「街の奥」へ

「じゃあ、案内するから、ついてきておくれ」

 ランタンを手にしたカヤにいざなわれ、ナタンは、フェリクスとセレスティア、ラカニと共に「躍る子熊亭」を出た。

 日は殆ど沈みかけており、街には夜のとばりが降りようとしている。

 「表通り」から、迷わず裏路地と呼ばれる区域へ入っていくカヤに、ナタンは戸惑いながら付いていった。

 裏路地は、無秩序に建てられた、様式に統一感のない家々により、迷路の如く複雑な造りと化している。

 所々に建つ、怪しげな酒場や何かの店の灯りが漏れているだけの路地は、一人であれば歩きたいとは思えない雰囲気だ。

 ナタンは、ぼんやりした灯りの間にある暗がりのあちこちから、何者かの値踏みするような視線を感じた。

「なぁ、『力になってくれそうな昔馴染み』って、もしかして『街の奥』の住人なのか?」

 ラカニが、不安そうに口を開いた。

 「表通り」からの距離に比例して治安が悪化するというのが「無法の街ロウレス」の常識である。長期間滞在している発掘人ディガーたちも、用がなければ「街の奥」には近づかないようにしているのだ。

「そうだよ」

 カヤは、事もなげに答えた。

「訳ありで、故郷くににいられなくなった人なんだけどね。悪い人じゃないから安心してくれていいよ。この街に来たばかりの頃、私や旦那が少しばかり面倒を見たことがあって、それからの付き合いさ」

「もしかして、政治犯か」

 フェリクスが、ぼそりと呟いた。

「一言で言えば、そうだね。あの人は、故郷の国を良くする為に、仲間と色々……宿や雑貨店を経営したり、用心棒や護衛を派遣したりしているんだけど、それも活動資金を作る為らしいよ」

 ――なるほど、たとえ人を殺したりしていなくても、その「国」にとって都合の悪い存在と見なされれば「政治犯」にされてしまうということか……

 そんなことを考えていたナタンは、隣を歩いているセレスティアが、ひどく沈んだ表情を見せているのに気付いた。

「気分でも悪いの? 君は、宿で待っててくれても良かったと思うけど」

 ナタンが声をかけると、セレスティアは顔を上げた。

「いえ……ただ、気を利かせたつもりで、ナタンとリリエを二人きりにしてしまったのが良くなかったと思って……」

 彼女は責任を感じているのか、目を潤ませている。

「そんな……俺は嬉しかったし、リリエも楽しそうだったよ。だから、気に病まないで」

 ナタンの言葉に、セレスティアは弱々しく頷いた。

「それを言うなら、指摘しなかった俺も気が緩んでいたと言わざるを得ない」

 フェリクスがセレスティアの肩に、そっと手を置いた。

「やはり、今後は、ナタンとリリエに迷子防止の紐を付けておくことにしよう」

 強く決意した様子のフェリクスを見たラカニが、目を丸くした。

「フェリクスって、真面目な顔のまま冗談言うんだな……」

「本気だと思うよ。さすがに、迷子防止の紐は勘弁して欲しいけど」

 言って、ナタンは苦笑いした。

 入り組んだ路地を歩いているうちに、縦にも横にも継ぎ接ぎに増築されているのであろう、やや大きくいびつな建物が現れた。

 出入口らしき扉の傍には、見張り、あるいは門番だろうか、一人の若い男が所在なさげに立っている。

「オリヴェルさんに会いたいんだ。『子熊亭』のカヤが来たと言えば分かる筈だよ」

 カヤが近付いて声をかけると、男は怪訝そうに彼女を一瞥した。

「聞いてないぞ。約束がないなら、通す訳にはいかない。帰ってくれ」

「緊急事態なんだよ。そんな悠長なこと言ってられないんだ」

 カヤの声に苛立ちが混じる。それが、男の警戒心を更に煽ったのか、彼の表情も険しくなった。

 一触即発と思われた時、扉が開いて、何者かが顔を出した。

「何の騒ぎだ?」

 扉から出てきた小柄な中年男は、カヤの顔を見ると柔和な表情を見せた。

「あれ、カヤさんじゃないか。あんたのほうから来るなんて珍しいな」

「ニコさんか、丁度よかった。ちょいと面倒が起きてね。オリヴェルさんに相談したいことがあるんだ」

 門番の若い男が、慌てた様子で、ニコと呼ばれた中年男に問いかけた。

「その人、誰なんですか?」

「カヤさんは、オリヴェルさんのご友人だ。失礼がないようにするんだぞ」

 そうニコに言われた若い男は、すみませんと、カヤに頭を下げた。

「ま、若い子は私たちの顔を知らないだろうからね。仕事に真面目な、いい子じゃないか」

 カヤが微笑んでみせると、若い男は安堵した様子だった。

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