もう一度、君の笑顔が見たい

塩茹でスパゲッティ

1 君と彼女と『はじまりのループ』(1)

 「青春は甘酸っぱいものだ」

 一体誰がこんなことを言ったのだろうか。


 私の青春にはそんなものはない。あるのは後味が残るような苦みとほんのわずかな酸味だけだ。そう、あの日からは。


 あの日、私、白川晴香しらかわはるかは幼馴染の大山朔也おおやまさくやと一緒に帰る約束をしていた。

 私はいつものようにスマホをいじりながら朔也を待っていた。けれど彼はいつになっても来ない。終礼が鳴るのは3時半。スマホを見るとだいたい6月4日の4時ごろを示していた。


(遅いなアイツ……。来たら何か言ってやろ……。)

 そんなことを考えてた矢先、急に雨が降り出してきた。近くに雨宿りできそうな場所がなかったから、慌てて私は茶髪をたなびかせ、学校に駆け込んだ。


 玄関に入ったところで、ショートの黒髪の男子が階段から降りてくるのが見えた。あれが朔也だ。

「ごめん晴香、待っててくれてたんだ。」

「遅いよ朔也!女子を待たせるなんてサイテー!」

 私は傘を持っていなかったから、朔也の傘に入って帰り道を進み始めた。他愛ない話をしながら歩いていたとき、朔也にどうして来るのが遅かったのか理由を聞いた。


「実は俺、告白されたんだ。」

 ――そう朔也は言った。


 頭が真っ白になった。どうしてだろうか。普通なら祝福してあげるべきだ。「おめでとう」だとか「よかったじゃん」だとかそういう言葉をかけてあげるべきだ。でもどうして……。


 ――とにかく今日は帰ろう。気持ちの整理をしよう。

「ごめん急用思い出した。先帰るね!」

 私は朔也に嘘を言って、雨降る帰り道を走った。


 走りながら私は考えた。どうして素直に喜べないのだろう。いや、どうして喜ばしいこととすら思えないのだろう。そう思うと同時に朔也との昔のことを思い出していた。私が捕まえたカブトムシに朔也がびっくりしたとき、私が石につまずいて転んだ時に朔也が「大丈夫?」と言いながら手を差し伸べてくれたとき――。思い出した出来事すべてが印象深く残っていて、どの朔也も笑顔だった。楽しそうに、そして愛おしく……。


(あぁ……。そっか……。)

 私は気づいた。気づいてしまった。もしかしたら気づきたくなかったのかもしれない。


 通り雨は、私の涙を隠すのにちょうどよかった。

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