episode5 魔物研究所の一幕・2

 コスタズ連合王国王都、国立魔物研究所。

 それは全世界の魔物研究のために建てられた場所。魔物の研究は一種の学問でもあるため、魔物研究学会が一年ごとに開催されている。魔物研究者は各地に居て、中では個人で学会に毎回出席している者も少なくない。しかしその中でも組織だっているのは数えるほどだ。

 そんな数えるほどの研究所のひとつ。

 本来ならばもう誰も彼もが帰ってしまっている時間に、今日も罵声が響いた。


「はぁあああああ!?」


 研究所所長、ノーランの声だった。


「急に新情報を出してくるな! 復活のたびに剣も鎧も元に戻るだと!? どういう仕組みだ!」


 怒りと興奮とでノーランは机を思い切り叩く。

 だがその声はラジオの向こうには当然のように届かない。


「アアアァァ鉱山なんてどうでもいいわ、今の話はもっと突っ込むところだろうがァーーッ!!」

「所長、落ち着いて!」

 部下のサンカが声をあげる。

「所長うるさい」

「だまれ」

「台パンすんな」

 後ろから更に続いた。

「ええい、お前たちの方こそ黙れ黙れッ!」

「つーかホントに所長の声でニュース聞こえないんですけど!!」


 そこへ、バァンと扉が開いた。


「うるせーぞアホ所長ども! こちとらいまから邪霊どもの演奏を録音するとこなんだ! 黙ってろや!」

「……」

 ――うわ、黙った。

 ――黙った……。

 ――マジで黙ったなこの人……。

 もはやこの乱痴気騒ぎは毎夜のことになっていた。


 やや落ち着きを取り戻した研究所内で、ノーランは足を組みながらどっかりと椅子に座り込んだ。

「しかしまさか、要らぬと思っていた音楽が邪霊の演奏だったとはな!」

「これじゃニュース自体が魔物がらみでなくても、一言も聞き逃せませんね」

「よく考えれば自明であったな! 魔王城から配信しているのならば、音楽はどこから鳴っているのかという話になる。当たり前のことじゃねぇか、クソッ!」

「ゴースト系研究室から、そろそろ音楽家を引っ張ってくるための予算を請求されそうですが」

「おう、どんどん出せ。上の方もバタバタしてて、ちょっとくらいちょろまかしてもわからんだろう」

 ノーランは口の端を最大限まで引き上げた。

 ――それはそれで、いいのかしら。

 あとあと問題になる可能性を考えたが、確かに研究所内でさえこんな状態なのだから、国のお偉方の反応は推して知るべしだ。ラジオが配信されるたびに耳をかっぽじって聞いている様子が容易に想像できる。少しくらいは予算が増えても、お目こぼしくらいはされるかもしれない。そんな楽観的な予想さえ立つくらいには、サンカも高揚していた。


「しかし、魔物以上に気になる言葉を残していったな、魔王は」

「えっ。所長に魔物以外に何か気になることってありました?」

「ある!」


 あまりの断言っぷりに、サンカは瞬きをした。


「はあ……、なんですか?」

「勇者が選ばれる、という台詞だ」


 サンカは最初は何を言っているのか理解できなかった。いや、意味はわかる。ただ、それが目の前の男から発せられる言葉にしては魔物関係じゃなさすぎて理解ができなかったのだ。それに、勇者が選ばれることがそんなに変だろうか。


「そんなに変ですかね?」


 訝しげに問い返す。


「ああ変だ。アーシャは『だれに?』と聞いたろう」

「確かに聞いてましたね」

「『だれに?』だぞ。王が選ぶ者がそうでないなら、あとは神が選ぶしかないはずだ。強い力を持った者が自動的にそうなるというのならわかる。だが奴は明確に話を逸らした。つまり、奴は本当は知っているんじゃないか? だれが勇者を選ぶのか。あるいは、どうやって勇者が選ばれているのかが」

「うーん。確かに、王じゃないなら神によって選ばれるって言われるとしっくりきますね。だけどそう断言しなかった」


 そこに、何か引っかかるものがある。


「反面、魔王は勇者の存在を知覚できるときた。それゆえ、現状では勇者はまだ出てきていない、選ばれていない……、いったい誰にだ? そもそもなぜ魔王は勇者の存在がわかる?」


 改めて言われてみると、不可解な点も多い。

 これまで「そういうもの」として流されてきた部分が、魔王が直接喋ることによって白日のもとに晒されようとしている。ほんの僅かな違和感が、目の前の男によって明確な謎に昇華されてきている。


「あの魔王め、かなり自分が口を滑らすのを警戒しているようだが、必ずなにか知っているはずだ。魔王と勇者の戦いの歴史が、大きく揺らぐかもしれん」

「そんな大げさな……」


 そうは言ったものの、サンカの声には少し期待があった。

 加えて、少し意外性もあった。

 魔物研究一辺倒だったノーランが、魔物以外の事に興味を示すとは。


「しかし、魔王とは魔物の親戚のようなもののくせに、あまりに謎が多すぎる!」

「あっ、そこに繋がるんですね?」

「当たり前だ! 他になんの理由がある!」


 前言撤回だ。やっぱり所長は所長だなぁとサンカはしみじみ思った。

 ――でも、確かにそう。

 魔王も魔人の一種であるとするのが普通の考えだ。復活するのもそういう特製を持つ魔物であると考えるのならば、その過程はともあれ納得する。しかしそれも肉体だけの話だ。武器や鎧と一緒に復活するというのは、また話が違ってくる。

 けれど、いまは答えが出なかった。

 だから話を変えるようにノーランを見た。


「勇者というのも魔王にとっては『国が勝手に決めた候補』であって、それ以外の『本当の意味での勇者』がいるんですねえ。これもまた騒ぎになりそうです」

「ククク……、存分に混乱するがいい。その間に研究を進めるぞ諸君!!」

「なんで所長の方が魔王みたいなんですかね」


 サンカは冷静にツッコミながら、今後の混乱を思った。

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