静寂と隔たり

 結局僕は指輪を渡せないままでいる。ホテルのチェックアウトを済ませて昼ごはんを食べて新幹線に乗って家に帰る。あとそれだけの時間でこの想いを伝える覚悟ができるだろうか。想像すると緊張と恥ずかしさで頭が真っ白になってしまう。新幹線に乗って席に座ったぼ僕は勇気を振り絞って夢先輩に話しかける。


「あのさ」


「なに?」


ダメだ。どうしてもこの先の言葉を話すことが出来ない。


「ごめん。なんでもない」


「そっか」


モヤモヤとしかものが胸に残るまま新幹線は終点へと向かっていく。夢先輩から香る珈琲が僕の鼻を突き刺す。


 夢先輩と別れたあと仄暗い街の中を歩く。夜風が町の木々を震わす。駅から家まで遠くないので肌寒いのは我慢できるだろう。途中、喫茶店の看板がやけに目に付いた。


 家に着くと僕はすぐに異変に気がついた。中から電気が漏れだしていた。ドアに手を掛ける。鍵もかかっていない。この家の鍵を持っているのは僕しかいない。他に入れる人がいるはずがないのだ。不審に思った僕は玄関のドアに耳を当てて中の音を少し聞くことにした。静寂の中にところどころ聞こえる2人の声。1人は男性、もう1人は女性だろう。強盗とかならもっと雑音が聞こえてくるはず。もしくは僕の存在に気づいたのか。あらゆる可能性を考えたがどうしても非現実的なものになってしまう。僕は恐る恐る玄関を開けて物音をあまり立てないようにしてリビングへと向かった。

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