音沙汰

 どこか疲れた顔の発掘人ディガーや、観光目的で訪れていた者など雑多な人々を乗せた乗り合い車両が、早朝の「無法の街ロウレス」を出発した。

 数日おき、しかも不定期な運行ではあるものの、近くにある幾つかの街と「無法の街ロウレス」を結ぶ乗り合い車両の路線は、発掘人ディガ―や観光客にとって、重要な移動手段である。

 舗装されていない道を走っている為、大型の車両は絶えず揺れている。

「丁度、今日出発の便があって良かったですね」

 隣の席に座っているリリエに話しかけられ、ナタンは頷いた。

「一番近い街でも、四、五時間くらいかかるよね」

「ナタン、手紙は書いてきたのか?」

 向かいの席のフェリクスが、口を開いた。

「うん。あとは、郵便局で出すだけだよ」

「あまり長い間、音信不通だと、お家の方も心配するでしょうからね」

 フェリクスに寄り添うように座っているセレスティアが、そう言って微笑んだ。


 さかのぼること数日前。

 食事中の他愛ない雑談から、ナタンが家出同然に実家を出てから家族に連絡を取っていないという話になった。

 それを聞いたリリエは驚いた様子だった。

「ご家族は、ナタンさんが、どこにいるかも御存知ないのですか?」

「そういうことになるね……」

「だとすれば、心配されているのでは……せめて無事であることは、知らせたほうが良くありませんか?」

 二人の話を聞いていたセレスティアが、口を挟んだ。

「たしか、この『おどる子熊亭』には、仕入れに使う為の魔導通話機まどうつうわきがあった筈です。事情を話して、ご家族への連絡に使わせてもらっては?」

 魔導通話機まどうつうわきというのは、魔法技術を利用して遠隔地と音声でやり取りする魔導絡繰まどうからくりの一種である。社会基盤インフラの一環として各国で普及しつつあり、「無法の街ロウレス」でも、余裕のある者は個人用に所有していることがあるのだ。

「実は私も、本国で資産管理をしてもらっている方と連絡を取る為に、お借りしたことがあります。では、宿のご主人に、お願いしに行きましょうか」

 リリエの言葉に、ナタンは一瞬迷った。

「……ごめん。気を遣ってくれて嬉しいよ。でも、家族の声を聞いたら、帰りたくなりそうな気もしてしまって」

 ナタンの言葉を聞いたリリエは、やや寂しそうな表情を見せた。

「それなら、手紙を出せばいいのではないか?」

 フェリクスも、話題に加わった。

「ただ、『無法の街ロウレス』には郵便局が無いから、どこか近くの街に行く必要があるな」

「そうか……どこの国の管理も受けていないということは、郵便局みたいな施設も無いんだよね」

 ナタンたちが滞在している「躍る子熊亭」のような商売をしている店であれば、必要な食材や資材を調達する為に独自の流通経路を持っていることもある。しかし、それらは部外者が利用できるものではない。

 どの国の管理も受けていない街ゆえ、当然ではあるものの、ナタンは改めて「無法の街ロウレス」の不便さを思い知った。

 そして今回、彼は最も近くの街に行き、郵便局から実家に手紙を出すことにしたのだ。


「おや、リリエ・ワタツミの隊じゃあないか」

 男の声で不意に名を呼ばれたリリエの肩が、ぴくりと震えるのをナタンは感じた。

 声の主へ視線を向けたナタンは、それが、あのクルト・ユンカースであることに気付いた。

 その傍らには、彼の護衛の一人、ギードの姿もある。

「君たちも、『無法の街ロウレス』を出るのか?」

「いえ……用事があって、近くの街まで行くところです」

 クルトの問いに、リリエが答えた。

「クルトさんは、帰国されるのですか?」

「ああ。一旦帰国して仕切り直そうと思う。まだ、ろくな成果が上げられていないし、準備を整えたら、再び『帝都跡』の探索に挑戦するつもりだ」

 そこまで言うと、クルトは少し逡巡しゅんじゅんした後、再び口を開いた。

「あの時は、彼……ナタンくんが倒れてゴタゴタしていたから、言いそびれてしまったが。君たちには、助けられた。礼を言う」

 少し前、破落戸ごろつきたちに拉致監禁された際のことを言っているのだろう。

「はい、ナタンさんたちのお陰で助かりました」

 クルトの言葉に、リリエは誇らしげに微笑んだ。

 痛い目に遭った為か、クルトからは最初に会った時のような傲慢さが抜け落ちているように、ナタンには感じられた。

 彼らを乗せた車両は、やがて整備された街道へと出た。

 時折、客の荷物を狙った野盗などが現れることもあると聞いていたものの、道のりは順調なものだった。

 正午過ぎ、乗り合い車両は目的地の街へ到着した。

 この街は「無法の街ロウレス」への入り口の一つであり、停車場は帰国の途に着く者や、これから「帝都跡」へ向かう者たちで、なかなかの混雑ぶりを見せている。

「やれやれ、座りっぱなしだったから尻が痛くなったよ」

 車両から降りたナタンは、狭い座席で縮こまっていた身体を伸ばしながら呟いた。

「座席がある分、荷運び用車両の荷台に比べれば千倍はマシだな」

 そう言って、フェリクスが、くすりと笑った。

「帰りは、明日の午後の便になりますね……ところでナタンさん、お腹が空いていませんか?」

 リリエに問われて、ナタンは顏を赤らめた。

「もしかして、俺のこと、いつも腹を減らしてると思ってる?」

「だって、もう昼過ぎだし、ナタンさんの腹時計は正確なので……」

 リリエが言うのと同時に、ナタンの腹の虫が鳴き声をあげた。

「先に食事をしてから、郵便局へ向かいましょうか? そこの看板、街の簡易な地図が描かれていますよ」

 セレスティアが指し示した看板には、街の主要な施設が表示されており、郵便局の場所も確認することができた。

「うん、実際、腹ぺこだし、そうしてもらえると、ありがたいや」

 ナタンは、自身の空っぽになっているであろう腹を撫でた。

 街は、ナタンの故郷であるクラージュ共和国の首都などに比べれば田舎と言える。だが、ごみごみした「無法の街ロウレス」を見慣れた目には、整備された道路や規則的に建てられた家並みが美しく映った。

 一行は、目に付いた感じの良い食堂に入り、昼食をった。

「やっぱり、『無法の街ロウレス』とは雰囲気が違うね。外を歩いている人たちも、そんなに緊張していないというか」

 好物の肉料理を平らげつつ、ナタンは言った。

「人が『法』で守られているかどうかの違い、というところだな」

 そう言いながら、フェリクスが頷いた。

 ナタンは店内を見回してみたが、「無法の街ロウレス」の店や食堂なら当たり前のように存在する、用心棒たちの姿はない。何か、いざこざが起きたなら、その時に警察を呼んで対応してもらうのだろう。

「私……お財布の入ったポーチに手をかけて歩くのが癖になってしまいました」

「リリエも、すっかり旅慣れたということですね。どこへ行くにも、用心に越したことはありませんよ」

 少し恥ずかしそうな顔をするリリエに、セレスティアが言った。

 腹ごしらえの後、ナタンたちは郵便局へ向かった。

 宛名を書いた封筒を窓口に差し出し、料金を払ったナタンは、これで実家に手紙が届けられるのだと思うと、不思議な気持ちになった。これまでであれば、出した手紙が届くことなど当たり前と思っていた。しかし、考えてみれば、配達してくれる者がいなければ成り立たない仕組みなのだ。

 用事を済ませ、後は翌日の乗り合い車両の出発時刻まで待つだけになった。

 程よく清潔そうな宿を見付けて部屋を取った一行は、夕食までの時間、街を散策することにした。

 ナタンとリリエは、人々で賑わう商店街を歩いた。

 やはり、「無法の街ロウレス」に比べれば緊張感は雲泥の差だが、はぐれると困る、という理由で、二人は、しっかりと手を繋いでいる。

 「無法の街ロウレス」では見ることのない、子供を含む家族連れを目にしたナタンは、懐かしさすら覚えた。

「あの、ちょっといいですか?」

 リリエに声をかけられ、ナタンは首を傾げた。

「どうしたの?」

「ナタンさん……本当は、お家に帰りたいとかではありませんか? 無理しているのではないですか?」

 不安げな顔で、彼女は言った。

 ――家族の声を聞いたら帰りたくなりそうだ、と言ったことを気にしているのだろうか。 

「無理なんか、してないよ。君と一緒にいるのが楽しいから、言われるまで家族に連絡することも忘れてたくらいだし。リリエが『無法の街ロウレス』にいる限り、俺は付き合うよ」

 ナタンの言葉に、リリエは安堵したのか、小さく息をつくと、微笑んだ。

 同時に、ナタンは自分の言った言葉を反芻していた。

 リリエも、いつかは「無法の街ロウレス」を離れる時が来るのだ。その時のことを想像すると、ナタンは、ひどく寂しい気持ちになった。

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