プロローグ2

俺は一条朔いちじょうさく。高校一年生。まだ入学してから一週間くらいしか経ってないのでピカピカの一年生だ。誰にも言えない秘密はいくつか抱えているが、それ以外は普通の高校一年生。勉強もスポーツも普通くらい。学校に友人といえる人間はいない。


「早くしないと学校に遅れちゃうよぉ?」

「あ、うん」


俺の義姉、一条穂乃果は義父の娘。俺が中学一年生の頃にできた義姉だ。ぶっちゃけ最初はどうでも良い存在だった。だけど、実母と義父はいわゆる毒親といわれる部類で俺と穂乃果姉さんはいつも暴力を受けていた。


けれど、穂乃果姉さんは暴力を振られながらも、唯一庇ってくれた人間だった。血のつながらない俺を唯一弟として扱ってくれた。そんなことがあったせいで今まで家族という言葉にアレルギーを持っていた俺だが穂乃果姉だけには心を開けた。


穂乃果姉は毒親たちから俺を連れて逃げ出してくれた。朝から晩まで仕事と学校で大変そうだが、本当に弱音を吐かない。そんな穂乃果姉さんには本気で惚れてしまっていた。


容姿端麗、才色兼備を具現化したような女性だった。長い茶髪を流していて、出る所は出て、引っ込むところは引っ込んでいる最高の女性だ。ほんわか系だけど、芯は凄く強い義姉だ。身内贔屓や個人的な感情を抜きにしても最高の女性だとは思う。だけど、


「ねぇ見て・・・」

「うわぁ、男連れ・・・」

「アイドルのクセに」

「噂通り最悪の女ね」

「隣の男の子も可哀そう。遊ばれてるんだろうね・・・」

「・・・」


穂乃果姉さんは何も気にしていない風に歩いて校内に入る。そこかしこからひそひそと侮蔑の言葉を浴びせられる。学校の先生は全く止めない。あの人たちは自業自得とすら思っている節がある。メディアで付加されたイメージを穂乃果姉さんに向けられて、俺は朝から最悪の気分だった。


穂乃果姉さんは国民的アイドルグループの☆7VENUS☆のメンバーの一人だ。元々、表に出るようなタイプではなかったが、俺のクソ母が勝手にアイドル事務所に応募した。それが通過してしまい、メンバーの一人になった。


最初はほんわか系で売っていたのだが、いつしか『クソ生意気ヘイトガール』へとキャラを強制的に変えさせられた。皮肉なことに穂乃果姉さんがヘイトを集めれば集めるほど、他の七人のメンバーが人気を持ち始めて、今や国民的アイドルにまで成長した。


穂乃果姉は心優しい人間だ。誰よりも謙虚だし、自分よりも他の人の幸せを第一に考え、あらゆることに寛容だ。悪口を書かれたりしても泣き叫んだりしないし、無駄使いなどもしない。ダンスの練習や自分の喋り方を研究し、身近でその姿を見ている俺にとっては誰よりも綺麗で綺麗なアイドルだ。


今のキャラを演じて、周りの人間を不幸にしてないか、メンバーに面倒がかかっていないかを気にしている。偶々夜中に起きた時に、ごめんなさいと泣いている姿を見た時は胸が打たれた。それでも義姉さん辞めない。


「じゃあ、また後でねぇ」

「うん、義姉さんも気を付けて」

「うん、朔ちゃんもねぇ~」


俺は一年生で、穂乃果姉は三年生だ。俺は一年生の教室に行く。一階が三年生の教室で三階が一年生の教室だ。俺は面倒な階段を一段ずつ登り、端っこにある教室に入る。中に入って俺は自分の席に着き、スマホをいじる。すると、


「ねぇ君さ・・・」

「ん?」


俺が席に着くとクラスの女子たちが話しかけてきた。


「一条穂乃果と一緒にいるのはやめた方がいいよ」

「なんで・・・?」

「男をひっかえとっかえ遊んでるって噂だし」

「私は薬物に手を出してるとか聞いたよ?」

「グループのメンバーに日常的に暴力を振るってるって聞いたし」

「俺はA●に出たって聞いたぞ?」


俺のことを心配してくれたらしいが、余計な野次馬がたくさんついてきていた。まだクラスの派閥みたいなものが定まっていない。だから俺の観察もかねて色々な人間が寄ってきた。だけど、穂乃果姉さんの悪口を言った時点で有罪。だから


「余計なお世話だよ。バーカ。二度と俺に話しかけんな」


さっきまで俺の席のすぐそこで穂乃果姉さんの悪口で盛り上がっていた人間たちは一瞬で黙った。そして、


「心配してあげたのにその言い方って酷くない?」

「お前酷いな・・・」

「行こうぜ・・・」

「ってか、一条って、もしかして」

「姉弟か親戚か?」

「だったら納得だな。もう近づくのはやめようぜ」


俺の周りから人が消えた。大好きな義姉を貶めるような酷いやつらなんてこっちから願い下げだっつぅの。いや、一人だけ残っていた。


「朔くん、おはようございます。相変わらず敵を作るのが早いですね」


俺の席の前に座っているのは東山澪とうやまみお。腐れ縁だ。きつね色の髪を肩くらいまで伸ばし、いつもニコニコして食えない人物だ。小悪魔系とかいうジャンルが流行っていたが、澪にこそふさわしい言葉だと思う。


「おはよう、澪。元気そうで何よりだ」

「いえいえ一秒前まではそんなことがなかったんですよ?ただ、朔くんに会えたら眠気が消えちゃいましたよ」

「はいはい」

「ちょっとぉ、雑に流さないでくださいよぉ」


普通の高校生みたいなやり取りをして俺たちは席で談笑をする。澪は穂乃果姉さんほどじゃないが美人だから、男子共からの視線が痛い。まぁそれでも授業が始まってしまえばそっちに集中すればいい。すると、前に座っている澪から手紙が届く。


『なんだ?』

『いえ、ただ文通というのを朔くんとやってみたかっただけですよ』

『そうか、夢が叶って良かったな』

『ですです!で、こっからが真面目な話です。準備に手間取りましたが、いつでもいけます・・・・・・・・


ようやく、か。


『了解。俺も行く』

『我が主の御心のままに』


俺は最後に渡された手紙を見て、満足した。これでようやく始まる。


「こら!東山!授業の内容を聞いてたか?」

「うへぇ、ごめんなさぁい、聞いてませんでしたぁ」


澪の言葉に教室は笑いに包まれた。



授業が終わると俺はすぐに穂乃果姉さんの教室に向かった。しかし、穂乃果姉は教室に人はいなかった。しかし、代わりに穂乃果姉の席には花瓶が置いてあった。


「朔ちゃん・・・?」

「義姉さん・・・?」


穂乃果姉はびしょびしょになった鞄を持って廊下で立ちすくんでいた。そして、髪を濡らし、顔の一部は青く腫れていた。入学してから一週間。毎日毎日俺はそんな痛々しい穂乃果姉の姿を見て、もう我慢が効かなくなっていた。


「もうアイドル辞めてくれよ・・・」


もうどれだけ言っただろう。俺は大好きな穂乃果姉が傷ついて帰ってくるのが何よりも嫌だった。それでも決まって返ってくるのは、


「辞めないよ」

「どうしてだよ!お金だったら、俺もバイトして稼ぐし、なんなら姉さんのことを知らない外国に逃げたっていい!だから、お願いだよ。お姉ちゃん。もう傷つくようなことをしないでよ・・・」


俺は出会った当初に無理やり言わされた姉ちゃん呼びをしてしまうほど感情がぐしゃぐしゃになっていた。すると、義姉さんは困った顔をした。


「ごめんね、朔ちゃん」

「だったら!」

「でも、辞めないよ」


穂乃果姉さんは絶対にアイドルを辞めない。だって、


「アイドルが好きなんだもん。お義母さんに無理やり出させられたアイドルだったけど、今では私の夢になっちゃったんだぁ。今は嫌われてるけど、これから絶対に逆転するんだよ?そして日本で、ううん、世界で一番愛されるアイドルになるんだぁ!」

「穂乃果姉さん・・・」

「だから、朔ちゃん、一番近いところで応援してて。いつか私が一等星になるのをさ」


最後に俺を笑顔で見てきた。その眩しさだけで俺は世界一だよと言ってやりたかった。だけど、俺の穂乃果姉さんはそんなことだけで満足はしてくれない。


「朔ちゃんなら信じてくれるよね・・・?」


無理だ・・・世間が、日本がどれだけ有名人に厳しいかそんなのは分かり切っている。一回悪いイメージを付けられた有名人は一生それが付いて回る。そんな中でも穂乃果姉さんは最悪だ。今のままでは穂乃果姉さんが逆転するなんてことは一生無い。ただ、それでも、


「うん、分かったよ・・・」

「良かった。朔ちゃんはいい子だねぇ」

「子供扱いしないでよ。穂乃果姉さん」

「私からしたらまだまだ子供だよん」


穂乃果姉にはかなわない。本気でアイドルのトップを目指しているんだ。世界で一番眩しい俺のアイドル。


「それじゃあ帰ろうか。今日はカレーだからねぇ?」

「マジか!穂乃果姉さんのカレーは一番の好物だ!」

「ふふ、楽しみにしててねぇ」

「うん!」


だからこそ、俺は穂乃果姉を世界で一番のアイドルにする。


何をしてでも・・・・・・

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