壁画のケティ
ざくろう
プロローグ
このあたりで一番立派な百貨店の九階の、レストラン街に面した屋内広場。
その天井ほど近い壁面に、彼女は幻想的なやわらかさでもって大きくいちめんに描かれていた。
初めて見たとき、これはいったいどんな経緯で描かれた絵なのだろうとあれこれ想像を巡らせた。たとえば、当初は宗教画を掲げる予定だったのが、創業者の強い意向で急きょ知り合いの少女画家に一任することになったとか。
当時私はまだ小学校の四年生だったが、甘く可憐な少女の姿を描きながらも、その絵からはどこか描き手の崇敬の念のようなものが滲み出ているように感じられた。
私がケティの──この名前もまた、私が勝手に想像で絵の中の彼女につけたものだが──姿を初めて目にしてから、早いものでもう九年になる。九年かぁ、と感慨深くひとりごちながら、私はエスカレーターでレストラン街のもうひとつ上の階にあがり、いつものカフェのいつもの席に腰を下ろした。広場は吹き抜けになっていて、ここからだとケティの姿がよく見渡せる。
遠目に見るケティは、当たり前だが九年前からなにひとつ変わってはいなかった。一方で、彼女を取り囲むさまざまのことは、たとえば広場にせよレストランにせよ、少しずつ間違い探しをするみたいにその装いを入れ替えていった。私自身も、そんな移ろいゆくもののひとつだ。ただひとりケティだけが、ずっと時の止まった世界に生き続けている。
ケティ。あなたの目から、私たちはいったいどんな風に見えているのかな。
私は目を細めて彼女に微笑みかけながら、自分が初めて彼女の前に立った頃のことを思い起こしていた。
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