第7話 レンタルオフィス

 フラワーガーデンを抜けた俺に、GMからアイテム”希少糖”が届いた。愛李によるといろんな物に加工できるマテリアルだそうだ。ただし、今回は三者同盟を結んだ状態で獲得したので、きっちり三分割されて分量は減っている。凄い武器を作ったりするには足りないらしい。

 今すぐ使わなくてもいいとのことで、取っておく事も考えたが、宵越しの銭は持たない主義なので(名古屋人気質に完全に反する。ま、銭ではないのでいいか)色々考えてみた。結果、ユニットに音声機能を付加することにした。そんなに難しいことではないそうで、少ない分量だがイータとマザーをのぞく5機に実装することができた。これでユニット達が音声で返答してくれる。かっこいいぞ。なんか俺って中隊長ってかんじ!

 マザーの艦内に食べ物とか飲み物はないとのことで、(水はなんとかあるらしい)一度箱を抜けて部屋に戻った。家の時計は午前8時37分を指していた。本当だ。ほとんど時間が経過してない。お茶とポテチとバターロールを持って、箱に再突入した。もちろん胃薬は飲んだ。

 戦った。戦い続けた。敵もいろんなやつが出てきた。が、UMAやUFOだった。とりあえずプレイヤーは避け、システムエネミーを相手にレベル上げを行った。占領しきれず撤退することもあったし、全滅しそうにもなった。レベルダウンも喰らったことがある。なんとか一日で(7BOXの中の一日)2ランクレベルアップした。艦長席で眠り、起きたら腹が鳴ったので、食料を調達しに箱を抜けることにした。家の時計は9時41分。おお、箱の中に24時間はいたんだ。でもこっちでは1時間ちょっとしかたってない。12時半の出勤まであと約三日あるんだ。どういう計算だ。ということは、三日分の食料が必要って事だ。困った。マザーの中に調理場を作ることを真剣に検討しなくてはいけない。愛李は料理ができるのだろうか?

 スーパーに走ってカップ麺と、レトルトカレーと、レトルトご飯、お茶、野菜ジュースを買い込んだ。300円亭主のご身分には部相応な出費だ。これも緊急を要する重要案件だ。兵站線は勝利を左右する。所詮すべては経済力なのか!

 再び箱に入り丸二日過ごした。結果俺のユニットは全てレベル10に到達した。結構疲れた。艦長席は寝心地が悪い。それに、何となく思ったが、箱の中にいると疲れやすい。十分寝てるはずなのに(8時間ぐらい寝てる)疲れの取れ具合が良くない。やはりロボットに乗って戦闘するという、一般的には有り得ないことを行っているので、体に対する負荷がハンパないんだろう。あまりムチャも良くないと大人の判断をし、箱を抜けた。時刻は12:10。もう出勤時間だ。

 バスに揺られながら町並みを見ていた。バスは地下鉄と違って景色が見える。街中なのでビルばっかりだが。だからなんかつまらない。上前津辺りから歩道を歩く人が増える。若宮を越えると若い子密度(特に女子)が一気に上がる。あー。ここらへん歩いてないよな。昼も夜も。いつ頃まで遊びに来てたっけ。住吉もだいぶ寂れて、昔行ったことがある店はもう無いんだろう。もともと酒が好きという訳ではないが、時代が時代だったし、人並みに遊んではいた。でも泡はとうにはじけ、少しずつ年も重ね、結婚もし、リーマンもやってきた。今の俺はたくさんの選択の果てに、この座席に座っている。よかったのかななんて思ってる暇はない。よかったと思うしかないんだ。あーしとけばよかった、こーしとけばよかったなんて思ってる暇があったら働け!やることはいっぱいある。仕事も、家事も。今自分が置かれてる現実から思考を始めるんだ。なんでこうなったかなんて、考えることに何の意味がある。

 こんな風に思えるようになったのは、いつからだろう?ただその日をひたすら生きることだけを考えるようになってどれぐらいたつだろう。このまま終わりまで行くんだろうと思っていた。ちょっと疲れてるな。ま、いいや。こんな時もある。今日は帰ったらできるだけ早く寝よう。この世界で無駄に力を消耗するわけにはいかないからな。


「はい、まことに申し訳ございません。私どもの従業員の態度に問題があると思われます。…はい。…はい。その通りですね。私もそう思います。はい…」

 まいどまいど、苦情の処理は疲れるばかりだ。最近の苦情は、何かしらイライラを募らせた客が、そのはけ口を従業員に向かってぶつけてくるというケースが多くなったと思う。ちょっとしたことで揚げ足を取り、自分は客だ、客に向かってその態度は何だという方向で、つっかかってくる。従業員はたまったもんじゃない。たしかに従業員のミスもあるがそこまでつっこむか!ということも多い。その場で収まらないとこちらにお鉢が回ってくる。電話越しに言い分を聞き、できるだけ共感し、あとは謝る。ただひたすら謝る。下手なことを言うと、また揚げ足取りが始まるので言葉尻に注意する。大抵、言いたいことを言えばスッキリして収まるのだが、今日の客は違った。自宅に謝りに来いという。今から。ちっくしょう。まったくめんどくさい客だ。あと一時間で俺は上がりなんだぞ!

 交代の者に連絡し、少し早めに来てもらう。帰ろうとしていた同僚を捕まえて事情を話し、同行してもらう。一人で客のとこに行くのは、なにかとまずいことになる場合があるので、できるだけ二人で行けるときは二人で行く。上司への報告は明日すればいい。

 あと30分で帰れるのに…その思いを振り払う。こうなったらしょうが無い。何時に帰れるか分からない。覚悟を決めよう。幸い一人じゃない。

 カーナビに誘導され客の家に着いた。4階建ての団地の3階だ。古い。エレベーターはない。インターホンを鳴らし、入れの声を聞き、ドアを開ける。玄関から扉一つでダイニングが拡がるが、床がザラザラする。ほこりだ。いや、砂か。置かれたテーブルの上にもほこりが溜まっている。明るいとは言えない照明器具の下、雑多に物が置かれている。客がダイニングに面した和室から出てきた。

「だで、お前んとこのよう、店員に金を払ったがや。だけどな、そいつが受けとらんのよ。んでもってしょうがねーで、けえってきたら、金がないがや。ほれ、見てみ」

 年取ったじいさんだ。実年齢はもうちょっと若いのかもしれないが、薄汚れた風貌が老いを増しているのだろうか。右手にウイスキーの空瓶を持ち、こちらに差し出した。なかには10円玉、5円玉、1円玉が詰まっている。

「ほれ、足らんやろ、二千円足りんのんじゃけん。どうなっとる?ここまで入っとたがや」

 そう言って老人(鈴木という男)は瓶の上辺りを指す。ここまで硬貨が詰まっていたはずなのに半分しか入ってないと、いらないと言った店員が盗んでいったのだと主張する。なんだそれ?まったく訳がわからない。ぼけ老人の戯言だ。こちらも説明する。そんなことは有り得ないと。しかし話が通じない。堂々巡りだ。

 じいさんの話はよく飛んでしまい、一体何について話しているのか分からなくなる。しょうがないので、そうですね、本当にその通りです、と適当に相づちを打つことにする。延々しゃべって四、五十分はたっただろうか。ようやく気持ちが落ち着いたらしい。

「ま、だで、わかったわ。あんたらもがんばりゃー」

 何が分かったんだ。ま、とにかくクレーム対応は終わった。じいさんは奥の部屋に向かい、磨りガラスの引き戸を右に開けた。部屋の中が少し見えた。そこに俺は見つけてしまった。7BOX。

 俺はその場で固まった。じいさんが俺に向かって振り向いた。俺の口が動き言葉を発した。

「あの箱、あんたのか?」

 じいさんは答えずにニヤッと笑った。

「あんたのなのか!」

 じいさんは笑ったまま俺を見ていた。

「おい、朝永(ともなが)。帰るぞ。早く来い。お客様では失礼します」

 同僚の声に促され、俺は部屋を後にした。会社に戻り、引き継ぎを済ませた後、地下鉄の駅まで走った。なんとか終電には間に合った。俺はあの部屋から出てきてから、ずーっとむしゃくしゃしていた。7BOXだと、あんなやつがどうして持っているんだ。俺とあいつの違いは何なんだ。俺はあいつみたいに、ボロボロの人生を送っているわけじゃない。なのになぜ、あいつも7BOXを持っているんだ。俺が貶められたような気がしてならない。俺のリアルな戦場が辱められたようで我慢がならない。

 家に着いた。午前一時を回っている。みんな寝静まっている。俺は静かに押し入れの引き戸を開き、そっと7BOXを取り出した。妻や子供に見つかるリスクも考えたが、どうにも我慢ができなかった。大丈夫だ。時間の流れが違う。すぐに戻ってくれば見つからない。言い聞かせてスイッチを押す。

「マスター。お仕事、お疲れ様でした。では、まいりましょう」

 俺は艦長席に座り、モニターを見る。

「愛李、なんかスカッと勝てそうな戦場ないか。なんか、こう、うりゃーって感じで思いっきりぶん殴れる戦場ないか」

「そうですね…。低レベルプレイヤーに対して乱入されてはいかがですか。システムエネミーは強さが分かりかねますので」

「そうか、その手があったか。楽毅みたいに乱入すればいいんだな」

 俺は笑った。黒い霧が胸に立ちこめる。

「それでいこう。レベル5ぐらいのプレイヤーに乱入を仕掛ける」

「了解しました。ではプレイヤーレベル5のオープンフィールドを検索。現在7つほど見つかりました。どれにいたしますか?」

「あの【レンタルオフィス】ってフィールドにしよう」

「了解しました。門(ゲート)オープン。戦場(バトルフィールド)に進入します」

 進入してモニターに映し出されたのは事務机だった。右端に電話機が一つ置いてある。左手にはノートパソコンがあり、間に筆立てとそこに入っているボールペン。広さは四畳半といったところか。いままで入ったフィールドの中で一番小さい。机の上でプレイヤーとUMAが戦っている。

「プレイヤー名”氏真”ユニットタイプ陸上兵器。数は7」

 タンクが4台、歩兵先頭車1台、自走砲2台。対するUMAはイエティだ。氏真のユニットを見ていると可愛な、と感じた。が、心に拡がった黒い霧はゆっくりと一カ所に集まり、そして獣に変わった。

「全機発進。地上を動く物体を全て攻撃せよ。マーカー占領はあとでいい。愛李、出る」

「アルファより順次射出。個別判断にて命令を実行せよ。ガンマは哨戒任務に就くこととする」

 全機より了解の音声が入る。基本的に俺は毎回イータに乗るので、戦闘指揮はほとんど愛李が取ることになる。なかなか上手だ。

 パソコンの前と床にUMAの侵入ポータルがある。占領マーカーは机の下の床だ。氏真はレベル上げをしているんだろう。ま、しかし、たまには挫折するのもいいもんだ。挫折は人を強くする。俺はオープンチャンネルで呼びかけた。

「どうだい、氏真さん。たまには人間相手に模擬戦でもどうだ。システムエネミーだけが相手じゃ面白くないだろう」

「えっ。でもまだレベルが」

「大丈夫、大丈夫。手加減するから」

 言い終わるなり俺は、アルファに一発ぶっ放させた。机の上でプレイヤーに向かって走っていたイエティが一掃される。その開けた場所にガンマとマザー以外の5機のユニットが降り立った。侵入ポータルからは続々とイエティが出てくる。床の下のポータルから出てきた奴らは、机の脚を登っている。ベータ、デルタはビームを乱射し、イプシロンはポータルに突っ込みイエティをぶん殴っている。ユニット達は俺の気持ちが乗り移ったかのように、ひたすらイエティを倒している。いや、殺戮か?

「よーし、ハンデだ。空を飛ぶのは無しだ。タイマンしようぜ」

 ライフルを構えながら、イータは氏真が陣取るノートパソコンの方を向いた。

「いくぞー」

「ちょ、ちょっとまって。くそっ」

 俺は戦車に向かって突進しながらライフルを撃った。地形効果もあって一発当たっただけでは戦車は破壊されなかった。自走ロケット砲が火を噴き、イータをロケット弾が襲う。4台の戦車はジグザグに動きながらイータに向かって滑腔砲を撃ってくる。なかなか動きが速い。面白い。ロケット弾を避けきれないので、ライフルはやめてプラズマソードを抜く。振り回しながら頭上からふってくる弾を受ける。戦車から狙いを自走砲に変える。

「イータ、進路を示せ。自走砲をぶった切る」

 モニターに戦車と自走砲、歩兵戦闘車両の移動予測が示される。ある一点がオーバーラップされる。ここか。

「よっしゃー」

 一段とイータの走りが加速した。こちらもジグザグに走りながら弾をよけつつ、示された一点に向かって疾走する。ドンピシャリ。プラズマソードが煌めく。MSSRのロケット発射台は斜めに切れ込みが入り、机の上に落ちた。返す刀で横一閃に切り裂き、MSSRは沈黙した。二代目のMSSRに狙いを定める。車両の真正面から突っ込み、衝突する手前でタンっと跳び上がる。空中でひねりを決めソードを鉛直下に。車両は縦に真っ二つになる。次は戦車だ。ロケットの雨がやんだのでライフルが撃てる。ソードを戻し、ライフルを構える。

「イータ、照準会わせろ。一台ずつ集中攻撃だ」

 10式戦車4台は連携を取りながら、イータを四方から攻撃してくる。レベル差があるとは言え、四対一の数的不利は結構きつい。飛んでくる砲弾を避けるのに精一杯で防戦一方だ。こうなりゃ普通は有り得ない攻撃をかますしかない。

「愛李、イータと連携して砲弾軌道予測の精度をあげろ。先読みするんだ。俺は戦車一台に突っ込む。」

「了解。かならず未来を映し出して見せます」

「頼んだぞ。んじゃ、始め」

 俺は再びソードを抜いた。モニターに表示される砲弾軌道予測に神経を集中する。一台の10式戦車に狙いを定め、スラローム走法で接近する。右に、左に、砲弾がかすめる。もっと早く走るんだ。イータお前ならできる。俺の愛機よ、お前の力を見せてくれ。

 狙われてると分かったんだろう。戦車はV8エンジンの回転数を上げた。おかげでそいつの砲撃の間隔が少し延びた。チャンスだ。一気にかたをつけてやる。

「イータ。全速。最短距離を走れ」

 ぐっと戦車と差を詰めたが、その代わりにそいつの砲塔から逃れられなくなった。左右、後ろからも砲弾が飛んでくる。ロックオンされったてか?軌道予測が赤く染まる。警戒音がけたましく鳴り響く。俺に着弾予想だ。当たる。もっと自由に、もっと激しく動け。

 地を蹴って跳ぶ。三発の砲弾から逃れられたが、砲塔からは逃れられなかった。ぴったりとロックされ俺の着地地点に砲弾は放たれた。至近距離からの砲撃、かわせない。

 着地と同時にブレードを袈裟に斬る。二つに割れた砲弾が左右で爆発する。その間を縫って一歩踏み込む。ライフルを抜きトリガーを引く。当たる、10式に。もう一発。砲塔がそれる。さらに一歩踏み込む。車体に乗り上がる。ブレードが10式に届く。砲塔と車体の間に突き刺した。てこの原理で砲塔を押し上げながら、トリガーを引き続ける。やった。10式戦車は沈黙した。あと3台。

「さすが私のマスター。お見事です。氏実の戦意喪失。残りのユニットが撤退していきます。いかがなされますか」

 氏実の残り四体のユニットは、電話機横のポータルに向けて全速で逃げていく。逃してたまるか。追撃だ。一番しんがりを走っている10式を狙う。必至に逃れようとするから、実にいい射撃練習だ。5発当てて破壊する。くそ、全滅は無理か。しょうがないな。残った三体はほとんど退出ポータルにたどり着こうとしていた。

 その時、電話機の頭上30cm程の空間に進入ポータルが開いた。なんと、俺以外の乱入者だ。氏真お前、余程運がないな。

「な、なんだあいつ。早く入れー」

 氏実の悲鳴が聞こえる。俺の顔からも笑いが消えた。

「新たなるプレイヤーを確認。プレイヤー名”鈴木”ユニット数1。ユニットタイプ宇宙怪獣」

 ポータルから出てきたのは巨大怪獣だった。マザーより大きいか。そいつはポータルから下降し、退出ポータルに集まってきた氏実のユニットに電撃を見舞った。頭に生えている角らしき物が光り輝く。怪獣映画のようだ。いや、俺が子供の頃よく見た(大人になっても見ている)怪獣映画そのままの光景が、目の前に繰り広げられている。

 電撃を喰らったユニットは宙を舞い机に叩きつけられ、スクラップになった。唯一、歩兵戦闘車両のみがポータルに逃げ込んだ。

「氏真バトルフィールドより退出。鈴木来ます」

 怪獣は机を蹴り跳び上がった。電撃を机に向かって放ちながら、パソコンの方に飛んでいく。俺も宙に飛んだ。怪獣の背後を取る。

「愛李、ユニットレベルは?」

「怪獣ユニットのレベルは13」

 3ランク上か。やってやれないことはない。何しろこいつの名前がむかつく。鈴木!そう思ったらオープンチャンネルに音声が飛び込んできた。

「だで、お前んとこのやつがよう、わしの銭を持って行ったがや。どうしてくれる。けーすか、けーさんのか…」

 こいつ、さっきのクレーマーか。間違いない!手を握りしめる。拳になった両腕がぶるぶる震える。床を蹴って立ち上がった。こいつは絶対に許せない。俺の7BOXを汚したお前を、俺は絶対に許さない。

「貴様ー、そこにいろー!」

 イータは一直線に怪獣に突撃し、両手で握りしめたブレードを首に叩きつけた。怪獣は後ろを振り向こうと首と体をひねる。ブレードは怪獣に傷をつけることはできなかった。背中にとりつき一心不乱にブレードを振り下ろす。

「マスター。落ち着いてください。全機、直ちにマスターを援護。マザー、主砲準備」

 愛李の声など耳に入らない。ここであったが百年目、飛んで火に入る夏の怪獣。逃がすものか。

 アルファたちが怪獣を囲んで一斉射撃を行おうとした。その前に怪獣の角がまた電撃を放った。5機のユニットは電撃に絡め取られ宙を泳ぐ。怪獣が机に着地し、ユニット達は床にたたきつけられた。

「マスター。電撃に捕まると機体制御が困難になります。アルファたちは動きを封じられます。電撃の発生器官である角を破壊しなければ攻撃できません。聞こえますか、マスター」

 聞こえてなんかない。怪獣をぶったたくのに必死だ。

「マスター応答願います。マスター。あ、危ない」

 体を大きく揺すった怪獣の動きに、ついにふりほどかれたったイータは、背中から剥がされた。宙に浮いたイータを怪獣の尻尾がフルスイング。俺ははね飛ばされ、パソコンのモニターに叩きつけられた。ショックを吸収しきれない。こんな衝撃を受けたのはイータに乗って初めてだ。シートにめり込んだように体が動かない。怪獣はさらに俺に向かって飛び込んできた。電撃を乱射しながら。イータは捕まる。俺は今度はシートから強引に掴み出された。2πradモニターに、色んな警告メッセージが次々と表示される。目が回る。俺を助けようと怪獣に向かってきた、アルファ達共々、また机に叩きつけられた。イータ損傷率56%。俺は気を失った。イータは沈黙。


「…スター。マスター。起きてください。マスター!」

 気がついた。イータはイプシロンに抱きかかえられていた。

「愛李。どうなってるんだ」

「ユニット平均損傷率72%。危険です。撤退しましょう」

「撤退…」

 俺はモニターに映っている怪獣を見た。イプシロンとマザー以外のユニットが周りを囲み攻撃を加えているが、有効なダメージを与えられず、電撃が放たれると捕まらないように一斉に離れる。逃げ遅れたら確実に叩きつけられ、ダメージを受ける。また、声が聞こえてきた。

「おー。まー、だでわかったわ。あんたらもがんばりゃー」

 怪獣、いや、鈴木は気が晴れたんだろう。ゆっくりと俺たちに背を向け退出ポータルに向かって飛ぼうとした。

「プレイヤーユニット、撤退します。全機攻撃中止。マザーに帰投せよ」

 愛李が指示を出す。正しい判断だ。が、ほんとにこれでいいのか。また一方的にやられまくってこれでいいのか。いいわけないだろう!

「ちょっとまて。おっさん。どこいくんだ。まだ終わってねーだろう」

「だで、腹がへったもんで、食べにゃ死ぬがや」

「だったら、死んでしまえー!」

 あっちの世界でへりくだり、頭を下げるのは仕方ない。そこはそういう世界なのだ。自分を押し殺し、ただひたすら生きて行くのみ。そういう世界があっちなのだ。それはしょうがない。が、この7BOXの中ではそうはいかない。そうであってはいけないのだ。ここが、この世界が、俺にとってのリアルなのだ。後悔を作ってはいけない。いまここでやりきらなければ、この世界に来た意味が無い。今自分が感じている感情を抑えるな。吐き出すんだ。

 イプシロンを振り払った。振り返った鈴木に向かって飛び込む。右手が背中に伸びる。柄を掴んだ。楽毅の乱入以来抜いてない、いや、抜こうにも抜けなかったサイコブレード。今なら抜ける、必ず。背骨が熱い。出てこい。俺の剣。

「いりゃー」

 サイコブレードは前より長い。襲ってきた電撃をサイコブレードではじき返す。いける。このまま突っ込める。

「全機、マスターを援護。自身を省みるな。マスターの盾となれ。マザー突撃!」

 愛李の檄が飛ぶ。

「おみゃーら、なんだー」

 鈴木がわめく。しったっこちゃない。俺の怒りに触発されたのか、ユニット達は電撃をかいくぐり攻撃を怪獣に当てる。動きが鈍った怪獣の鼻先にイータが躍り出てた。横一閃頭に生えた角を切り落とす。返し刀で左から袈裟に切り上げる。怪獣の口があんぐり開く。続けて右から横に。怪獣の口元から血しぶきがほとばしった。

「いてぁーがら」

 ろくにしゃべれなくなったのか、何を言ってるのか分からない声を発しながら、鈴木は一目散に退出ポータルに逃げ込む。俺は追う。逃がすもんか。こいつは逃がさない。怪獣の背中に向かってサイコブレードを切りつける。切りつけるたびにイータは返り血を浴びる。赤い。人間の血もこんな色なのか。人間を後ろから切りつけたときもこんな感じなのか。イータのサイコブレードはどんどん伸びていき、怪獣の巨体さえも一刀両断にできるほどの長さになっていた。

「うおりゃー」

 後頭部に振り下ろしたサイコブレードは怪獣の頭を割った。鈴木はもう声も出せず、フラフラとよろめき、退出ポータルに崩れ落ちた。背中に突き立てようと剣を構え、突き出した。刺さった感触があったが、すぐに消えた。怪獣はポータルから出て行った。

 俺はポータルの前に立っていた。周りに血だまりができていた。息を整え少し落ち着くと、顔に笑顔が浮かんだ。嬉しかった。心の底から喜びが湧いてくる。そうだ、やったんだ、やりきったんだ。俺は。なによりもそのことが本当に嬉しかった。大きな声を出して叫んだ。

「やったぞー。うわーーーーー!」

 俺はどんな顔をしていたんだろう。

「マスター。素敵です。あー、私のマスター。マスターこそ私のすべて。ああっ」

 愛李は卓上モニターの前に座り込み、胸の前で両手を組んだ。愛李の瞳に俺が映り込んでいる。その目は恋する乙女そのものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る