配信7 お便り紹介:羽忘れ編
夜十時。
夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころ。人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。
やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。
――――――――――――――――――――
「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」
「……バルバ・ベルゴォルだ……」
「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」
「今日はちゃんと全部口上が言えたな!」
「毎回思うが、これは毎回必要なのか……?」
「必要だって前も言っただろ!」
「えー、何回か前に羽忘れの事やったんだけど、体験談がいろいろ来てるぞ」
「なぜわざわざ送ってくるんだ。お前たち人類は吾輩をなんだと思っているんだ!?」
「魔王だとは思ってると思うよ」
「同姓同名の魔物だと思ってないか!?」
「それこそこの間の魔力バリーンで本物だってわかってるはずなのになぁ?」
「変な擬音にするな!! お前はお前で吾輩をなんだと思っているんだ!?」
「魔王」
「……」
「というわけで、今回はお便り紹介といくぞ!」
「……」
*:アーシャさん、こんばんは。実名でなくてもいいらしいので、「不器用な弓兵」と名乗ります。いまから二、三年ほど前のことなのですが、まだ駆けだしだった頃、羽忘れで壊滅寸前になったことがあります。ちょうど★3ダンジョンを攻略中でした。他の方が経験したように、このフロアのマップだけ完成させようという目的で、多少キツくても進んでいました。魔物から逃げ回りながらようやくマップが完成し、いざ帰ろうとしたところで羽忘れに気付きました。リーダーの蒼白の顔はいまでも忘れられません。正直、その後どうやって帰ってきたのか記憶が無いです……。そのときのパーティはもう解散してしまっているのですが、このときだけは死んだと思いました。
「お前たち、実名を出さなくていいと思ってからどんどん話を持ってくるようになったな?」
「そりゃそうでしょ」
「えっ」
*:こんばんは。自分も羽忘れ、経験があります。幸い、マップの隅にいつも「羽!!」と書いてあったのですぐ気付くことができました。でも意気揚々とダンジョンに入って羽忘れに気付いた時の肩透かし感といったらなかったです……。
*:俺も同期も割と初心者のうちは怖くて忘れなかった、が、慣れてきて何個か買えるようになったあたりから「まだある」と思ってたら無かった、って事が二回くらいあった。
*:忘れたわけではないんですけど、買えなくて困った事があります。ポーションが30ギルなのに対して、羽って100ギルくらいするので、駆け出しの冒険者には結構そこそこの値段設定だと思います。魔道具だから仕方ないけど、他に色々買ってたら羽を買う代金が無くなって慌てて要らないアイテムを売り払った事があります。
「……なんていうか、冒険者の人たちって大変なんだな……」
「大変というか、抜けているだけでは?」
「いや、ほら。私、冒険者じゃないじゃん」
「そうだな」
「勇者でもないし」
「……そうだな」
「だからこうやって実際の冒険者の人達の裏側が見れるのはすごい新鮮」
「ここでやるな」
「でも、こういう冒険の必須アイテムほど忘れたりするんだねぇ」
「必須だから、ではないのか」
「どゆこと?」
「必須だから、何個か買って持っておく。たとえ1つ使っても、まだあると思い込む。実際にまだある。それが続けば、次に買ったかどうか、買う必要があるかどうかを失念し、『確かまだあるはず』という印象だけで、自分の目で確認もしない……そういう間抜けがこんなことになるのだ」
「……」
「なんだ」
「魔王の癖にめっちゃ人の心がよくわかってると思って」
「そんなことを理解されて嬉しいか? お前ら……」
「そういうわけで、またコメントが溜まってきたら読もうと思うぞ~! あとみんな名前書いてね!? 実名でなくてもいいから!」
「は~……」
「お悩み相談とかも送ってくれていいぞ!!」
「真に受けるなよ。送ってこなくていいぞ」
「でもなんかパーティのリーダーが事あるごとに当たりが悪くて辛いとか、婚約者が違う人にお熱になっちゃって婚約破棄されそうで辛いとか、そういうお悩み来たら絶対面白がるでしょ」
「……ッ、そ、そんなもの自分でなんとかしろ!?」
「明らかにちょっと見たくなってんじゃん! あ、これ聞いてる魔物とかも送ってきてくれていいよ! 冒険者がいちいち弱点突いてきて辛いとか」
「それは本当に自分でなんとかしろ!!」
「それではここらへんでちょっとブレイク! みんな今日も最後まで楽しんでいってくれ!」
「いいか、我が配下どもよ! 変な悩みは送ってくるな!!」
「変じゃなければいいんだろ?」
「そういう意味じゃない!!」
――――――――――――――――――――
―メール着信―
*:お二人とも、こんばんは。『しがない世捨て人』です。この名前を気に入ったので今後も使わせて頂きたいと思います。先日はお便りを取り上げていただきありがとうございます。本当に魔王様だったのですね。失礼を致しました。先日の配信で、アーシャさんが発起人という事になっていましたが、どうしてお二人は配信をすることになったのでしょうか。差し支えなければ、お二人のなれそめを教えていただけると幸いです。
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