配信8 アップデートのお知らせと、感謝のお便り
夜十時。
夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころ。人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。
青年は宿屋の屋根の上に座り込むと、自分の魔力パネルを隣に置いて、息を吐いた。下の酒場からは微かな笑い声が聞こえてくるだけで、ここは静かだった。暗い夜空を見上げると、黒いフードの下から覗く黒髪が揺れた。少しだけフードを抑える。
やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、青年はハッとしたようにその音に聞き入った。ごくりと唾を飲み込み、まるで何かを期待するように。
やがて聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。
――――――――――――――――――――
「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」
「……バルバ・ベルゴォルだ……」
「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」
「アップデートのお知らせ~~~!」
「のっけから叫ぶな、うるさい!」
「今回からは魔力パネルを弄ってもらって、ニュースでもお便りでもピックアップして文章でも読めるようにしておいたぞ! さすが魔王バルバ・ベルゴォル!! さす魔ァル!!」
「バカみたいな略し方をするな!!」
「さて、今回は最初から、ちょっと感謝のお便りをもらってしまったので早速使っていくぞー!」
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こんばんは。
俺は「盗賊2号」。(仮名だ)
魔王の配信だから警戒してたが、後方支援の話を出してくれて励みになった。
実は俺も、いわゆる後方支援組の盗賊で、パーティから抜けた直後で落ち込んでいたところだった。冒険者の盗賊は違う、と言ってくれて嬉しかった。
前にいたパーティでは後方支援って考え方が無かった。当時の俺もそんな考え方は無くて、リーダーはギルドから薦められて俺を入れたみたいで、当たりも良くなかった。転職しようと思っていた矢先の配信だったから、もう少し頑張ってみようと思ったよ。それと同時に、ちょうど後方支援を探していたパーティと出会う事ができて、いまはそのパーティで頑張ってる。
前のパーティでも色々とあったから不安だったが、いまは俺を受け容れてくれたパーティに感謝している。でもまだ気恥ずかしくて、言えてない。それでも誰かに言いたくて、こうしてパネルに文字を打ってもらってる。
だからいま、言葉を届けてもらえるとうれしい。ありがとう。
+++――――――――――――――――――――+++
「この件って、《帝国の牙》のニュースをやったときの話かな? いや~、なんか照れるなあ」
「照れるもなにも、吾輩達は直接関係無いだろうが」
「うえへへへへ」
「気持ちの悪い笑い方をするな」
「まあでも一人の人間が持ち直してくれたと考えると配信やってて良かったって思わない?」
「だからといってこの状況を肯定する気にはならんからな!?」
「後方支援って大事だなあ。バルは後方支援、やるって言ってたけど何かはじめたの?」
「ああ、それは……。……って、言うかバカ者!」
「あ、でもやってるんだ。言える範囲ではなんか言えないの?」
「言わないからな!!」
「でもさぁ、盗賊2号さんも次のパーティ見つかって良かったな」
「はっ、吾輩にとってはどうでもいい事だ」
「後方支援って拠点の整備が出来る人って考えるとものすごく重要なはずなんだけど」
「それに気付かせてしまったのは吾輩の失態か……」
「どうだろ。でも全員が気付くわけはないと思う」
「なに?」
「だってほら。バルは魔王じゃん」
「は?」
「魔王の言うことをわざわざ信じるかっていうと、全員が信じるわけないと思うんだよね」
「……それがわかっていながら、なぜわざわざ吾輩まで巻き込んだ?」
「私がやりたかったからだけど」
「……わからん……!」
「というわけで、もうひとつ相談のお便り来てるから読んでみようか」
「まだやるつもりか!?」
「まだまだやるよ~!」
――――――――――――――――――――
「……」
男はふうっとため息をついた。
白い息が、夜空に消えていく。
「よう、ドーズ!」
突然かけられた声にビクッとし、慌てて声のした方へと視線を向ける。
出窓から顔を覗かせているのは、パーティのリーダーの青年だった。いまは鎧も身につけておらず、軽装だ。
「え、エルタ……」
「《深夜同盟》聞いてるのか?」
「あ、……ああ」
慌てたように魔力パネルを隠す。
「隠さなくてもいいぜ。俺も聞いてたんだ」
「あ……、そ、そうなのか」
冒険者の中にはこの《深夜同盟》を勘ぐり、良く思っていない衆もいる。監視だかなんだかいう形で、なんだかんだ楽しく聞いている冒険者がほとんどだが。
「そっち行ってもいいか?」
「あ、ああ。いいけど」
ドーズの返事を待たず、エルタはそのまま屋根の上へと出てくる。そして隣に座りこむと、手に持っていた魔力パネルを横に置いた。
「しかしさあ、ドーズの他にもこんな奴、居たんだなぁ」
「こんな奴って?」
「ほら、だから。後方支援を軽く見てるってやつ。ドーズも盗賊だからって前のパーティから抜けさせられたんだろ?」
「き――聞いてたのか」
「俺も聞いてたって言ったろ」
さっき言ったのに覚えてねぇのか、と笑われる。
そうだったな、と適当に相づちをうっておいた。
「後方支援の重要性って、前々から結構言われてたけどなぁ。でもやっぱり戦力の方が大事だって考える奴は多いからさ」
「そういうものか?」
「その点、うちはドーズが入ってきてメチャクチャ助かってるぞ! なんで前のパーティから抜けたんだ?」
「はは……。まあ、戦力の方が欲しかったんだろうなって」
「ふーん……」
ドーズはしばし黙っていた。《深夜同盟》は一時休憩中の音楽がまだ流れている。
前のパーティでは武器の手入れや斥候くらいしかやらせてもらえないと思ってやっていた。でも、それを後方支援だと広く知られた。こんなに励みになることはなかった。きっと他にも感謝している人間は多いだろう。
魔王の配信。魔王ひとりではないものの、まだ謎多きこの配信。でも、確実に誰かの心をつかんでいる。魔王なのに。いや魔王ひとりではないが。
「……、エルタ」
「なに?」
「……俺も、この人みたいに。感謝してるよ」
「なんだよ、改まって!」
エルタは思わずというように笑うと、ドーズの背中をばしばしと叩いた。
「いたたっ!」
「あはははは! よし、飲もうぜ。酒持ってくる!」
「えっ」
「魔王だってこんな適当な配信流してるくらいの時間だ。ちょっとくらいはいいだろ」
エルタは立ち上がって、窓の中に戻っていった。
その背中を眺めてから、ドーズは自分の魔力パネルに手を伸ばした。魔力パネルの「ステータス」を開く。そこには、自分の所属するパーティを入力する箇所があった。パーティ入力欄には四角い空欄があり、そこ独自のアイコンやロゴがあれば設定しておくことができる。いまは空欄になっていたそこを押すと、設定画面が現れた。
かつて、『帝国の牙』に居た時の印であるアイコンが現れた。
パーティの中で、ありもしない盗難の罪を着せられて追い出された時はどうなることかと思った。もしかしたら誤解が解けるんじゃないかと思っていたが――、《深夜同盟》での速報を聞いてから、考えを改めることになった。
《深夜同盟》には懐疑的だったし、最初はなにかの情報源になるならという気分で聞き始めたが、いまは少しちがう。いまでも魔王の情報収集の為に聞いているのは変わらないが、きっとこれがなければまだ……。
「……うん」
ドーズは魔力パネルに指を押しつけ、未練がましく持っていたアイコンを消し去った。記録から抹消されるわけではないが、その口元は笑っていた。
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