第33話 なぐさめと決意2

「そろそろお昼にしましょう。お腹すきましたよね?」


振り返ると、チェルシーが広げたレジャーシートの上にバスケットを置くところだった。

中にはサンドイッチや果物が詰まっている。

チェルシーはサンドイッチを取り出し、アルマに差し出した。


「料理長さんと一緒に準備したんです。おいしいですよ」


そう言って、チェルシーはにこりと微笑みかける。

アルマはしばらくチェルシーの顔を見つめていたが、サンドイッチを受け取るとぱくりと口に含んだ。


(食べた!)


アルマは咀嚼を続ける。エイベルとロシュは緊張の面持ちで動向を見守る。

やがてごくり、と飲み込むと、アルマはぽつりと呟いた。


「おいしい……」

「お口に合ってよかったです! 他にもたくさんありますからね〜」


アルマは静かにサンドイッチを食べ進めていく。そのうちにボロッと涙が零れてきて、三人はぎょっとした。


「ルマ!?」

「ど、どうしました!? 美味しくなかったですか?」

「やはり私が一曲歌いましょうか! 山山山〜イェイ〜」

「ロシュは黙ってて!」

「すみません……」


アルマはぶんぶん首を振ると手の甲で涙を拭った。そして、震える声で問いかける。


「みんな、どうしてそんなに優しくするんですか?」

「……え?」

「私はこの屋敷に関係のない、赤の他人なのに」


そう呟くと、三人が一斉に身を乗り出してきた。


「それは違うよ、ルマ」

「そうです! そんな寂しいこと言わないでください!」

「ルマ様はもう立派なこの屋敷の一員なんですから!」


アルマは唇を噛んだ。


「……どうして?」

「どうして、って……。人を大切に思うのに理由なんている?」

「だけど……」

「ルマ。俺は君がしてくれたことを返しているだけだよ。君が優しくしてくれたから優しくしたいと思うし、幸せな時間をくれたから君のことも幸せにしてあげたいと思うんだ。……そう思う相手はもう他人なんかじゃないよ」


アルマはぐっと涙を堪えた。エイベルの声は酷く優しい。しかし、耳障りのいい言葉を素直に受け取るにはアルマは傷付きすぎていた。


「でも……血の繋がりがあるわけでもないのに……」

「そんなこと言ったらうちの両親なんてどうなるんだよ。胸焼けがするくらいラブラブだけど、元は他人でしょ? 血の繋がりと愛情はイコールじゃないだろ」

「!」


目から鱗だった。

確かに、誰もが初めは他人だ。血の繋がりがある人でも、同じ時間を共有して初めて家族になれるのだ。

愛とは、血の繋がりだけに左右されるものではない。アルマを大切に思ってくれる人。アルマが大切に思う人。目の前にいる彼らがその証明だ。


……だとしたら。


(ちゃんと向き合わなきゃ……)


両親やキーランと血の繋がりがないと知ったとき、彼らから与えられたもの――愛だと思っていたものが偽物になってしまったように思えた。だけど、本人達の口から聞くまでは何もわからない。

それに、アルマが魔女であるという事実。その真相も、鍵はきっと家族が握っている。


(決めた。家族に会いに行こう。会って話をしなくちゃ……)


アルマの姿を黙って見守っていたエイベルはふっと笑い、金髪を優しく撫でた。


「何を悩んでるのか知らないけど、食事を抜くのはよくないな。きちんと食べれば少しは元気が出るから。……ルマが教えてくれたことだよ」

「ルマ様の好きなお菓子もたくさんご用意しましたよ!」

「それでは、私は紅茶を淹れますね」


チェルシーとロシュがテキパキお菓子と紅茶を用意する。甘いクッキーをかじり、温かな紅茶を飲み込むと、胸の奥がじんわりと熱くなった。

それと同時にまた涙が込み上げてくる。だけど、今度は悲しみの涙ではなかった。


「……みなさん、ありがとうございます。私もみんなのこと大好きです」


涙を浮かべたまま、アルマは笑った。


***


食事を終えて荷物を片付けると、ロシュはおもちゃを次々取り出した。ボールやバドミントン、フリスビーやしゃぼん玉、花火などなど。一体どこに隠し持っていたのだろう。


「そんなに持ってきてどうするんだよ。まさかピクニックを提案したのって、ロシュが遊びたかっただけじゃないの?」

「べ、別にそんなことは!」


エイベルとロシュが小突き合うのを見てアルマはくすりと笑う。そして結局「せっかく持ってきてくれたのだから」というアルマの鶴の一声で、バドミントンで遊ぶことになった。


「では、行きますよー!」


ロシュはウキウキでシャトルを打つ。しかし、ロシュの放った一撃はアルマの頭上を大きく飛び越え、森の中へ入っていった。


「すみませんルマ様……!」

「ヘタクソ。どこに打ってるんだよ」

「私、取ってきます」


アルマはラケットを置いて森の中へと向かった。

心地よい木漏れ日を浴びながら、木々の隙間を通り過ぎる。しかし、シャトルはどこにも見当たらない。


「この辺りだと思ったんだけど……」


そのとき、近くでガサリと草木が揺れた。

何か大きなものが蠢く気配がしてアルマはサッと身構える。


(まさか、熊!?)


冷や汗が身体を流れる。

次の瞬間目の前に白く大きな塊が飛び出してきて、アルマは小さく悲鳴を上げた。


――ブルルルル。


「ん?」


この鳴き声には聞き覚えがあるような……?

茂みから出てきた白馬の姿を確認し――アルマは目を丸くした。


「シュガー?」


そう問いかければ白馬……シュガーは嬉しそうにしっぽを揺らす。


「どうしてここに?」


そう問いかけると、シュガーはアルマのドレスの袖を軽く噛んで、ぐいぐい引っ張った。

付いてこいと言っているようだ。


「シュガー、どうしたの?」


従ってくれないことに焦れたのか、シュガーはアルマの襟首を噛み、背中にひょいと投げた。

一瞬でシュガーの背に跨ったアルマは目をぱちくりさせた。


「えっ……?」


アルマの困惑など気に留める様子もなく、シュガーは地面を強く蹴る。

そして森の中を全力で駆け出した。


「ちょっと、シュガーーーー!?」

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