サファイキから、スマートフォンを取り落とすまでは

藤田桜

7/16


 今日、日本から帰ってきた。


 ファレ・ティアレの空港を出ると、生暖かい風が頬を包む。南緯20と少しのこの町は、不思議と空気が柔らかく、大阪よりもずっと過ごしやすい気候をしていた。バスターミナルにはこれ見よがしな熱帯植物が植えられている。ハイビスカス。タコノキ。バスの運転手も似たような花の柄のシャツを着て愛想よく笑っていた。顔をみれば観光客じゃないことなんてすぐ分かるだろうに。


「これもファレ・タガタアまで行くの?」


「ああ、行くよ」


「そう。じゃあ、よろしく」


 車体には24時間前に見たのと変わらぬひらがなカタカナで「こどもスイミングスクール」と書かれている。隣にはペンギンのデフォルメキャラ。つまり、日本おさがりのバスだった。僕のような作家くずれでも政府の支援で簡単に行けるのだ。この国の端々にアジア極東の島国の匂いは刷り込まれている。窓の貼り紙だってこう言っているじゃないか。


──日本に留学しませんかマテ・コエ・エ・アコ・マ・イアパナ


 行ったからといって、一体何が変わるのだろう。遠い記憶の大人たちは、みんな外の世界に行って広めた見聞を誇らしげに語る。学問をした、技術を身に付けた。けれど結局、狭い自分たちの島に戻っていくのがオチだ。島の外へ、世界の外へと、どこまでも逃げ去っていくなんてできやしない。


 僕も同じだった。


 けっきょく戻ってきて、何か稼ぎのいい仕事にありつければいいと思っている。それで一族に孝行して、故郷に錦を飾って、あわよくばいしぶみに名を残すようなこともして、島の中の人生に満足して死んでいく。


 いらだちをぶつけるように液晶をフリックすれば、次第に指が痛んでくる。痛みを振り払うように手首を揺らしながら──外交官にでもなろうかな。あのオクタビオ・パスだってインドに駐在していたんだし。今から勉強し直したって遅くはない──と自分を慰める。


 これで750字くらい。


 そろそろ役所に着くからカクヨムは閉じる。いろいろ提出や報告に行かないといけない。

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