢は12才なので彼女よりも3年も早く魔物を倒したことになる。そのことに対してアルは少し悔しく思い、もしかしたらレノは自分の子供の頃よりも凄い力を持っているのではないかと考えた。
「まだまだ鍛える必要があるけど……お前、立派な狩人になれるぞ」
「ううっ……」
「さてと、さっさと帰るとするかね」
気絶しているレノをアルは肩で抱えると落ちていたレノの弓と矢を拾う。この際にアルはレノの弓を見てあることに気が付く。自分が居ない間にどれほど練習をしていたのか、レノの弓はボロボロだった。
「相当使い込んだようだね。私がいない間も真面目に練習していたわけか……」
自分が離れている間も弓の練習をサボらずに真面目に取り組んでいた事にアルは感心する。実はアルが森を離れていた理由は知り合いの鍛冶師にレノ専用の武器を作ってもらうためであり、時間は掛かったが彼のために新しい弓を作って貰った。レノが目覚めたら新しい弓を渡そうと考えたが、その前に本格的に鍛え直すことにした。
「ゴブリン程度に苦戦しているようじゃまだまだだね。目を覚ましたら私が一から鍛え直してやるよ」
「ううっ……」
意識を失いながらもレノはアルの言葉を聞いて眉を顰め、次に目が覚めた時にこれまで以上の厳しい修行を課せられることになる――
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