配信10 ニュース:航路にクラーケン出現中!

 夜十時。

 夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころ。人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。

 やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。


――――――――――――――――――――


「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」

「……バルバ・ベルゴォルだ……」


「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」


「や~~、お便りも増えてきて、ちょっと捌ききれるか怪しくなってきたね~~」

「そのほとんどが読むに値しないんだが」

「おっ、バルもだんだんこのラジオのこと考えてくれるようになってきた?」

「違うわ!!」


「来てるお便りの中にもいくつか同じ質問のものがあってさあ」

「同じ質問の内容をわざわざ読んで細かく分けていくお前もどうかしていると思うが」

「お褒めいただき光栄だね! そのなかで、私が魔王軍に属してる人間か、って質問があるんだよね」

「は?」


*:アーシャとやらは人間なのか?

*:どうして人間が魔王側に

*:裏切り者

*:魔王軍に行って何してんだ

*:裏切ってやることがこれって何


「……普段なら、ここで少しばかり遊んでやるところだが……」

「だが?」

「こいつが吾輩の軍門にくだって見え……いや、この場合聞こえているのならそいつは確実に頭がおかしい!」

「うわ急に辛辣」

「勇者を目指しているのならよりやめろ!! 辞退しろ!! こいつが魔王軍だと? こんなアホを受け容れるほどこっちも暇ではないわ!!」

「ねえそれ私に対して辛辣になってない? 殴っていい?」

「辛辣にもなる!!」

「まあ他にも紹介しておくと」


*:裏切ってはないと思う。なんで魔王がこれを許してるのかは謎だが

*:魔王軍の情報を魔王自ら流すの何で……?

*:そもそもどうやって城に入ったんだよ

*:アーシャが勇者じゃないのか?


「こういう。なんか私の立ち位置の件で意見が二分してるというか」

「暢気な奴らだ……」

「なれそめを教えてくれっていうお便りも来てるんだけど、そんなに面白い話でもないからなあ」

「吾輩だってぜんぜん面白くないわ」

「ま、なれそめについてはそのうちね! ただひとつ改めて言っておくと、私は魔王軍ではないよ」

「吾輩だって泣いて頼まれても軍に入れたくない」

「いや泣いて頼んだら入れてよ」

「入るつもりはあるのか?」

「無いけど」

「無いのをわざわざ言うな」


「というわけで、今日のニュースはいまなおそうして意見が二分する生きものの出現情報です」

「ここまで導入なのが酷すぎないか」

「えっ、そう?」

「しかも雑すぎる」

「そうかなあ」



+++――――――――――――――――――――+++

《ケール湾にクラーケン注意報発令中! 魔物議論も進む》


 現在、西ソレーア海のケール湾にクラーケンが出現し、これまでにケール港から出航した船が少なくとも3隻襲われていると湾岸警備隊が明らかにした。


 被害にあったのはどれもエンデル諸島船籍の船で、乗組員はほぼエンデル出身者とみられる。船員は船長を含めて20名ほど。そのうちの1隻はエンデルとケールを結ぶ定期船であると見られ、周辺地域の警戒と救助活動がなされている。


 クラーケンは海に住む、タコに似た巨大な生物。

 怪魔とも呼ばれており、普段は深海に潜んでいるが、嵐などの影響で海上付近へと姿を現すことがある。またクラーケンがひとたび航路上に住み着けば、公的な船は制限されることもある。冒険者に向けたクエストにおいても難易度が高く設定されており、討伐にはかなりの賞金が掛かることも。

 また、クラーケンはその性質上、長らく魔物として分類されてきた。しかし歴史上、魔王軍にも制御不能であったり魔物をも喰らう姿がたびたび見られ、クラーケンは魔物ではないのではないか、という議論がなされてきた。現在でもまだ答えは出ていない。

+++――――――――――――――――――――+++



「……なぜ、吾輩を見る?」

「クラーケンって、魔物?」

「クラーケンは魔物ではないぞ」

「えっ」


「……」

「……」


「いますごい黙っちゃった! えっ、本当に? っていうかこんなところで答えが出ていいの?」

「自分から聞いたくせになぜ黙ったのだ……」

「こんなハッキリ答えを出されるとは思ってなかったからだけど!?」

「あれは言うなれば動物と魔物の間というか、ただのクソでかい怪物であって魔物ではない」

「違うの!?」

「それこそさっきのニュースで『怪魔』という言葉が出てきたが、あえて分類するなら怪物や怪魔だな」

「いまたぶん、魔物研究の人たちとか騒ぎになってない? 大丈夫?」

「そんなにか?」


「そもそも魔物というのは、吾輩の存在によって強化するものたちのことだ」

「魔王みたいだな?」

「魔王だが!?」

「反面、その法則から外れているものたちがいる。竜やクラーケンといったものだ」

「竜も魔物じゃないわけ?」

「そうだ。だから竜騎士というものが成立するのだろう?」

「あー。人も魔物も?」

「その通りだ」


「厳密には……、そうだな……、ああいうとにかくでかい生きものは、……その、なんだ。簡単にいえば、神々の時代からの生物だ。神代からの血を引くものが多い。クラーケンもその一種だ」

「へー!?」

「とはいえ、もはや今世まで来ると神の血も薄れてはいるだろうがな。だからクラーケンは『とにかくクソでかいタコ』以外のなにものでもない。なんとか対処しろとしか言いようがないな」

「じゃあ魔物も襲われてるっていうのは……」

「あれだけでかい怪物にとっては人類だろうが魔物だろうが、餌でしかない」


「まさかのこんなところで答えが出るとは……。やっぱり『モンスター名鑑』的なコーナー作ろう」

「やめろ、吾輩にどれだけ喋らせる気だ」

「いや勇者が倒しに来るまでは喋ってもらうけど」

「ぐっ……」


「それに魔王が、こんな喋ることってあった? ないでしょ。それだけでもレアだよ」

「引っ張り出したのはお前なんだが?」

「あははは!」


「それじゃあ、海洋都市のみなさんはクラーケンに気をつけて。これも冒険者が手っ取り早く討伐してくれることを祈ってるよ。……ってか、いっそのこと魔王出陣しない?」

「しない」

「魔物じゃないのに!?」

「魔物じゃないからってなぜ吾輩が出なければならんのだ!」

「ケチだなあ。そのうち実力とか疑われるよ」

「ふん。吾輩を過小評価するのであれば、しょせんその程度の人間でしかないわ」


「というわけで一旦ここらでブレイク。今日も楽しんでいってね!」

「……は~……」

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