第6話 調査四日目

 今日で決着をつける。その決意を胸に僕は部室へと向かった。別に、今日中という期限を設ける必要はないのかもしれないが、しかし時間を掛けていられないのもまた事実。証拠は今日中に見つける。

 鍵を開け、部室に入る。程なくして一柳さんも来た。

「じゃあ、一柳さん。今日こそ、見つけよう」

 一柳さんは僕を真っ直ぐ見つめ、頷いた。

 今日の調査対象は、「ひなとラブラブおうちデート」。僕達が最も危険視している配信だ。溝口先生もこの配信を見て、僕達に調査を依頼して来たのだ。

 昨日僕は、「柚月ひな」は雑談配信で気が抜ける、と推理した。しかし、彼女が最も気を抜くのは、デート配信かもしれない。

 視聴者を恋人とみなし、家でのデートを行う。「柚月ひな」がどの程度本気なのかはわからないが、とはいえデートである。愛すべき恋人とのひとときだ。そのため、デート配信中の彼女は、心なしか甘えた声を出しているように感じた。この状況ならば、うっかり情報を漏らすこともある……かもしれない。

『はぁい。いらっしゃい。今日も、いっぱいイチャイチャしようね』

 それにしても、一柳さんの情報が確かならば、「柚月ひな」は本当に久瀬高校の生徒なのだ。

 ……何だか、気持ちが悪い。僕達は高校生。まだ、何の責任も発生していないはずの子供。そんな子供が、大人達がぶら下げる欲望に囲まれている。

 それが気持ち悪い。大人の欲望を巻き上げる「柚月ひな」も、彼女に欲望を打ち付ける大人達も、どちらも気持ち悪い。その構図が、関係が、僕の知っている倫理観から大きく外れている。

『じゃあ、キス、しよ? ね。ほら、ぎゅー』

 ……子供が、こんな音声をインターネット上に垂れ流してしまうことが不思議でならない。下卑た欲望を向けられることがわからないのだろうか。危険性があることがわからないのだろうか。

 ……想像力が欠如している。

「……」

 彼女のデート配信をじっくりと見るのは初めてだった。こうして彼女の痴態を冒頭から眺めることは、苦痛という他なかった。

 一柳さんもそれは同じようで……否、彼女は「柚月ひな」を知っているからこそ、目も当てられない。隣で小さいため息が聞こえた。

 僕達は、彼女のデート配信を見ることで、改めてその異常性を思い知った。彼女はまだ高校生。このような行動は絶対に止めさせなければならない。

 何か、あるはずだ。彼女の高校を特定できてしまうような、決定的な証拠があるはずなのだ。僕は集中して配信に目を向ける。

 ……しかし、集中したからといって、見つかるものでもない。

「……わかんないね」

 雑談配信と比べて、彼女は気が抜けているように感じる。それは僕の推理通りであった。

しかしその反面、気が抜けているため、言葉数は少なかった。「ぎゅう」だとか「ちゅう」だとか、そんな簡単な言葉しか話さない。

 デート配信では、何か有力な手がかりが見つかるとは思えなかった。


 デート配信での証拠集めは終わりにしようか、と悩んでいると

「こんにちは!」

 部室の扉が勢いよく開いた。最近は来客が多い。焦って覚束ない手で、ノートパソコンを閉じる。

「えっと、お邪魔します」

「瞳! この間の依頼、どう?」

 入って来たのは女子二人。一昨日、一柳さんに事件の依頼を持ち込んだ、宗谷さんと橘さんだ。

「あ、麻里奈。……と、橘結羽、さん」

「結羽でいいよ」

 橘さんは遠慮がちに笑った。

 僕は彼女達の依頼の詳しい内容は知らない。だが、確か橘さんの所属している漫研で起こった事件だ。くそう、気になる。

「で、何かわかった?」

 宗谷さんは前のめりに訊ねた。急に訊ねられ、一柳さんは苦笑しながら

「いいえ、何も。人間には不可能だから、ゴーストの仕業だとは思うけど……」

 と言った。一体どんな事件なのだろうか。僕なら、真相を解き明かしてみせるのに!

 一柳さんの言葉を満足気に受け取った宗谷さんは

「ほら! やっぱり幽霊なんだって! ね? 絶対話題になるって! だから、さ、いいじゃん。出してみようよ」

 と、何か橘さんを説得している様子だった。

「うん……じゃあ、麻里奈の言う通りにしてみようかな……」

 見たところ、橘さんは乗り気ではなさそうだが、宗谷さんの説得に応じるらしい。当然、その説得の内容は僕にはわからない。何しろ乙女の秘密だそうで。

 そんな二人のやりとりを見た一柳さんは、

「ごめんね。まともな調査ができてなくて。今、ちょっと忙しいの」

 二人に小さく謝った。

「ああ、別にいいって。もともとこっちが勝手に頼んだことだし。時間あるときでいいよ」

 宗谷さんは、一柳さんに謝罪させてしまったことを申し訳なく思っているのか、両手を振りながら言った。

「瞳が忙しいのは知ってるしさ。ほら、文集も出すんでしょ?」

 そう、一柳さんは忙しいのだ。「柚月ひな」の事件に、文化祭で出す文集の作成が……。

 それで、ふと思い出す。

「あ、文集!」

 思わず、大きな声を出してしまった。

「一柳さん! 文集!」

 ここのところ、「柚月ひな」の調査に夢中で、文集のことを完全に失念していた。僕達は文芸部。久瀬祭で、文集を販売しなければならないのだ。普段怠惰に過ごしている文芸部の、唯一の活動。さすがに参加はしておきたい。

 しかし、焦る僕とは裏腹に、一柳さんは涼しい顔をしている。否、一柳さんだけではなかった。

「……え、石澤くん、まさか知らないの?」

 何故か、部外者であるはずの宗谷さんが、呆れたように僕を見ていた。

「知らないって何を?」

「だから、久瀬文集のことだよ」

「え、うん。だから、久瀬祭も近いから、早く文集を印刷しなきゃ……」

「いやだから、文集はもうできてるんだって」

「……?」

 意味がわからなかった。何故、文芸部ではない宗谷さんが久瀬文集の話をするのだろう。疑問に思っていると、一柳さんが、少し言い辛そうに、口を開けた。

「……あのね、石澤くん。文集は、私がもう印刷したの。石澤くんから貰った原稿と私の原稿を合わせて、収録、編集を行ったの」

「……え、あ、そうなの?」

 それならば、安心ではあるが……。

「言ってくれれば手伝ったのに」

 冊子は薄くなるだろうが、それでも編集作業には手間が掛かったはずだ。それに、そもそも何故僕に黙ったままだったのだろう。そして、何故部外者である宗谷さんは知っていたのだろう。

 考えていると、宗谷さんが、にやりと笑った。

「あ、もしかして瞳、小説を読まれるのが恥ずかしかったんじゃない?」

「……小説?」

 話が飲み込めず、一柳さんの顔を見る。一柳さんは小さくため息を吐き、観念したように、説明してくれた。

「……石澤くん。私達文芸部は二人だけだから、文集は薄くなるでしょ?」

「え、うん」

「それが少し嫌で……ってわけでもないけど、実は私、追加の原稿を書いていたの」

 確かに、元々の原稿では厚みが出ない。それで小説を書いていた、ということか。

「……そうなんだ。何ページくらい?」

「……二百ページ」

「に、二百!」

 それはもう、一冊の小説と同じではないか。言葉を失っていると、宗谷さんが隣から口を挟んだ。

「それで私はラノベ研でしょ? 瞳の執筆作業に関して、相談受けてたの」

「なるほど、それで……」

 宗谷さんが知っていたのも納得だ。しかし、二百ページ。あの夏休みで、その分量を彼女は書いていたのか。

 唖然としていると、一柳さんは棚に備え付けられた引き出しから、恐る恐る一冊の冊子を取り出した。

「これが、今年の久瀬文集、夏号」

 落ち着いた表紙が見える。厚さも、文集として申し分なかった。僕は学校の印刷機で作成するのだとばかり思っていたが、実物を見てみると、装丁もきちんと施されていた。恐らく、業者に頼んで印刷してもらったのだろう。

 などと考えていると

「ごめんなさい!」

 一柳さんが頭を下げた。ぎょっとして、思わず固まってしまった。

「私、何だか言えなくて。でも、印刷屋さんの都合もあって、石澤くんに何の相談も連絡も無しに、勝手に印刷しちゃった。本当は、石澤くんにも確認しなきゃいけなかったのに。印刷した後、すぐに謝らなきゃいけなかったのに……。

 当然だけど、もしも気に食わなかったら、印刷し直すから。印刷代も、自費で出す。本当にごめんなさい」

 心なしか、彼女は震えているように見えた。確かに、報告も連絡も相談もなかったことは、部の在り方として問題ではあるが……

「頭上げてよ。謝ることなんて、何もないよ」

 僕はそっと文集を撫でた。

「一柳さんが小説を書いてくれなかったら、僕達の文集は新聞よりも薄くなっていたんだ。寧ろ、文芸部の冊子がここまでしっかりしたものになって、誇らしいよ」

「……でも、私、卑怯なことをした」

「いいって。前もって言われていても、僕はあれ以上の量を書くことはなかっただろうし、一柳さんの執筆も止めてない。どっちにしろ、今と変わってないよ」

 そう言って、しかし許すばかりでは、かえって一柳さんも不安だろうと思い

「……まあ、ホウレンソウは、大切だと思うから、次からは教えてくれると助かるかな」

 そう言った。

「……うん。ありがとう」

 一柳さんはもう一度、頭を下げた。僕は強いてそれを止めることはなかった。しかし、このままでは少し気まずい。橘さんも宗谷さんも、何と言ったらいいのかわからない様子だった。何か話題を変えようと思い、

「見ても良い?」

 久瀬文集を指して、彼女に訊ねた。

「うん。というか、私からお願い。勝手に作っちゃったから、確認してほしい」

 表紙を捲り、目次を見る。この目次も、一柳さんが作ったのだろう。装丁も、デザインも、編集も楽ではないはずだ。それを全て彼女に任せてしまったのは、知らなかったとはいえ申し訳ない。

「……」

 目次には、作品がリストアップされている。一柳さんが書いた小説は短編集で、それぞれの作品の開始ページが記されていた。

 僕は気になったタイトルのページを開いた。タイトルは「夕暮れの踊り場」。学校が舞台のホラー短編らしい。短編小説の中でも短い方であり、僕は頭から読み込んだ。

「……おもしろいね」

 ぽつり、と小さく声が漏れる。正直、驚いた。瑞々しい文体で、繊細な表現力を持っている。

 ホラー短編だったけれど、その短い中にも人間の複雑な心模様が現れていた。「夕暮れの踊り場」の舞台は学校であり、僕は登場人物に深く共感すると共に、深く刺されたような気分になった。その痛みが不快で、けれど、どこか心地良い。

「……おもしろかった?」

 僕の感想を聞いてなお、一柳さんは自信がなさそうに僕の顔を覗き込んだ。

「うん。全部読めたわけじゃないけど、おもしろいよ。……凄かった」

 そこまで言って初めて、一柳さんは小さく息を吐いた。

「よかった。自分で書いていると、何が面白いのかわからなくなってくるの。お世辞でも嬉しい」

「いや、お世辞じゃないよ」

 ……本当に凄かった。だからこそ、僕の心はささくれ立つ。彼女の小説は面白かった。けれど、それどころではないのだ。

 彼女の小説は、僕達を遙かな高みから見下ろしている。高校生であるはずの彼女は、しかしながら高校生というものを客観し、それに渦巻く感情、その馬鹿馬鹿しさ、されど拭えぬ複雑さの全てを見抜き、そしてきちんと言葉にしている。小説にしている。

 ……それは、凄い事なのだと思う。僕だって思春期だ。高校生らしく、とりとめのないことで悩んだり、苦しんだりする。けれど、それを言葉にすることは不可能だ。思春期の苛立ちの原因は、いつだって不明瞭だ。

 しかし、一柳さんは言葉にした。それどころか、小説にしてしまった。悩みや苦痛の外側からそれらを認識し、登場人物に割り振り、物語を動かした。

 ……一柳さんは、僕の遙か先を歩いている。

 彼女が面白い小説を書いたことよりも、なによりも、その事実が無性に悔しかった。

 だから

「本当に面白かったよ。もう、文豪って感じ」

 こんな風に大袈裟に褒めて、本当に感じたことを隠すことで、自分を守るしかなかった。一柳さんは呆れたように笑って、僕も、「冗談」と笑った。今、咄嗟に飲み込んでしまった言葉は、いずれ高くつくだろう。

「……」

 その時、ふと視線を感じた。

「えっと、宗谷さん?」

 その視線の主は宗谷さんだった。彼女はじっと、鋭い瞳で僕を見つめていた。……僕の思い間違いでなければ、彼女はきっと、僕のことを睨みつけていた。

 僕の呼びかけに、彼女ははっとして、笑顔を取り繕った。

「ごめん、ぼうっとしてた」

「何か、迷惑だった?」

「え? ……ああ、ううん。ちょっと悔しくて。ほら、私、ラノベ研じゃん? だから、他人の小説が褒められるのは、ちょっと面白くなくって」

 ま、簡単に言っちゃえば嫉妬ね、と照れくさそうに言った。

「何言ってるの。麻里奈の小説だって面白いよ。アドバイスだって、本当に助かったんだから」

 一柳さんが困ったように笑った。宗谷さんも、一柳さんに笑いかけていた。

 ……しかし、本当に嫉妬なのだろうか。本当に嫉妬しているのなら、こうもあっさりと白状するのは少し変に思える。僕にとって……いや、多くの人間にとって、嫉妬は一番隠したい感情と言っても過言ではないだろう。何より、先ほどの宗谷さんの眼に現れていたのは、怒りではなかったか……。

「ねえ、石澤くん」

 困惑する僕に、宗谷さんが言った。

「話変わっちゃうんだけどさ、石澤くんって探偵になりたいの?」

「え、うん」

 突然の質問に戸惑いつつ頷く。

「そっか、でも、石澤くんのなりたい探偵って、実際になるのは難しそうじゃない? 探偵は捜査協力できないって何かで読んだよ」

「そうだね。だからまあ、所詮は叶わない夢かなぁ」

 苦笑して言う。

「そっか」

 けれど帰って来た反応は思いの外あっさりしていた。同情されたのか、単に僕の話が面白くなかったのか、彼女の口元は微かに笑みを浮かべていたが、目は冷えていた。

 その瞳に気圧されたまま、僕は黙ってしまった。そして暫く黙っていると、一柳さんと宗谷さん、そして橘さんは談笑を始めた。どうやら依頼関係の話らしく、彼女達の輪に、僕が入る隙間は無かった。

 このまま部室の隅でぼうっとしていてもつまらないので、一昨日と同じように、僕は一人で「柚月ひな」の調査をすることにした。ふと、一柳さんが小さい手振りで謝罪しているのが目に入った。僕も小さく指で丸を作って応える。

 さて、何を調査しようかと、動画一覧を眺めて少し悩む。いや、動画である必要もない。彼女は漫画も描いていた。そして他でもなく、その漫画を見て一柳さんは「柚月ひな」の正体を突き止めたのだ。ならば、そこに更なる証拠があるかもしれない。その思いつきで、僕は漫画の調査を決めた。

 そういえば、「柚木ひな」の漫画もホラー作品だった。一柳さんの作品と「柚月ひな」の作品。どちらも学校が舞台で、怪談の真相を追うという内容は共通している。

 しかし、その質は雲泥の差だ。比較するものでもないが、一柳さんの作品を読んだ直後では、否応無しに意識してしまう。

 僕は「柚月ひな」の漫画を見つめながら、一柳さんの小説のことを思い浮かべていた。漫画に集中しようと意識しても、一柳さんの紡いだ文章が頭の中をぐるぐる巡る。

 一柳さんの小説は面白かった。それは素晴らしいことだ。同じ部活の仲間が、面白い物語を作り上げたのだ。僕にとっても誇らしい。

 だが、しかし。

「……」

 素直に尊敬できたらどれほど良かっただろう。何故、これほどまでに心が乱れるのだろう。僕は一体、何に苛立っているのだろう。

 きっと、これは嫉妬ではない。そもそも僕は小説家を目指していないし、彼女の才能に嫉妬したところで、僕が偉大な人間になれるわけでもない。僕は彼女の小説を読んで、素直に楽しめた。

 ならば、一体何が、僕の心をざらりと撫でるのだろう。

 小説を書いていたことを隠していた一柳さんに?

 何もしてこなかった自分自身に?

 ……一柳さんが、僕を憐れんだことに?

 今の僕にはわからない。思春期で、上手く言葉にできない僕には、わからない。

「……」

 小さく、息を吐く。僕はノートパソコンを閉じた。僕にはまだ、自分を客観的に捉えることはできない。

 しかし、他人の観察は、やはり得意なようだ。

 全く不可思議なことだが、困難な問題というものは、集中して思考している時よりも、一歩離れてみた時に、案外すんなり解けるものらしい。

 たった今、「柚月ひな」が久瀬高校の生徒である証拠を、掴んだ。


「じゃあ、引き続き調査よろしくね! ばいばい!」

 宗谷さんと橘さんが部室を後にした。二人とも文化系の部活なので、時間的拘束は無いらしい。今から部活に向かうようだ。

 一柳さんが少し申し訳なさそうに、僕を見た。

「ごめんね、石澤くん。また調査を任せちゃって。今からやろっか」

 その提案に、僕は首を横に振った。

「一柳さん。もう調査の必要はないよ」

「え? ……あ、じゃあ、まさか」

 僕は頷く。

「『柚月ひな』の証拠、掴んだよ」

「……!」

 僕はノートパソコンの画面を彼女の方に向けた。そして、僕の推理を彼女に聞かせた。「柚月ひな」が久瀬高の生徒である証拠を。

 話を聞き終えた一柳さんは、一度深く頷いた。

「……なるほど。確かに、これは証拠になりうる。これを見て、メールを送ったのね」

「多分ね」

 僕が見つけた証拠からは、「柚月ひな」の高校を特定できる。そして、学外の人間が見ても特定が可能だ。その上、久瀬高校出身という情報以上は手に入らない。まさに僕達が探し求めていた情報だ。

「一柳さん。この情報からは、『柚月ひな』本人の特定は不可能だ。でも、一柳さんは知っているんだよね? 『柚月ひな』を。彼女が一体誰なのか、教えてくれないかな」

 僕達が溝口先生から受けた依頼は二つ。「柚月ひな」の特定。そして、彼女への注意喚起だ。インターネットに関する校則が存在していない現在、「柚月ひな」を指導することは難しい。それに、教師達は「柚月ひな」の活動全てを否定しているわけではない。もしも教師から指導が入った場合、「柚月ひな」は活動を中止してしまうかもしれない。

 だからこそ、同じ目線に立てる僕達が、彼女を指導する必要がある。

「……」

 しかし

「一柳さん?」

 一柳さんは少し俯いて、黙ってしまった。そして、数秒の沈黙の後

「ねえ、石澤くん。どうして私が今までこの事件に協力していたと思う?」

 そう訊ねた。

「え? それは……」

 確かに、不思議だった。今回の事件はミステリー。オカルトの要素は微塵もない。それなのに、彼女は協力してくれた。普段なら「幽霊の仕業ね」と言い切ってしまうのに、今回は真剣に調査をしていたのだ。それは、一体何故なのだろう。

 考えていると、一柳さんは呆れたように小さくため息を吐いた。

「あのね、石澤くん。今回の事件がミステリーの領域だとか、オカルトじゃないだとか、そんな事は関係ないの。私が協力した理由はただ一つ」

 一柳さんは僕を真っ直ぐ見つめ、言った。

「私は、『柚月ひな』が心配だったの」

「心配……?」

 一柳さんが頷く。

「ストーカー、脅迫、誘拐、暴行。……依頼を受けた日に石澤くんが挙げた、『柚月ひな』が受けるかもしれない犯罪だよ」

 そう。「柚月ひな」の特定を試みている人間がいる、ということは、前述の犯罪行為が起こる可能性がある。僕達はそれを阻止するために行動をしてきた。

「『柚月ひな』は久瀬高校の生徒。ということは、私の先輩かもしれない。同級生かもしれない。クラスメイトかもしれないし……隣の席の、あの子かもしれない。私はね、この学校の誰にも、悲しい目には遭って欲しくないの。……だから、協力していたの」

「……」

 なるほど、一柳さんが今回の事件に介入した理由は、僕達の同朋を守るためだったのだ。一柳さんも女子。想定される犯罪に対する恐怖も、「柚月ひな」への危機感も、僕より感じ取っていたのかもしれない。

 確かに、今回の事件がミステリーということもあって、僕は「謎を解く」という部分に執着してしまっていた。その結果、事件の本質を見失っていたのかもしれない。

 ……だが。だからと言って、何だというのだろう。

「一柳さん。もう謎は解けたんだ。後は『柚月ひな』に注意を促せばいい。それで事件は終わるんだよ。一体、何を迷っているの?」

「……」

 一柳さんは「柚月ひな」の正体を知っている。ならば、彼女に直接会って、行動の危険性を伝えればいい。文化祭にも間に合った。なんの憂いもないだろう。

 だが一柳さんは、尚も何か気に掛かっている様子だった。

「……ねえ、石澤くん。私は推理なんかできないし、論理的な思考も得意だとは思わない。……だから、頓珍漢なことを訊くかもしれないけど。ねえ、『柚月ひな』に会って、注意して……それで、本当に彼女は安全なの?」

「え?」

 それは、そうだろう。幸い、インターネット上からは「久瀬高校の生徒である」という情報しか得られない。これから先、「柚月ひな」が情報の開示を自制するならば、本人を特定される恐れもないだろう。

 だから

「まあ、安全だと思うよ」

 軽い気持ちで、そう言った。

「……そう」

 一柳さんは小さく息を吐いた。

「なら、いいの。じゃあ、後はよろしく」

 一柳さんは「柚月ひな」の正体を僕に伝えた。驚くべきことに、その人物は僕も知っている人だった。

 その時、放課のチャイムが鳴った。この日の調査は終了だ。「柚月ひな」との対峙は、翌日になるだろう。

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