episode6 とある酒場の顛末

 夕暮れが迫り、夜の帳が落ちてくると、冒険者たちの集う酒場はどこも盛況になる。

 昼間からクダを巻いているようなのはともかく、冒険地から戻ってきたり、夕食を食べに来た冒険者で溢れ、あちこちでパーティが木杯を付き合わせて乾杯をする。このところぱっとしないパーティが、それをじっとりと影から面白く無さそうに見つめる。ソロの冒険者がカウンターでソロ同士で語り合い、情報を収集したり、冒険地で手に入れた物の自慢話が始まる。時にドワーフたちの酒飲み対決が始まると、賭けの胴元を顔なじみの冒険者が買って出る。今日の稼ぎをみんな突っ込んでしまった奴等を尻目に、密かに儲けを出してほくそ笑むのだ。

 そんないつもの酒場の風景に、最近ではひとつ違うものが加わっている。


「あと三十分くらいか」


 酒場を切り盛りするマスターが、時間を見て呟いた。

 ちょうど手が空いたらしい給仕の少女が、その声を聞き取ったらしい。


「つけときます? たぶんこれからまたお客さん入ってきますよ」

「おう、頼むわ」


 魔力パネルを動かしてチャンネルを合わせる。棚の上に置いて音量を最大にしておくと、酒場中に聞こえるようになっていた。合わせたところはもちろん『深夜同盟』だ。最初はどうも胡散臭いと思っていた『深夜同盟』だが、この時間になると聞きたがる冒険者も多い。あちこちで頭を突き合わせて聞いているパーティも多いことから、いまはこうして酒場のマスター自ら、酒場中に流すようになってしまった。ここは冒険者ギルドの依頼も張り出される、正規の酒場だ。それもあって、多少の興味はあった。

 魔王バルバ・ベルゴォルと、アーシャ・ルナベッタと名乗る少女による配信。その中身は各地のニュースや速報、時に勇者の動向まで多岐にわたる。これをどうすべきか真剣に悩んでいるのは国のお偉方だけだとマスターは思っていた。危険視すべきか、それとも放置して情報収集に徹するべきか。もしかしたらそれすら決まっていないのではないかと思った。さっさと禁止令を出せばまだわかるが、上のパニック具合が透けて見える。

 もちろん、いい顔をしない奴等もいる。

 どうでもいいと思っている奴等もいる。

 だが、知りたがっている奴等がいるのも事実だ。

 現在はまだ内容は少ないものの、その速度は新聞よりも速い。各地で起きたことが記事になるよりも速く全世界に報道されるのだから。新聞記者はいまはそれほど重要視していないようだが、いずれこの早さによる脅威を知るだろう。魔王が死んでも、配信自体は何かしらの形で残るんじゃないかと考えている冒険者も少なくない。配信が残らずとも、各地の冒険者とすぐに語り合えるコメントの機能は魔力パネルに何らかの形で残るだろう。マスターはそう確信していた。

 マスターが次の料理のために手を伸ばしたとき、酒場のドアが急いで開いた。


「お! まだ始まってないな!?」


 忙しなく酒場に入ってきた青年が、カウンターに滑り込んだ。


「深夜同盟ならまだ始まってないぞ」

「良かった、間に合ったな!」


 顔なじみの冒険者の青年だ。


「とりあえず、酒と羊肉のサンドイッチ……ん?」


 忙しなかった青年は店の一店を見て、目を丸くした。

 喧嘩と飲み比べは酒場の華。だが、壁に開いている大穴と、それを一時的に塞いでいる木の板を見て、彼は瞬きをしたあとに笑い出した。


「俺が冒険中にずいぶん派手にやられたなあ! これ、どうしたんだ?」

「それか。一週間か二週間くらい前にやられたんだよ」


 木杯に酒を注ぎ、ひとまず青年の前に出してやる。

 彼は木杯を手にすると、ぐいっと飲んだあとに唇を軽く手の甲で拭き取った。


「早く直した方がいいぜ、こういうの。重戦士同士でやり合ったりしたのか?」

「喧嘩どころじゃないぞ。勇者にやられたんだからな」


 木杯の残りを飲み干そうとしていた青年が、そのまま酒を噴き出した。


「なんだって! ……ああいや、そんな驚くことでもないな!」


 青年はそのまま笑い出した。


「なにしろ『勇者』は各国で指定されていてたくさんいるって、わかっちまったからな……。そのうえ、魔王と対になるらしい真の勇者はただひとり。いくら国の後ろ盾を得ているって言ったって、真の勇者じゃないならまだ候補の段階だって、みんな言ってるからな」

「そうみたいだな」

「まったく、魔王ときたらとんでもない事を明かしてくれたものさ……、国に選ばれなかった奴等にだってまだ可能性があるなんて言っちゃあな。冒険者にとっちゃ、ずいぶんと耳よりな情報だ」


 魔王を倒して自分が勇者であると言えば、それこそ国ひとつ、いや、ふたつみっつ買えるほどの莫大な金が手に入るかもしれない。そしてそれを、確実に宣伝してくれる人物がいる。アーシャだ。アーシャが本当に人間かどうかはさておいて、彼女が「真の勇者はこの人です」と言えば、みな信じるだろう。そういう妙な期待が冒険者の中に、やんわりと存在したのである。


「ところでその勇者ってのはだれなんだ?」

 青年が聞くと、マスターは面白そうに笑った。

「それがな――『帝王の牙』の奴だったよ」

 マスターが言うと、青年はますます面白そうに顔をゆがめた。


「あっははは! それ、本当か? 確か『帝王の牙』って、配信のかなり最初の方に言われてた奴等じゃないか。支援職を入れずに壊滅してるんじゃなかったか? あれ以来、続報がなかったけど」

「ああ。怪我は治療しているらしいんだけどな――」


 マスターがにやにや笑う様子に、青年も興味をひかれたようだった。


「そりゃあ面白かったぜ」


 なにしろ『帝王の牙』の勇者は、店の中に入ってきてある人物を見つけると、急に怒鳴りつけたのだという。何を言っているのかは定かではなかったが、その人物に対して大層怒り心頭だったそうだ。

 マスターは本来、冒険者の荒事など右から左で聞き流してしまうが、このときはちがった。

 なにしろ勇者は、かつて自分が追放した「窃盗および下賤な職業」であるところの盗賊に「戻って来い」とやらかしたのだ。

 その場にいた全員が呆気にとられていたと思う。

 要は犯罪者を追放しておきながら、「お前がいないせいで壊滅した」ときたのだ。まくし立てていた内容をなんとか聞き取ったところによると、「必要なアイテムが無い」「武器が劣化していく」「魔物が妙に襲ってくるのはお前が何かしたからだろう」……などと枚挙にいとまがない。それはむしろ八つ当たりでは、というようなことまでつらつら述べだしたあたりで、そいつはこう続けた。

「とにかく、いま土下座して謝れば俺のパーティに戻してやる」

 それだけは言った。

 だれもがこの騒動の顛末を見守ろうとした瞬間。

「いや、結構です」

 当のその人物も呆気にとられていたのか、敬語だった。

 それでも即座に反応したあたり、本当に戻る気はなかったのだろう。

「あー……俺もう、エルタの……、別のパーティに入ってるから」

 そいつは一緒に飯を食っていたもう一人を指さした。

「おう。勧誘してもらったけど、悪いな。いまのところこっちも差し出すつもり無くてなぁ」

 そう。この盗賊は既に別のパーティに所属していて、同席していたパーティのリーダーも当然拒否した。

 そうして、何が起きたかというと。


「あっさり断られて、これだ。剣まで抜き出して、困ったもんだよ」

「それでそうなるか!? というか、昔の仲間って、まさか……」

「そのまさかだよ」


 マスターはにやりと笑った。

 そのまま完成した羊肉のサンドイッチの皿を、目の前においてやる。


「やっべぇ、その絵面見たかったなぁ! というか、窃盗容疑で追放したのになんで戻ってきてほしかったんだ。他の盗賊入れれば良かったじゃねぇか。盗賊じゃなくても、後衛とか支援職ってのは最近売り出し中だろう?」

「さあなあ」


 マスターも首を傾げる。

 そこへ、不意に明るい音楽が聞こえてきた。


「おっ、始まったか!」


 すっかりおなじみになった邪霊楽団の音楽だ。

 青年はサンドイッチを片手に、魔力パネルから流れるその音を耳で追った。

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