終わりのスターマイン

南木 憂

 横目で盗み見た彼女は、花火が打ち上がる音に肩をビクッと揺らしている。


しずか、花火の音も怖いの?」

「えっ。な、何? 花火? 綺麗だね」


 目を細めて微笑むしずかに胸がいっぱいになった。この瞬間、誰よりも、花火よりも、彼女が一番綺麗だった。



 *   *



 中根なかねしずかは、大学でいつも一人だった。広い講義室、前方寄り、端の席でいつも静かに講義を聴いている真面目ちゃん――そんな印象だった。

 そんな彼女と初めて話したのは、二年の春。一年の時に取った教養の単位だけだと就活時期に苦労すると知って、慌てて履修登録した単位の取りやすい楽な講義。その講義は、いつも一緒にいる友人は取っていなかったため、私は何の気なしに席に着いた。

 すると彼女がやってきて、私から一つ開けて座る。そこで、自分の座っている席が、よく彼女を見かける席だと気が付いた。


「あ、ごめんね。ここ、いつも座ってる席だっけ?」


 彼女はそう話しかけただけで、大袈裟に肩を跳ねさせて縮こまった。小さな身体も相まって、まるで臆病な小動物だ。


「だ、大丈夫です」


 必死に絞り出したであろう声はか細くて、この時、私は何となく弟のことを思い出していた。

 私には妹が三人と、弟が一人いる。弟は末っ子で、四人の姉がいることになる。弟と長女である私は十歳差で、それはもう可愛くて仕方ない。一緒に少女漫画を読んだり、ドラマを見たり、もっと小さいときは一緒にお絵描きをしたりした。

 それが良くなかったと知ったのは、弟が小学校に上がってからだ。弟は、小学生になってから「男らしくない」という理由で、周囲の男子達から避けられるようになってしまった。幸い、弟は可愛らしい顔をしていた。今は女子に庇護される形で、小学校で過ごしているという。ただ、たまに電話で寂しそうにする弟の声が、彼女と少しダブった。


 そのままの席で初回の講義を受けた私は、講義終了後、そそくさと立ち去ろうとする彼女を慌てて呼び止めた。


「待って」


 また、ビクッと肩が跳ねた。


「ねぇねぇ、連絡先教えてよ。講義のことで何かあったら聞きたいからさ」

「は、はい……」


 この連絡先交換が無理矢理であったことは否めないが、私は彼女の連絡先が自分のスマートフォンに登録された時にホッとしたのを覚えている。守ってあげたくなるタイプとでも言えば良いのだろうか? おどおどしている所が、弟みたいで可愛く見えた。


 次の講義までの間、少し話をして、やはり弟似だと思った。可愛い癖に引っ込み思案、弟がクラスの女子に放っておかれないように、彼女も男共が放っておかないのではないか。

 小さくて柔らかそうな身体、艶やかな長い黒髪、透き通る様な白い肌、小さな瑞々しい桜色の唇――男が好きなタイプは、こういう清楚な子なのだろうと思わせる容姿だ。

 背が高く、黒髪なんて野暮ったくなるだけの私とは正反対。正直、羨ましいと思った。


「ねぇしずか、今、付き合ってる人いる?」

「えっ? い、いません」

「モテるでしょ?」


 彼女は俯いて、否定はしなかった。この反応を見るに、言い寄ってくる男がいない訳ではないのだろう。

 弟も同じだった。私がまだ地元にいた頃に「北斗君のお姉様ですね!」と可愛らしいご挨拶をしてきた、マセた女の子がいた。弟は女子グループに混ざるようになって、余計男子達から距離を置かれたり、陰口を叩かれたりするようになったという。

 もしかして今目の前にいる彼女は、女子グループに混ざれなかった弟なのではないだろうか? 以前、同期の女子が彼女を見てヒソヒソと何か話している場面に遭遇したことがある。あの時は陰口だったら嫌だと思って話に入らなかったが、今思うと、あのいやらしい笑みは彼女に対する敵意のように思えてくる。

 もうここまで考えが及ぶと、後には引き返せなかった。私は、この日からなるべくしずかに構うようになった。


 しずかは表情には出さないが、私に素っ気なくして迷惑そうな空気感を出していた。また、私の仲良しグループは彼女をよく思っていなかった。曰く、しずかは男にちやほやされる鼻につくタイプの女子らしい。はっきりとそう言われてしまうと、私は彼女を選ぶしかなかった。

 そうして大学入学時に苦心して作った仲良しグループは、一年で呆気なくさよならとなった。正確には、私が抜けただけなのでグループ自体がなくなった訳ではない。私にとっても、キャンパス内で一緒にいる人がいなくなった訳ではない。――私としずか、二人っきりになっただけだ。




 しずかと一緒に過ごす様になって、気が付いたことがある。

 それは、男が思った以上に寄ってくることだ。彼女は声をかけられるたびに、ビクッと肩を震わせて目も合わせずしどろもどろで応答した。なんなら、思いっきり反応したのにも関わらず、声を掛けられたことに気付かないふりをした。

 確かに、こうも男を引き寄せるのであれば、しずかを嫌う女子も出てくるだろう。容姿が良い癖にヒエラルキーの頂点に立てない女なんて、嫉妬の餌食にしかなれない。


しずかって可愛いよね。睫毛長いし」

「へっ!? み、美月みつきちゃんの方が、モデルさんみたいで綺麗だよ……私、美月みつきちゃんみたいな格好似合わないから羨ましい。あとネイル、綺麗。私、爪小さいから良いなって、ずっと思ってた」

「へっへっへ」


 私は褒められたネイルを存分にアピールする。男も女も寄せ付けないしずかから評価されるというのは、存外に気分が良かった。複数人のグループでお互い気を遣い合うよりも、しずかのことさえ思っていれば良いこの現状は決して悪くなかった。


「本当に綺麗」


 あと一つ気が付いたこと、しずかの笑顔はとびきり可愛い。さっさと彼氏でも作って、周囲にアピールすれば良いのに。そう思って何度かそれとなく口にしたが、しずかは「男の人、ちょっと怖いの……」と言葉を濁すばかりだった。

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