魔導技術師
リリエは、店主の指し示した箱の傍にしゃがみ込むと、中身を確認し始めた。
「見たことのない
そう言って、にこにこしている彼女を眺めていたナタンも、釣られて笑顔になった。
「今日持ってきた、この『板』は、どこで手に入れたんだ?」
店主が、ラカニに尋ねた。
「東の未踏破区域ぎりぎりにある、建物跡だ。地下に手付かずの空間があってさ」
「なるほど、『帝都跡』も奥地なら、まだまだ発掘されてない
ラカニの言葉に、店主が頷いた。
リリエが調べている箱の中に、ナタンは見覚えのある
「これと似たものを、クラージュ共和国の歴史博物館で見たことがあるよ。『光の剣』ってやつだね」
言って、ナタンは箱から取り出した円柱状の物体――「光の剣」を見た。
円柱状の本体には、「光の剣」を起動する為のものと思しき突起が付いている。
ナタンは試しに突起を押してみたものの、「光の剣」には何も起きなかった。
「この箱に分けられていたということは、現在は使用できない状態ということですね」
箱を覗き込んでいたリリエが、顔を上げて言った。
「そうだったね。博物館にあった解説によれば、この『光の剣』は、分厚い金属の板も切断できるほどの威力があったらしいよ。展示されているものも、現在は使えないみたいだけど」
「たしか、クラージュの博物館に展示されているのは、エリカ・ベルンハルト――初代大統領アーブル・エトワールの盟友であり、建国時に大きな働きをしたと伝えられる方のものですよね」
「へぇ、君は、よその国の歴史にも詳しいんだね」
ナタンが「光の剣」をリリエに渡しながら言うと、彼女は頬を染めた。
「
リリエの思わぬ言葉に、ナタンは面はゆい感じを覚えた。
アーブル・エトワールはナタンの父方の先祖だが、エリカ・ベルンハルトは母方の祖母の祖母にあたる人物だ。
――先祖が立派すぎて、実は俺も子孫だなんて言えないなぁ……
ナタンが、そんなことを思っている間に、リリエは「光の剣」に対し「マナ」を注入する呪文を詠唱している。
「……反応がありませんね。内部に損傷があるのでしょう」
言って、リリエは眉尻を下げた。
「文献によれば、『光の剣』は、それ自身が周囲の『マナ』を取り込んで稼働する
「その分、繊細ってことか」
「もし、そいつが使える状態だったら、凄い値が付くんだろうな」
リリエの作業を眺めていたラカニが呟いた。
「帝国時代でも貴重品だったって話で、現存するものは少ないからね。使える状態のものは、ほぼ存在しないから、好事家も研究者も欲しがるだろうし、大変なことになるな」
買取り屋の店主は頷いて、リリエを見た。
「ところで、お嬢ちゃんは、何か魔法に関係する資格とか、持ってるのかい?」
「あ、はい……モントリヒトの特級
リリエが事も無げに答えると、店主は目を丸くした。
「そいつは凄いな。魔法の使用には厳しい制限を設けている国も多いが、一番上の特級魔導技術師なら、大抵の呪文が使い放題なんだろ?」
この世界では、ある程度『
国によって制度に多少の差異はあるものの、「
「あ、あの……人間を殺傷する性能を持つなど危険度の高い呪文は、使える場所も研究所などに限定されるので、使い放題という訳でもないんです」
感心しきりの店主を前に、リリエは慌てて首を横に振った。
リリエが調べた結果、起動しないものとして分類されていた
「『マナ』に対して反応があるというだけで、どのような用途のものなのかは、もう少し調べてみないと分かりません……すみません」
肩を落とすリリエだったが、店主は嬉しそうな笑顔を見せた。
「なに、ウンともスンとも言わないものより、光ったり音が出たりするだけでも、好事家たちには何倍も高く売れるからね。それだけで、お釣りが来るってもんだ。……ところで、お嬢ちゃん、うちで働く気は無いか?」
店主の突然の申し出に、今度はリリエとナタンが目を丸くした。
「本店はクラージュにあるんだが、待遇については、可能な限り、あんたの希望を聞くからさ。こんなところで、医師なんかよりも貴重な特級魔導技術師に会えるなんて、何かの縁だ」
「ええと……その……」
リリエは、
「君は、自分でやりたい研究があるんだろ?」
ナタンは、助け舟を出そうと口を開いた。
「そ、そうですね」
「だったら、買取り屋で仕事する時間はないよね?」
「はい……」
リリエはナタンの言葉に落ち着いたのか、何度も頷いた。
「いや、急に無理を言って悪かったね。あんたにも、都合ってものがあるよな」
そう言った店主に向かって、リリエが頭を下げた。
「す、すみません、折角お誘いいただいたのに……」
「謝ることなんてないさ。また機会があれば、手伝ってくれると嬉しいけどな。今回は、『光の剣』以外の
店主に言われて、リリエは顏を輝かせた。
有能な人物との縁ができたことが、店主にとっての収穫なのだろう――と、ナタンは思った。
切りの良いところでナタンとリリエが店を出ると、かなり日が傾きかけていた。
思いの外、買取り屋に長居していたようだ。
「じゃ、お邪魔虫は退散するぜ」
一緒に店から出たラカニは、片目をつぶって手を振ると、雑踏の中へ紛れていった。
「俺たちも、そろそろ『躍る子熊亭』へ戻ろうか」
ナタンはリリエに言った。
「はい……あの、さっきは助かりました。いきなり働いてみないかなんて言われて、何と答えればいいのか分からなくなってしまって……ナタンさんと一緒で、良かったです」
言って、リリエは、自分からナタンの手を、おずおずと握った。
「俺が君の助けになったなら、良かったよ」
ナタンも、彼女の柔らかな手を、そっと握り返した。
宿への道を歩く二人の背後から、聞き覚えのある男の声が聞こえた。
「ちょっと、いいか?」
振り向いたナタンたちの前に立っていたのは、買取り屋で彼らの前に店主と取引きをしていた
いつの間にか店から姿を消していたのだが、知らない相手だというのもあり、ナタンは彼を特に気に留めていなかった。
「何か、用でも?」
「ああ、そっちの嬢ちゃん……リリエさんと言ったか。彼女にな」
ナタンの問いかけに答える男の眼差しには、油断できない何かが感じられた。
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