久瀬高オカルティック事件簿
ふにゃΩグミグローバル
アフターグロウ
第1話 プロローグ
将来の夢は何か、と訊かれた時、僕は必ず「探偵です」と答えてきた。不可解な事件を、僅かな手がかりから鮮やかに解明する。そんな探偵に僕はずっと憧れてきた。
けれど、僕がどんなに探偵に憧れようと、どんなに謎を解きたくても、世界がそれを許さない。
僕はため息を吐いた。僕の目の前には進路志望調書。まだ高校一年の僕は具体的な進路が決まっていないし、先生も明確な答えを期待しているわけではないだろう。
とはいえ、さすがに「探偵」などと書く訳にもいかない。僕は「大学進学」とだけ書いて、またため息を吐いた。
わかっている。わかっているのだ。難解な謎を追って、驚愕の真相を導く探偵は、フィクションの中にしか存在しない。僕の夢は決して叶わないのだ。
……しかし。
確かに、夢として追うことはできないけれど、僕はまだ、探偵でいられる。
「こんにちは」
部室のドアが開いて、男子生徒が顔を覗かせた。
「えっと、石澤くんはいますか?」
男子生徒がそう尋ねるのを聞いて、僕は思わず笑顔になる。
「はい、僕が石澤です」
言って、胸を張る。進路希望調書を裏返し、机の隅に寄せた。
男子生徒の用事は分かっている。僕は笑顔で尋ねた。
「謎解きの依頼、ですか?」
彼は頷いた。彼がここに来た理由。それは依頼だ。彼は探偵に依頼するために、ここに来たのだ。
確かに、僕の憧れた探偵という職業は存在しない。けれど、探偵になることが可能な場が、一つだけある。
それは何を隠そう、学校だ。
男子生徒は小さな声で言った。
「この間、財布を盗まれちゃったんです。ロッカーの中にしまって、南京錠を掛けていたんですけど、何故か盗まれちゃって」
「ほう」
ロッカーには鍵が掛かっていた。つまり密室だった。僕は把握している全ての密室トリックを、頭の中に思い浮かべた。
……思い浮かべながら、感慨に浸る。
そう、僕は探偵になれる。学校の中ならば、探偵になれるのだ。学校は狭いコミュニティ。そこに沢山の人間が押し込められている。未熟な生徒の、様々な個性が集まっている。それで事件が起こらないわけがない。謎が生まれないわけがない。そして、学校で起こった事件を追えるのは、学校の中にいる人間だけなのだ。余程のことでない限り、警察は介入できない。教師だって捜査能力を持っているわけではない。
だから、僕は探偵として事件を追うことができる。実際、僕は他の誰よりも謎に食らいつき、小、中学校で探偵としての地位を確立していた。
そして高校生になった今でも、こうして依頼が舞い込んでくる。
「それで、南京錠は壊れてなかったんです。鍵だって、俺がずっと持ってました。だから俺以外、誰にも開けられないはずなんですけど……」
「なるほど」と僕は呟く。これは難解な謎だ。だからこそ胸が躍る。僕はもっと詳しい話を聞こうとした。
その時だった。
「……ふうん。密室、ね」
先ほどまでずっと黙って僕の向かいに座っていた少女が、読んでいた文庫本をぱたりと閉じ、不意に顔を上げた。
それで僕は思わず顔を顰める。
……探偵ができるのは学校の中だけ。高校に入学したばかりの僕に残された時間は、あと三年。悲しいけれど、この三年間で可能な限り謎を解き、有意義な探偵生活を送ろう! 僕はそう息巻いていた。
しかし、ここに来て一つの障害にぶち当たっている。
向かいに座る彼女は微笑んだ。
「とっても不思議な事件ね。鍵は誰にも開けられないのに、盗まれてしまった」
……いつも、いつもこうだ。
「つまりね、その事件は人間には不可能なの」
彼女はいつも、僕が謎を解いている時に横から首を突っ込んで、こんなことを言う。……あろうことか、探偵を自称している僕の目の前で!
「きっと、幽霊の仕業ね」
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