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 部屋にアシダカグモが現れた。


「わぁっ、アシダカ軍曹だ! アシダカ軍曹じゃないか!」とはしゃぐ僕を庇うようにアイタラが「ウヒカさん、下がっていてください。毒を持っていたら大変です」と格好いいことを言うものだから、惚れてしまいそうになった。ひゅー。


 さて、長いことネットでその情報を知りながら実物を目にすることがなかったアシダカ軍曹がここにいる。何としてもアイタラが振り上げたパイプ椅子に潰される前に保護して観察しなければならないだろう。


 覚悟を決めた僕は滔々と「アシダカグモのここがすごい」を語り始めた。とりあえず毒は持ってないよ、益虫だよ。それからパイプ椅子をそっと下ろしたアイタラと二人でアシダカ軍曹を観察した。楽しかった。


 アイタラも「こうして見れば結構かわいらしいですね」とにこにこ笑顔だったことをここに記しておこう。実に良い。


 サファイキには本来アシダカグモは生息していない。いわゆる外来種というやつである。Wikipediaで調べたところ、日本にも元々アシダカグモは生息していなかったのだとか。ちなみにサファイキ語版のページは存在しないので、僕らサファイキ人はこのフリー百科事典を使うにも英語版と日本語版の二択を選ぶところから始まる。


 ……いいんだよ、別に。千年後くらいにはサファイキが世界一のインターネット大国になっているかもしれないじゃん。何だよ、笑えよ。


 そういえば、そろそろこの別室から出られるかもしれない。本格的な事情の聞き取りが始まったのだ。とはいえ「なんであなたは帰国したのですか」という尋問に対するアンサーを何回かに変奏して書類に書かされているだけだが。何だよ、あのまま謎に日本に居座って不法滞在でしょっぴかれれば良かったってか。


 まあ留学から帰って来たというちゃんとした理由があるし、これ以上変に引っ掛かることもないだろう。家に戻ったら羽を伸ばしたい。十分に羽を伸ばしたら親戚と友達とアイタラを呼んでホームパーティーをするのもいいかも知れない。就職活動はその後でいいさ。こんなに「おつとめ」を頑張ったんだから。

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