第12話 花と謎の青年
「わぁ。賑わってますね」
アルマが感心したように呟くと、隣を歩く娘は「そうですね。見ているだけでワクワクしちゃいますよね」と明るい笑顔で答えた。
低い位置で二つに結った長い髪はココアブラウンで、くりくりとした瞳は桃色。
彼女の名前はチェルシー。レリュード侯爵邸の侍女だ。買い物に出かけたいとロシュに相談したところ、彼女が着いてきてくれることになったのだ。
二人は今、近くの街へと繰り出していた。
「それにしても見つかると良いですね。エイベル様へのプレゼント」
「だといいんですけど……」
今日はなんと、エイベルの十九歳の誕生日なのだ。そのため誕生日プレゼント探しが本日のミッションだ。
「お目当てはあるんですか?」
「花束にしようかなって。紫のバタフライローズが欲しいんです」
「紫ですか。確かそれって希少ですよね」
「はい。なので今日は花屋を梯子します」
エイベルは紫のバタフライローズが好きだと言っていた。なので、前回折ってしまった花のお詫びも兼ねて花束をプレゼントすることに決めたのだ。
(エイベル、喜んでくれるといいなあ……)
「それでは出発です!」
「オー!」
二人は元気よく街を歩き出した。軽い足取りで花屋に突撃していく。
……しかし数時間後、二人は暗い顔で立ち尽くしていた。
「ない……」
「どこにもないですね……」
希少だとは聞いていたが、ここまで見つからないものなのか。二人は絶望した。
「もうこの街の花屋はほとんど見たんじゃないですか?」
「どうしましょう。もう街ごと梯子するしか……」
二人が困り果てていると、どこからか声が聞こえてきた。
「あの……。お花はいかがですか……」
振り返ると、フードを目深に被った青年が花の詰まった籠を手に花を売っていた。
しかし、その怪しげな風体のせいか誰も近寄ろうとはしない。青年ははぁと息を吐いた。
(男性の花売りなんて珍しい)
ちらりと籠を見たチェルシーが耳打ちする。
「あの籠の中の花、育てるのが難しい花ばかりですよ。バタフライローズもあります」
「えっ、本当に? だったら紫もあるかも……!」
二人でひそひそと話していると、大柄な男が脇を通る。そしてアルマにぶつかっていった。
「きゃっ!」
「ルマ様!」
身体を弾き飛ばされ、アルマは尻もちをつく。チェルシーは慌ててアルマの身体を起こした。
男は立ち止まると、ギロリと二人を睨んだ。
「お嬢ちゃんたち、何道を塞いでるんだ? 邪魔で仕方ないな」
チェルシーはすかさず言い返す。
「今、わざとぶつかりましたよね? こんな広い道で避けられないはずないでしょう。謝ってください」
「謝る? それはお嬢ちゃんの方だろう。あーあ、腕が痛いなァ。今ので腕が折れたかもしれねえ。あんたらどう責任とってくれるんだー?」
「そんなワケ……ッ!」
完全に言いがかりだ。しかし、まともに話ができそうな相手ではない。チェルシーはアルマを守るように抱き締めながら、男を睨んだ。
男はニヤリと下卑た笑みを浮かべる。
「見たところそこのお嬢ちゃんは貴族だろ? いいよなー。怪我してもすぐにお医者さんが診てくれるんだろ? 俺みたいな平民は薬を買う余裕すらないのになァー! 可哀想だとは思わないのかぁ?」
「いい加減に……!」
「あ、あの……」
そのとき、二人の間にフードを被った青年が遠慮がちに割って入った。青年はガラの悪い男の方を向く。
「あの。女性に乱暴するのはよくないですよ……」
「なんだよ。部外者は黙ってな!」
「でも、」
「うるせえなあ。ツラ見せろ!」
そう言って男は青年のフードを無理やり剥がした。その途端、男の目は衝撃で大きく見開かれる。
「…………え」
次の瞬間、男はバターンと地面に倒れた。
「ああっ、ごめんなさい……」
青年は倒れた男に頭を下げると慌ててフードを被る。そしてアルマ達の方を振り返った。
「あの、お二人とも大丈夫でしたか」
「大丈夫です……けど、」
アルマはちらりと青年の足元を見た。大柄の男は鼻血を垂らして失神している。
(何が起きたの? 攻撃してるようには見えなかったのに)
そこまで考えた所で、アルマははっと胸元のペンダントを意識した。
(もしかしてこの人、魔法を使ったの!?)
目の前の人物は青年だと思い込んでいたが、声や雰囲気は中性的だ。女性の可能性もある。この世に魔法が存在するのなら、魔女がどこかにいてもおかしくない。
(本当にこの人が魔女だとしたら、大人に戻る方法を探るチャンスじゃない?)
アルマはすぐに行動に移った。
「先ほどは本当に助かりました。それから、その花を籠ごと売ってくれませんか?」
「! ありがとうございます……!」
アルマは籠を受け取り、巾着袋を青年(仮)に渡した。袋の中から数枚の金貨が出てきて、青年は「えっ!?」と上擦った声を出した。
「多すぎます。こんなに頂けません!」
「この花が本当に気に入ったんです。よければ、他にも花があるなら見せて頂けませんか?」
そう言うと、青年は――フードで口元しか見えないが――嬉しそうににこりと微笑んだ。
「家にはここに持ってこられなかった花もあります。ご案内しますね」
こうして、三人は青年の家へと向かうことになった。
***
その家は街のはずれにあった。
こぢんまりとした家の周辺はちょっとした庭園のようになっている。花の種類も豊富で、どれだけ愛情を込めて世話をしているのかが窺えた。
「すごい。これ全部一人で育ててるんですか?」
「はい。趣味が高じて……という感じです」
青年に招かれ、アルマとチェルシーは家の中に入る。簡素な作りで物も少ないが、きちんと整頓されていて過ごしやすそうな部屋だった。
二人が席に着くと青年は慣れた手つきで紅茶を準備する。
その姿を眺めながらアルマは尋ねた。
「家でもフード外さないんですか? 不便じゃないですか?」
「これはその……。とてもお見せできるような顔ではないので……」
「そうなんですね」
外見にコンプレックスがあるのだろう。それ以上は聞かなかった。
淹れてもらった紅茶に口を付けながら、今度はチェルシーが問いかける。
「あの〜。探してる花があるんですけど、ここにありますか?」
「何の花ですか?」
「紫のバタフライローズです」
「それなら確か、外に……」
言いかけたとき、窓から強風が吹き込んで青年のフードを攫う。
「わ……っ」
「……!?」
刹那、アルマは目を見開いてフリーズし、チェルシーは鼻血を吹いて椅子ごとぶっ倒れた。
「あっ、ご、ごめんなさい……!」
事態に気付いた青年は慌てて両手で顔を覆う。しかしほとんど隠せていない。
長い睫毛に縁取られたたれ目っぽい瞳、すっと通った鼻筋、形の良い唇。そのどれを取っても作り物のように整っている。
珊瑚色の髪の下から覗くダークブラウンの瞳には、見る者を虜にするような抗いがたい力があった。
アルマは半ば放心状態で呟いた。
「綺麗すぎる……」
――フードの下に隠されていたのは、人間離れした絶世の美青年であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます