第42話 これが椅子の力だ

 「佳奈君から聞いたよ。まったく仕事してないんだってね」


 「そんな! 自分はちゃんと―――」


 「が口答えするんじゃない」


 『バシッ』


 「あひん!!」


 現在、俺は生徒会室で四つん這いになっていた。


 いや、美咲さんの椅子になっていた。


 この場には俺と美咲さん、佳奈ちゃんの三名が居る。


 ちなみに陽菜は美咲さんと入れ替わりで帰った。ポニ娘曰く、なんか話し合いになったら長引きそうね、である。面倒なことになる前に帰宅したのだ。


 それを好機と見たのか、美咲さんが俺のことを椅子にしてきた。曰く、もう生徒会役員ではないワタシに、座る席など無い、だそうだ。


 だからって現生徒会長であるこの俺を椅子にすることはないだろ。


 が、現役JDに椅子になってほしいと言われたら、椅子になるしかない。


 それが童貞――じゃなくて、男の性ってやつだ。決して下心など持ち合わせてない。


 だから副会長、そんなゴミでも見るような視線を俺に向けないでくれ。


 「会ちょ―――西園寺さん、よくこんな男に座れますね」


 「意外と心地いいよ? ワタシはやっぱり人の上に立つ人間なんだなって再認識できる」


 「立つっていうか、座ってますけど」


 「俺は勃っているがな!」


 「椅子は喋らないでください。気持ち悪いです」


 どいひ。


 しかしこんな状況、死んでも陽菜には見せられないぞ。


 絶対に殺される。具体的にはちょん切られるな。和馬さんたらしめる棒が、スパンと。


 ああ、怖い怖い。


 ちなみに母校にやってきた美咲さんの服装は、梅雨の時期で若干肌寒いのに、カットソーのTシャツにスキニーデニムと涼しげな格好だ。


 露出した腕が最高である。ボンキュッボンなスタイルなのに、腕や足は引き締まっていて、非常に美しい。


 さすが美女。シンプルな服装なのに、ルックスで全てが補われているようだ。


 「で、本題に戻るけど、バイト君、なんでワタシが卒業したのに、こんなところに居るのかわかるかい?」


 「こ、こんなところって......。もしかして、不甲斐ない自分に協力してくれるのですか?」


 正直、今月末に球技大会があることは一応覚えていた。が、生徒会としてどう活動すべきかわからなかった。


 それこそ、経験者の副会長に相談すべきだったと後悔している。今更だがな。本当に不甲斐ない話である。


 そんな俺に、美咲さんは優し気な笑みを浮かべて答えた。


 「そう。全然やる気を出さないクソ野郎の尻を叩きに来たのさ」


 言ってることドSだけど、笑みは美女が浮かべるそれである。


 「ま、強引に生徒会長に任命したワタシにも少しだけ責任はある。少しだけね」


 俺からしたら全然“少し”じゃないけど、黙っておこう。


 「ではお手数おかけしますが、よろしくお願いします」


 「ん。今回だけだよ。卒業して、たった三か月程でここに戻ってくるの、そこそこ勇気要るんだからね」


 お、おおー。あの美咲さんが恥じらっている......。


 そんな彼女は入校許可証を首にかけており、その紐を指先でくるくるといじっていた。


 「で、美咲さんが来られた理由はわかりました。でもなんで他の役員は呼ばないのでしょう?」


 「ふふ。居たら委縮しちゃうだろう? ワタシが指示したことしかしなくなったら困る」


 「ああ、なるほど」


 「それに今回、ワタシがするのはアドバイスのみだ。諸々の話し合いは後日やってほしい」


 「はぁ」


 「ではさっそく始めようか」


 美咲さんはそう言って、椅子おれから立ち上がった。


 ご主人様から解放された俺だが、未だに四つん這いを保っている。


 理由は言わずもがな。もう数分して股間が落ち着いたら、椅子を止めたいと思う。


 そんな俺を他所に、巨乳JDは近くのホワイトボードがある場所まで歩いていった。そして黒色の水性ペンを手に取り、キャップを取ってなにやら書き始めた。


 ホワイトボードに書かれた文字は......


 「“すべきこと”......ですか?」


 書かれた内容に関して、俺はつい読み上げてしまう。


 美咲さんは首肯してから口を開いた。


 「そ。生徒会が絶対に守らなければならないことがある。わかるかい?」


 なんだろ。俺が少し考えていると、横で何やら言いたげな副会長の姿が目に入った。


 あんたは去年も生徒会だったからな。答えを知っていて当然だろう。


 まぁでも、深く考えるまでもない。


 「スケジュール管理......ですかね?」


 俺のその回答に、副会長は何やら面白くなさそうに眉をひそめた。一方の美咲さんはどこか満足気である。


 「正解。さすがワタシが選んだ人間だ」


 そして彼女は続けた。


 「言うまでもないが、球技大会に限らず、学校行事は基本的に生徒たちが主体となって活動する。特に先陣となって、イベントの中心的な存在になるのは“生徒会”だ」


 これは去年、一昨年とイベントに参加した俺だからわかったことだ。


 自慢になるかわからないが、実は我が校のこういったイベント、予定していた通りの開催時間を守れて事が運んでいたのである。数分の差異はあったが、大幅な遅れは決して無かった。


 素直に関心してしまった俺である。


 「時間通りに行動する......至って当然な行為だ。が、それを全校生徒しゅうだんに対して、かつ、同日内で並行する競技を意識して、朝から終日まで守り切るのは非常に難しい」


 「はい。あまり一般生徒は意識してないようですが、これってすごい大変なんですよ」


 そう、そのイベントの進行役となる生徒会がきちんと計画を立てて、それ通りに進むように活動しなければ、スケジュールはズレてしまうのだ。


 「それも何を考えているかわからない猿共を管理しなければならない。おそらくワタシ抜きの今年の生徒会は苦戦を強いられるだろう」


 「美咲さん、卒業したからって、母校の生徒たちを猿呼ばわりするの良くないですよ」


 「高橋さん、卒業する前から西園寺さんはこんな感じでしたよ」

 

 ああ、これがデフォなのね。よく二年間も生徒会長をやれたもんだ。


 そんな白い目で美咲さんを見つめる俺ら他所に、彼女は続けて語った。


 「さて、一概にスケジュール管理を徹底すると言っても、難しい部分がある」


 「と言いますと?」


 「それは競技ごとのルールだ」


 ああ、たしかに。


 球技大会なんて様々なスポーツを校内各地で開催するんだ。それぞれ通常のルールに則ってしまったら、絶対にプログラム通りにはいかなくなる。


 たとえばサッカーなんか良い例じゃないだろうか。


 延長戦とかあったら、その時点でもう詰みである。同点だったらジャンケンして勝敗を決めろ、くらいしないと予定を保てないのだ。


 「では、なぜ通常のルールを改変してまで時間を遵守しなければならないかわかるかい?」


 美咲さんがまた俺を試すような顔つきで聞いてきた。


 だから俺は答えた。


 「生徒から不満が出るから、でしょう」


 全校生徒で楽しむイベントだ。競技一種目がいくら白熱した試合になって、選手や観客を興奮させても、それは“その場その時”のものにしかならない。


 球技大会には様々な種目があり、それぞれ参加する生徒のことを考えるなら、プログラム通り競技をやらないと不満が出てしまう。


 誰だってやるなら楽しみたいからだ。


 その“楽しむ時間”を生徒会が作る。事前に作ったプログラムで、楽しんでもらう時間を提示するんだ。“遅延”なんてあっちゃいけない。


 それも平等に。全員が満足できなくても、不満にはならないように、だ。


 無論、運動が苦手で球技大会そのものが嫌いな奴はいるだろうが、生徒会が遵守すべきは、学校行事を楽しみにしている人たちの笑顔である。


 「いいね。バイト君、やっぱり君は生徒会長に向いているよ」


 「いや、別に大したことは――」


 「まぁ、基本は去年のプログラムを元に進めてみるといい。問題はその計画の要となっていた司令塔的存在――このワタシの代役を君ができるかだ」


 「そ、そんなに難しいんですか」


 「常人じゃあ無理だね」


 ま、マジか。学校行事の進行役はそこまで大変なのか......。


 たしかにリハーサル抜きでやるイベントで、いつ、どこで、何が起こるか想像もつかないから、ちゃんと適切な対応が取れるか不安だけど。


 「いいかい? 人並みのできじゃ駄目だ。『今年の球技大会は最高だった』という思い出に『生徒会のおかげだ』を紐づけて、『特に生徒会長の存在が大きかった』と思い込ませなければならない」


 ......そうだった。


 そもそも俺が生徒会長になったのは、ヤリチンクソクズ野郎という汚名を返上して、身の潔白を証明するためだ。


 証明して、残りの学生生活を楽しむ。


 そのために“生徒会長”を必死に務めなければならない。


 「わかりました......自分、今年の球技大会を最高なイベントに仕上げてみせます!!」


 「ふふ。その意気だ。......ところで、バイト君、決め顔で宣言してくれるのはいいんだけど」


 「?」


 「いつまで四つん這いになっているつもりだい」


 「あ」


 俺はもう息子が勃っていないことを確認してから立った。


 そんな俺の股間事情が気になったのか、元生徒会長と副会長の視線がある一点に集まって、居た堪れない気分に駆られる俺であった。

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