第75話 千沙の視点 道徳とは
あけましておめでとうございます
おてんと です
今年もよろしくお願いします
昨日、公開したかった話ですが、お楽しみください
―――――――――――――――――
『千沙姉、道徳って言葉知ってる?』
『もうちょっと他の人の気持ちになってみよ......』
『狂ってやがる。こいつ、狂ってやがる』
今年一年を振り返ると、そんな数々の言葉が脳裏を過ぎりました。
血の繋がりがある姉妹からも、親からも、そして恋人からも、私は“道徳のなっていない人間”と言われてきました。
私は全くそう思わないのですが、どうやら他人から見た私は、“道徳”というものが著しく欠けているようです。
だから私は自分を見つめ直しました。
道徳、ちゃんとやろうって。
だってあんなに道徳、道徳って連呼されたら意識しなきゃ駄目だなって思うじゃないですか。
兄さんに至っては、私が美少女じゃなかったら秒で縁を切ってるって。
そこまで言いますか、普通。
だから私は自分を見つめ直しました(二回目)。
そう、今日から私は道徳のできる子になって見返してやるんです!
そして兄さんにいっぱい褒めてもらうのです!
***翌日***
「今日は千沙が彼女当番の日か。寝れるかな」
「ごめんね、うちの妹がいつもいつも......。私からも言っておくから」
翌朝、リビングの壁に掛けられているカレンダーの前に、兄さんと姉さんが立っていました。
二人はなにやら憂鬱そうにカレンダーを眺めています。そのカレンダーは私たち姉妹が兄さんの彼女当番を決めて、それぞれ違う色のシールで誰が当番かを示しています。
私は赤色のシールです。そして今日の日付の箇所に、赤い色のシールが貼ってあるので、今日は私が兄さんの彼女です。
「おはようございます」
「「っ?!」」
私が声を掛けると二人はビクッと驚いた様子でしたが、すぐにこちらへ振り返って挨拶を返してきてくれました。
「お、おはよう、千沙」
「きょ、今日は随分早いね。見たいアニメでもあるのかな?」
姉さんのこの言い様。
妹が早く起きるのに、何か理由が必要なんですかねぇ。
しかし今日から千沙ちゃんは道徳完璧美少女。笑顔で応対します。
「いえ、早く起きて何かお手伝いをしようかと思いまして」
「「え゛」」
兄さんと姉さんの口から間の抜けた声が漏れました。二人はまるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような面持ちです。
失礼すぎでしょう。この人たち、失礼すぎです。
ハッとして我に返った兄さんが私に言ってきます。
「そ、そうか。早寝早起きは良いことだからな、うん」
「はい。これから心がけようと思います」
「えっと、朝ご飯か? さっき陽菜が千沙の分を作って冷蔵庫に入れといてくれてたから、それをチンするよ。少し待って――」
「自分でやりますよ」
「......そうか」
兄さんが怪訝そうな面持ちで私を見てきます。
隣に立っている姉さんに至っては、私のことをまじまじと見てきました。何か言いたいことがあったら言っていいんですよ。
さて、ここで道徳とは何なのかを述べましょう。
昨晩調べても少しわからなかったのですが、とりあえず、道徳とは人に迷惑をかけないこと、人のためになることをすること、の二つを守れば大丈夫みたいです。
ついさっき実践しましたが、自分の朝食を用意することは、平たく言ってしまえば人の手を煩わせないこと、つまり迷惑をかけないことに繋がると思います。
ふふ、完璧な出だしですね。
「千沙、トースト焦げてるよ!」
「あ、やっぱやったわ。お前、パン焼く時間把握してないだろ」
「......。」
やっぱやったって......。予め私がやらかすとわかってたのなら言ってくださいよ。
兄さんも人のこと言えませんからね。道徳のなってない兄を持つと妹は苦労しますよ。
ですが私は文句を言いません。
今日から私は道徳完璧美少女ですので!!
*****
「千沙、17ミリのメガネレンチ知らない?」
「それくらい自分で――」
あ。
ここは道徳的に『それくらい自分で探してくださいよ』なんて言っちゃ駄目なところですね。
「?」
「い、いえ、知りませんね。工具箱の中に入ってませんでしたか?」
「それが探したんだけどさ、見つからなくて......」
ふむ。道具を使ったら元の場所に戻す、これは中村家全員が遵守しているルールです。それができていないからこういうふうに探す羽目になってしまうのですが......。
文句を言っても仕方ありませんね。一緒に探しますか。
あれ? そう言えば......。
私はふと思ったことを兄さんに聞きます。
「一昨日の作業で、兄さんが単管パイプを組み立てていたときに使っていませんでしたか?」
「そうなんだよ。ちゃんと工具箱にしまったと思ったんだけど......」
いや、それができてないから探す羽目になってるんですよ。
が、本日の千沙ちゃんは道徳完璧美少女。額に青筋を浮かべるだけで文句は言いません。
私は笑顔で言いました。
「ふふ。道具は勝手に逃げ出しませんよ。仕方ありません、一緒に探しましょう」
「お、おう。なんか悪いな」
今度、徹夜ゲームに付き合ってくれたら許してあげます、などと喉ならそんな言葉が出そうになるのを既のところで堪え、私は天使のような笑みを浮かべました。
「困ったときはお互い様ですよ」
「うお、鳥肌立った」
「は?」
「あ、いえ、なんでもないです」
こ、このクソ兄......。
兄さんと目的の工具を探すこと十数分。そろそろ諦めて別の作業をしようかと思っていた頃合いです。
なんと見つけてしまいました、17ミリのメガネレンチを。
「......。」
そしてそれを手にした瞬間に発生する当時のフラッシュバック。
昨日、私は兄さんに頼まれていた作業をしていました。単管パイプ用のジョイントのネジ部分が錆びついて動きが悪いとのことだったので、油を注しながら17ミリのメガネレンチを使っていました。
そしてそのメガネレンチをここに放置した覚えがあります。
そう、犯人は私だったのです。
さっき兄さんに『道具は勝手に逃げ出しませんよ』とか言いましたが、私が犯人です。
私はメガネレンチを見つめました。
これ、兄さんに対してなんて言えばいいんでしょうか。
そのまま彼に『ありましたよ、どうぞ』と渡せばいいのでしょうか。
普段の私ならそうしたことでしょう。さも今見つけましたよと言わんばかりに、偶然を装って兄さんに渡す自信があります。
が、本日の私は道徳完璧美少女。
自分の非を認め、改め、素直に謝罪することが一番なんじゃないでしょうか。
「千沙〜、あったかー?」
「......。」
つまり私は謝らなければならないのです。
たとえ悪気が無かったとしても、一応下手に出て謝らないといけないんです。
ぐぬぬぬ......。
私はメガネレンチを持って兄さんの下へ行きました。兄さんは話しながら、私が手にしているメガネレンチを見て驚いた様子でした。
「どう? あった?......ってあったの?! 見つかったのね、サンキュー」
「......。」
「千沙?」
「あの、兄さん、このメガネレンチなんですけど......」
「?」
「わ、私が..........」
「え? なに?」
「..................。」
「続き言ってよ! なんか怖い!」
「............私が昨日使って............ました」
兄さんにメガネレンチを渡しながら、私は続きを言います。
「ごめんなさい......」
「......。」
私が俯いていると、兄さんが私の頭を優しく撫でて来ました。
「はは、気にするなよ。見つかったんだから、それでいいじゃん」
「兄さん......」
兄さんにメガネレンチを渡した後、私は兄さんに熱いハグをしてから自分の仕事に戻りました。
その際、後ろで兄さんが「家族会議だな、うん」とよくわからないことを言っていましたが、私は気にせずその場を後にするのでした。
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