発見

 廃墟と化した帝国時代の建物跡は、内部にも、植物が所々に繁茂はんもしている。

 「帝都跡」の中でも「未踏破区域」に近い場所であり、訪れる者も少ない為だろう。

 本来は、もっと高い建物だったのだろうが、上の階と、そこに通じていたと思われる階段は、途中で削がれた如く途切れている。

 そんな廃墟の中、ナタンは、あちこちを調べて回るリリエに付き添って歩いた。

「ここは……書物でも売っている店舗……だったのでしょうか」

 リリエが、周囲を見回して言った。

 彼女の言う通り、現在ナタンたちがいる部屋は比較的広く、書棚のような朽ちかけた棚が幾つも並んでいて、見ようによっては書店の跡にも見えなくはない。

 しかし、収納されていたものは風化してしまったのか、あるいは先に訪れた発掘人ディガーたちが持ち去ったのか、どの棚の中もからだった。

 と、ナタンは足元に違和感を覚えた。

 彼が立っている床は、踏みしめると他の場所とは異なる感触がある。

 ナタンは、床を覆っている雑草やつた状の植物を取り除いてみたが、露わになった床面は、見た目には何の変哲もないものだった。

「気の所為かな」

 呟きながら、ナタンは無意識に足の爪先で床をつついた。

「ナタンが立っている床の下、もしかして空洞があるのではないか?」

 言って、フェリクスがナタンのほうへ歩いてきた。

「君が床を爪先でつついた際の音が違っていた。この建物は地下にも部屋があるかもしれないな」

「へえ、隠し階段でもあるのかね」

 ラカニも加わって、彼らは周囲の床を調べた。

「ここに変な隙間がある……ここから、床板がめくれそうだよ」

 床板に僅かな隙間を見付けたナタンたちは、落ちていた板などを差し込み、梃子てこの原理でじ開けた。

 思いの外、あっけなく床板が外れ、地下の空間へ繋がっていると思われる階段が現れた。

「ナタンさん、すごいです!」 

「本当に、隠し階段が……!」

 ナタンたちの作業を見守っていたリリエとセレスティアが、感嘆の声を上げた。

「もちろん、この下も探索するんだろ?」

 ラカニの言葉に、リリエは力強く頷いた。

「俺が露払いということで先行しよう。ナタンとラカニは殿しんがりを頼む」

 そう言うと、フェリクスは階段に足をかけた。

「では、『灯り』を出しますね」

 リリエが何か呪文を唱えると、彼女のてのひらの上に、小さな光球が現れた。

 見る間に光球は数を増やし、やがて人数分である五つの光球がナタンたちの周囲を漂い始めた。

「これなら、提燈ランタンなどを手に持たなくて済みますから」

「便利だなぁ。君は凄いや」

 感心したナタンが言うと、リリエは恥ずかしそうに頬を染めた。

 リリエが作った光球の灯りを頼りに、ナタンたちは階段を下りた。

 地下の空間にある階段や壁には、床板で地上と隔てられていた為か、ほとんど損傷が見られない。

 階段を下りた先には、地上階の店舗と見られる部屋よりは狭い空間があった。

 ほこりの積もった室内には、地上階にあったのと同じようなからの棚の他に、がらくたが乱雑に詰め込まれた紙の箱が幾つも置かれている。

「物置とか倉庫……でしょうか?」

 セレスティアが、辺りを見回して言った。

「意外と、がらくたに見えるものの中に『魔導絡繰まどうからくり』が混じってることもあるんだぜ」

 言うと、ラカニが無造作に箱の一つを手に取った。

「そうですね。残っているものを調べてみたいと思います」

 リリエも、床にしゃがみ込んで、置かれている箱を一つ一つ調べ始めた。

 彼女にならって、ナタンも手近にあった箱を見てみた。

 箱の中には、手頃な本くらいの大きさをした黒い「板」が幾つか入っていた。

 見た目より重く、やや厚みのある「板」の側面には、不自然なスロットがある。

 表面のほこりを払ってやると、思いの外つるりとした質感の素材でできていることが分かった。

「これ、『魔導絡繰まどうからくり』なのかな?」

 ナタンは首を捻った。

「おそらく、そうだろう。だが、長期間放置されていた為に、作動しなくなっているのかもしれないな」

 別の箱を調べていたフェリクスが言った。

「フェリクスさんは、これと同じものを見たことがあるのですか?」

「あぁ……以前、どこかで似たものを見た気がする」

 リリエに問われたフェリクスが、何とはなしに歯切れの悪い口調で答えた。

「外部から『マナ』を注入してみましょう」

 そう言うと、リリエは「板」に手をかざして呪文を唱え始めた。

 すると、「板」は奇妙な作動音と共に淡い光を放ち始め、その表面に何か文字のようなものが浮かんだ。

「すげぇ……『魔導絡繰まどうからくり』が復活したのか!」

 ラカニが、驚きに目を見張った。

「そうだよ。リリエは、すごいんだ」

 ナタンは、自分のことのように誇らしげな顔をした。

「これは……現在も使われている共通語コモンと同じですね」

 光る「板」を見つめながら、リリエが呟いた。

「『準備完了』『情報体を差し込め』と書いてありますけど……、もしかして、側面の溝に差し込む部品のようなものがあるのでしょうか」

 首を傾げたリリエに、セレスティアが声をかけた。 

「これ、別の箱に入っていたものですが、側面の溝にはまりそうに見えませんか?」

 彼女が手にしていたのは、丁度、黒い「板」のスロットに合いそうな、てのひらに収まる程度の大きさの黒い板状のものだった。

 セレスティアが調べていた箱には、「情報体」らしき小さな黒い「板」が幾つも入っている。

 リリエは、渡された小さな「板」を手に取って眺めた。

「よく見ると、矢印が刻んでありますね。差し込む向きを示しているのでしょうか」

 淡い光を放つ「板」の側面に、発見したばかりの小さな「板」を差し込んでみると、小さな警告音らしき音と共に、画面の表示が変化した。

「……『情報体が破損している』と書いてありますね。この『取り出し』という文字は何でしょう」

 何気なくリリエが「取り出し」と表示された画面に触れると、「板」――「情報体」がスロットから排出された。

「画面に出た文字に触れて操作するのか? どんな仕組みなのか見当がつかないな」

 リリエの手元を覗き込んでいたラカニが感心したように呟いた。

「この小さいほうの『板』……『情報体』を差し込むのは正解みたいだから、全部試してみればいいんじゃないかな?」

 眉尻を下げていたリリエだったが、ナタンが声をかけると気を取り直したのか、次々に「情報体」を取り換えながら、光る画面を見つめた。

 幾つめかの「情報体」を差し込んだ時、画面の表示が更に変化した。

 画面には、「再生」「停止」といった文字が浮かんでいる。

 リリエの指が「再生」の文字に触れるのを、一同は固唾を呑んで見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る