配信33 ニュース:保険会社「生命の観測隊」を騎士団が摘発

 夜十時。

 夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころ。人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。

 やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。


――――――――――――――――――――


「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」

「……バルバ・ベルゴォルだ……」


「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」


「リクエストが! 多いんだよ!!」

「吾輩に言うな!?」


「最初からなんだ毎回! お前、この間それで何人か引き抜いていっただろう!?」

「それについては本当にありがとうな!!」

「普通に礼を言うな、どうしていいかわからんだろうが!」

「なんでお礼を言って怒られるのか意味不明だ」

「だいたい、そんなリクエストに応える義理はあるのか。もういっその事お前の事だけ喋っていればいいのではないか? お前についてのリクエストも来ていた記憶があるぞ」

「私についてはこの際どうでもいいかなって」

「そういう裁量は思い切りがいいんだな……」


「それにしたって、特に魔物について教えろっていうリクエストが異常に多いんだよ。この間、ぽろっと邪霊楽団に元人間がいるって言ったら烈火のごとくリクエストが来た。たぶん同じ集団だと思う」

「どうせ魔物研究者かなにかだろう」

「まあ、邪霊楽団へのインタビューは今度やるとして」

「やるのか……」


「あと、魔王について教えろっていうのも多い。非常に多い」

「それこそ教える義理はないんだが」

「すごい真顔だ」

「それはそうだろう……というか、吾輩について魔王である以上に情報が要るか?」

「弱点とか、そもそも魔物なのかとか、なんで剣ごと復活するかとか」

「そういうものだとしか答えられん事を送ってくるな」


「まあとにかくみんな躍起なんだよ。命かかってるし」

「それはこっちだって同じなんだが」

「ただ、命を食い物にするのは魔物だけじゃないって話があってな」

「……しまった、フリに乗ってしまった……!」

「本来、魔物と命を賭けた戦いを繰り広げる冒険者。その冒険者を標的にしたとある保険会社を、騎士団が摘発しました」

「急に真面目な声色になるな」



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《保険会社「生命の観測隊」摘発 冒険者に無理な契約か》


 冒険者を顧客とした保険会社「生命の観測隊」が、騎士団によって摘発された。

 「生命の観測隊」は冒険者からの訴えにより、詐欺まがいの営業や、故意の説明不足によるトラブル、解約金が出ないなど問題が続出しており、このたび捜査の手が入ったことになる。


 そもそも保険とは何かというと、日常で発生する様々なリスクに対する備えの制度。普通は貴族を相手としたもので、主に船舶や屋敷などに対して行われているものである。月単位などで保険会社に一定の金額を支払う代わりに、沈没や魔物の襲撃などで打撃を負った際に給付金を受け取るものだ。

 このところの冒険者の急増で、「生命の観測隊」が目を付けたのが冒険者の生命そのもの。月々に一定の金額を支払う代わり、死亡時や、冒険者ができないほど大きな負傷をした際などに、本人または家族が給付金を受け取れるというものだった。

 しかしその契約の際、借金を前提で契約を迫ったり、中には5時間ほど拘束され契約を迫られた冒険者も。利き腕を失ったのに特約に入っておらず保険金を受け取れなかったケースもある。またこの保険制度が掛け捨て、つまり一定期間が過ぎたり、途中で解約しても支払った金額は返ってこないことをあえて説明しないなど、問題が噴出していた。


 とある冒険者がインタビューに答えてくれた。「こういうのに騙されてしまうのは、たいてい貴族出身や、逆に田舎から出てきたばかりの初心者が多い印象です。貴族出身だと、もともと保険という概念をそれとなく知っている人が餌食になりやすいような気がしますね。それに冒険者は間口は広いですが、一攫千金や、魔王が復活した今は、勇者タイジュ=クドーの華やかな成功者というイメージを持ったままの人が多い。いまは簡単になろうとする人が増えていて、それも一因だと思います」と語る。また別の冒険者は、「保険があるから安心と無茶な戦い方をする奴もいる。保険があろうが無かろうが冒険者は体が第一。それに、保険に入る側もわざと怪我をして金を巻き上げようとして失敗した奴もいたらしい。面倒な事を思いついたもんだよ」とため息交じりに語った。

 冒険者の増加に商機を見いだす一方で、食い物にしようとする者には注意が必要だ。

+++――――――――――――――――――――+++



「というわけで、冒険者を食い物にするのは魔物だけではないというニュースだったんだけど」

「……」

「バルが凄い顔をしている」


「まあ、そういうやり口をする奴等がいる、というのは知ってはいたが……」

「あ、知ってたんだ」

「そりゃ情報は入ってくるからな」

「バルからすればどう? こういうの」

「人間同士で勝手につぶし合ってくれればいい」

「やっぱダメだな、この会社!」


「家族がいる冒険者とか、家族のために仕方なくなった……みたいな人には良さそうだと思うんだけどなあ。でも、わざと怪我をする人が出てくると厄介かもね」

「完全に互いに食い合っているな」

「まあでもいざという時の保険なんだから、わざと怪我をしてお金を貰おうっていうのが無理がある気がするけどなあ。貴族相手の船舶関係も、どういう状況だったかを証言する人がいないとダメだって聞いたことがある」

「元はそれなりに厳しい条件にあるものを、口先三寸で加入させたわけか」

「営業としては凄い優秀だと思うけど、後々話が違うって言われるのはまたなんか違うよね」

「そうだな。それを考えると、吾輩と戦うのは至ってシンプルだぞ。どうしてこれほど複雑にするんだ」

「他ならぬ魔王に言われてしまった」

「吾輩だって言いたくなることもある」


「でもそうだな~~。確かに、バルと戦うだけって考えるとシンプルだよね」

「そうだろう? まあ、まともに戦えるのは勇者でないと無理だろうがな」

「そうなの?」

「勇者の武器が必要だからな」

「もしかしてバルってそれが弱点?」

「弱点というほどではないな。だが勇者の武器はその名の通り、勇者しか持つことのできない、専用の武器だ。吾輩と戦うに充分なハンデというだけの話だ」

「アツい情報だー! ちなみにそれってどこにあるの? もしかして魔王城ができる時に吹っ飛ばしたやつ?」

「さあ? 時代によって、勇者によっても違うからな」

「じゃ、例えばタイジュ=クドーの武器を手に入れても……」

「そいつ自身の『勇者の武器』ではないから、吾輩の足元にも及ばんだろうな」


「うおお……、なんか結構重要な情報を放出した気がするぞ!? 勇者に選ばれると専用武器が持てる!」

「バカを言うな。こんなもの重要でもなんでもないわ」

「そこは魔王と人類とでズレがある気がする」


「とにかく、ここらへんで一旦ブレイク! この後は邪霊楽団の音楽をお楽しみに!」

「リクエストはいいのか?」

「考えてる余裕が無いよ!」

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