02 聖女転生(後半)
「うっひょ~~~~!!」
私が大きな声を出したせいでしょう、女神様は気圧されたように上体を引いて、目をぱちくりさせました。
「……なぜ急に大声を出すのですか」
「うっひょ~~~~!!」
「あの」
「うっひょ~~~~!!」
女神様は完全に手を止めて、私を伺うように見ます。
「大丈夫ですか、あなた」
「大丈夫じゃないです。知らない世界に、いきなり放り出されてしまうんですよ? しかも、聖女としての任務とか、ぜったい大変じゃないですか! もうちょっとこう、チートとかサービスしてもらえませんか」
「できません」
「うっひょ~~~~!!」
「……もしかして、私があなたになんらかの力をサービスするまで、ゲートを通らずそこで叫び続けるつもりですか」
「うひょ」
「そうですか。困った転生者ですね、まったく」
嘆息して、女神様は机の引き出しから大きな判子を取り出して、紙にどんと押し付けました。真っ赤なインクで、魔法陣のような謎の紋様が紙に記されています。
「あなたに【飢餓のテクセリア】を与えます。過剰なカロリーや栄養を魔力に変換し、無制限に蓄積する魔臓です。ぴったりの能力でしょう」
「ええと、それってどれくらいのチートなんですか? 時とか止められます?」
「少なくとも、不摂生で死ぬことはなくなります。太ることもなく、理想的な体型の維持が可能です。時は止められません」
「……それじゃ、次はラーメン食べ放題ってことですね?」
「そうですね。……食べられれば、ですが」
ふむ。ラーメン食べ放題転生なら、悪くないのではないでしょうか。むしろ、破格の対応と言ってよいでしょう。しかし、女神様の甘い対応は心配ですね。私のような優しいOLは希少なのです。世の中には、自分が悪いとも思っていない悪辣なクレーマーがたくさんいますからね。
さておき、チートがもらえるのであれば、これ以上の文句はありません。もとより、地球での私は天涯孤独の身。幼少期に父が蒸発し、女手一つで育ててくれた母も高校生のときに事故で失い、たった一人の家族だった祖母も数年前に天寿を全うしましたから、未練はありません。
友達? 恋人? ……ま、まあ、いなかったわけじゃないですよ? いなかったわけじゃないです。ええ。本当です。いやー、その点は未練あるなー。
……嘘です。友達は高校卒業後、疎遠になりましたし、恋人は影も形もございません。
ですから、そういう意味での未練は、ほとんどないのです。チートありで異世界転生できるなら、地球でこのまま暮らすよりは、ずっといい気がします。
私は椅子から立ち上がり、半目の女神様に笑顔で一礼しました。
「ありがたく【飢餓のテクセリア】をいただきます。交渉成立ですね。聖女の任務とやらは、この私にどーんと任せてください」
「納得いただけたのであれば、さっさとそちらの穴を通ってください。仕事が詰まっておりますので」
女神様は書類を卓上の箱にしまって、次の書類を取り出しました。忙しそうですし、お暇するとしましょうか。
「それじゃ……、いってきま~す!」
「もう来ないでくださいね」
冷たいことを言う半目の女神様を尻目に、私は黒い穴を通りました。
そうして、レヴェイヨン連合王国の辺境伯、ラシュレー家の末娘として生まれ変わった私――、いえ、わたくしは、レオノル・リュドア・ラシュレーとしてすくすく育ったのでございます。
三歳ごろから両親に前世の話を切り出して受け入れられ、六歳になると同時に聖女認定の儀を受けるという、素晴らしく好調なスタートだったのですけれど……、一点だけ、想定外のことがございましたの。
この世界、いわゆる中近世ヨーロッパ的な、ゲームやアニメのようなファンタジー世界でございまして。
●
聖女認定の儀を終えて、家に帰る馬車の中で、わたくしはぼやきます。
「ていうか、ラーメン食べ放題どころか、どッこにもラーメンが存在しないじゃありませんか! あの半目がよォ! わざと言わなかったに決まっていますわ!」
「レオお嬢様、汚いお言葉は、めっ、ですよ」
ラーメンを食べることもできず、メイドに叱られる毎日でございますの。
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