配信18 ニュース:ゲイザー対策に一役、スパイス弾
夜十時。
夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころ。人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。
やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。
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「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」
「……バルバ・ベルゴォルだ……」
「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」
「そういえばバル、『導きの羽』って覚えてる? 以前に羽忘れの話をしたけど」
「お前が勝手にしてるだけだが、覚えてはいる」
「ポーションとか毒消しもそうなんだけど、そういうものってある程度規格が決まってるじゃないか」
「は? 規格?」
「だからこう……、瓶の形とか、どういう形状になっているかとか」
「……ああ、つまりポーションだったら大体、黄色くて少し背の高めの細長い瓶のような……」
「そうそう! だいたいどこで買っても8割くらいはそんな感じというか」
「まあ、そうだな。毒消しなんかもそうだろう」
「たまーに粉状だったりするけど、毒消しは液体状のやつは瓶の形や色合いが決まってる」
「で、それがどうした?」
「そういうものって、だいたい冒険者が見てすぐわかるようにそうなってるんだよね。基本的なものというかな。だけど地方都市とか行くと、そこで独自のアイテムを作ったりするから、意外に色んなものがあると」
「ほう。しかしそういえばそうだな。地方都市の情報だと意外にアイテムの情報が多い」
「あ、やっぱそういうところ報告されてくるんだ」
「……一応な」
「地方都市ってひとまとめに言ってるけど、実際は貿易都市や魔法都市なんかが普通にあるからね。そこで作られるアイテムも結構いろいろある。その中で最近、売り上げを伸ばしてるアイテムがあるので、ご紹介!」
「……吾輩も配信する場でよくもまあそんなことが言えるな?」
「いまさらでしょ。はい、ご紹介!」
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《ゲイザー対策に一役? スパイス弾の売れ行き好調》
皆様は交易都市サイネルをご存じだろうか。北方諸国において、主に商業の中心地になっている都市国家だ。もともと複数の都市の商人たちが交易の地としたのが始まりで、現在はこの交易地まるごとひとつ都市国家になっているという経緯がある都市だ。北方諸国を根城にしている冒険者ならば一度は訪れてみたい、いや、既にお世話になっている冒険者も多いのではないだろうか。
そんなサイネルで、いま注目されている商品がある。
それが、スパイス弾である。
スパイス弾を作っているのはサイネルに住むアイテム職人のヲーブ氏(31歳・人間男性)。もともとは手慰みに作ったもので、手が小さい女性の護身用としても売っていた。
スパイスといっても、食用の香辛料とは違うものだ。粉末を中に入れた丸薬状のもので、大きさは手のひらにすっぽりおさまってしまうサイズだ。投げつけた衝撃で破裂して中の粉末が飛び出して赤みがかった黄色い色をつけるというものだ。立ちこめる匂いや色がスパイスのようなのでスパイス弾と呼ばれている。分類としては煙幕に近い。護身用として売っていたというのもうなずける。
もちろん、魔物に投げつけて一瞬気を引く、ということもできる。何故こんなものがと思うかもしれないが、サイネルに入り口のある地下ダンジョンにゲイザーの群れが住み着いた事に端を発する。ゲイザーは巨大な目玉の魔物で、その目から放たれる光線はかなり強力だ。弱点でもある目はほとんど開いているものの、容易に近づくことができない。
しかし、ゲイザー討伐に出ていた冒険者がたまたま持っていたスパイス弾を投げると、その目にぶち当たってかなり効いたらしい。目を閉じて悶絶している間に逃げる事に成功した。また別の冒険者は、ゲイザーの気を引いている間にスパイス弾を目玉にぶつけることに成功。やはり悶絶している間に袋だたきにすることに成功した。
このような経過で、サイネルの地下ダンジョンに行く冒険者にスパイス弾がかなり売れているというのである。
制作者のヲーブ氏は「ずっと路地で細々とやっていたので、突然の事で戸惑っています。でも、ゲイザーが出る以上作り続けていきたいと思っています。いまは他の方々もどんどん作っているので、無くなることはないと思います。僕はこの資金を元に、新しい商品を作っていきます。皆さんも冒険には気をつけて行ってきて、必ず帰ってきてください」と語った。
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「ちょっとロマンのある話だね~~」
「どこがだ?」
「いやほら、一人で地道に頑張ってた人が急にバズるところ?」
「ああ……」
「うわぁ、めっちゃ興味無さそうな顔をしている。まあ魔王だしな。ヲーブさんには今後も頑張っていろいろなアイテムを作ってほしいよね~」
「しかし、ゲイザー達のスパイス弾対策か。急務だな」
「できんの?」
「わからん。これから考える」
「やるとしたら何? サングラス?」
「お前にしてはいい発想だが、ゲイザーたちが全員サングラスをかけながら浮遊している様はふざけているとしか思えんな。光線も打てん」
「いや面白いから良くない? やろうよ、サングラスゲイザー」
「面白いで勝手にサングラスに賛同するな」
「一匹くらい居てもいいと思うけど」
「そうそう、ゲイザーっていえばさあ」
「なんだ」
「ちょっと思い出があって」
「ほう! 珍しいな。どんな話だ」
「あのー、私が行ってたアカデミーに、片目の黒猫が住み着いててさ」
「は?」
「その子がちょうどこう丸まって、塀の上からこっちを見てると、毛玉の生えたゲイザーみたいだなってことで、ゲイザーって呼ばれてた」
「……死ぬほどどうでもいい話だったな……!?」
「ゲイザーが定着しすぎて、街中で『今日、ゲイザーがさ~』って話をしてたら、冒険者が振り向いたりしてた」
「いったいなんの話に付き合わされているのだ、吾輩は?」
「というわけで、今日はこのあたりでブレイク! イカした音楽のあともまだまだ続くよ!」
「本当にいまの話は意味があったのか!?」
「じゃあ、今日も楽しんでいってね!」
「おい!」
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