バーカウンター5(ジプシー)

Danzig

第1話

バーカウンタシリーズ5(ジプシー)



男が一人店に入ってくる


バーテンダー:いらっしゃいませ


黙って、いつもの席につく男


この男は私立探偵、柊 廉也(ひいらぎ れんや)

仕事で、プライベートで、彼はよくこの店を使う

特に仕事終わりにこの店で酒を飲むのが日課のようになっている


柊:はぁ・・・


バーテンダー:お疲れ様でした。

バーテンダー:ご注文は?


柊:ジントニック


バーテンダー:かしこまりました


柊:はぁ・・・


落ち込んだ表情を見せる柊


バーテンダー:お待たせいたしました、ジントニックです。


柊:あぁ、ありがとう


バーテンダー:あまりご気分がよろしくないようですね

バーテンダー:お仕事ですか?


柊:あぁ


バーテンダー:そうですか・・・

バーテンダー:そういえば、ご依頼主の彼女は、あれからどうなりましたか?


柊:・・・


バーテンダー:失礼しました、特にお伺いしたかった訳ではございませんので


柊:・・・ダメだった・・


バーテンダー:・・・そうでしたか


柊:間に合わなかったよ


柊:あれだけ

柊:あれだけ、俺が何とかするから

柊:待っててくれって言ったのに

柊:もう少しだったのに・・・


柊:全部自分一人で背負い込んで

柊:俺までかばって


柊:行っちまったよ

柊:遠いところへさ


バーテンダー:そうだったんですか

バーテンダー:しかし、彼女の依頼内容は・・・たしか・・・


柊:あぁ、そうさ

柊:俺が守らなきゃいけなかったんだよ

柊:それなのに

柊:逆に守られたなんてな


柊:情けない話さ

柊:探偵失格だな


バーテンダー:そうだったんですか


バーテンダー:しかし、私などが言えたような事ではありませんが

バーテンダー:そういう事もあるんじゃないでしょうか


バーテンダー:探偵失格だなんて・・・・柊(ひいらぎ)様らしくありませんよ


柊:そうだな

柊:俺もそう思うよ


バーテンダー:では・・・


柊:でもさ、

柊:今日のはそれだけじゃないのさ


バーテンダー:と、いいますと?


柊:こんな探偵なんてヤクザな仕事しているとさ

柊:もう人との出会いとか、別れなんて慣れっこになってると思ってたけど


柊:こんな別れはさすがに

柊:辛いな


バーテンダー:・・・・


ジントニックを飲み干す柊


柊:マスター、ジントニックもう一杯くれないか


バーテンダー:かしこまりました



バーテンダー:お待たせしました、どうぞ


注文のジントニックとは別のものを出すバーテンダー


柊:マスター、これは?


バーテンダー:どうそ、ジプシーです。


柊:いや、そうじゃなくて

柊:どうして俺に、こんなカクテルを・・・


バーテンダー:実は先日、一ノ瀬様がお店に入らっしゃいまして

バーテンダー:柊様がいらしたら、これを出して欲しいと注文を受けました


柊:彼女が?


バーテンダー:はい


柊:彼女が来たなら、どうして・・・


バーテンダー:柊様には言わないで欲しいと、一ノ瀬様から固く口留めをされましたので


柊:そうか・・・


バーテンダー:申し訳ございません


柊:いや・・・

柊:いいんだ・・・

柊:彼女がこれを・・・


カクテルを見つめる柊


バーテンダー:あの方は、もう、ご自分がどうなさるのかを、決めていらしたのかもしれませんね。


柊:そうだったのか・・・


柊:ジプシー・・・

柊:『しばしの別れ』か・・・


バーテンダー:ヨーロッパの放浪民族であるジプシー。

バーテンダー:同じ場所に留まっていられない彼らは

バーテンダー:その場所で育んだ友人や恋仲になった人と別れる時・・・


バーテンダー:それが永遠の別れになることを知っていながらも

バーテンダー:しばしの別れ

バーテンダー:そう言ってお互いの心を慰める

バーテンダー:そんな話を聞いたことがあります


柊:永遠・・でも、しばしの別れ・・か


バーテンダー:胸にしみる話ですね


柊:そう思うと、少し永遠が短く感じるな


バーテンダー:そうですね


少し笑みの戻る柊


バーテンダー:このカクテルをご注文なさるとき

バーテンダー:彼女・・・微笑んでましたよ

バーテンダー:とても美しい笑顔でした


柊:まったく・・敵わないなぁ


バーテンダー:そうですね


柊:所詮、男は女の掌(てのひら)の上か・・・


バーテンダー:さ、折角ですから、どうぞお召し上がりください。


柊:あぁ、そうだな

柊:いただくよ


バーテンダー:では、私はジントニックをいただく事にいたいます。


柊:え?

柊:どうして、マスターが?


バーテンダー:折角ですから、二人で彼女に


柊:はは、そうか

柊:そうだな


自分のジントニックを作り、手にもつバーテンダー


バーテンダー:では、彼女に


柊:ああ、最高だった女に


二人でグラスを合わせる


柊:乾杯



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