火中の栗

 「武器屋」での買い物の後、ナタンは、フェリクスが支払いを済ませるのを、店の外でセレスティアと共に待っていた。

 手持無沙汰になったナタンが窓から店の中を覗くと、フェリクスは店主と話し込んでいる様子だった。

 店主の機嫌の良さそうな顔からすると、どうやら武器談義に花を咲かせているらしい。

 適当にあしらったりせず、真面目に相手の話を聞いているフェリクスに、ナタンは人の好さを感じた。

「……そういえば、君たちも『帝都跡』に入ったことはないんだよね?」

「ええ。帝都が、あのような状態になってからは」

 ナタンの問いかけに、セレスティアが答えた。

 ――それだと、「あのような状態」になる前に行ったことがあるようにも聞こえるけど……言葉のアヤってやつかな……

 彼女の言葉に、ナタンは一瞬引っかかるものを感じたが、深く考えることもなかった。

「最初は、誰かの護衛任務とかを受けて、ある程度、場数を踏んだほうがいいかもしれないな」

「あなたも、色々と考えているのですね」

「そりゃ、何もかも、君たちにおんぶに抱っこって訳にいかないよ。ところで、フェリクスは『俺たち』って言ってたけど、君も探索に同行するのかい?」

 言いながら、ナタンは改めてセレスティアをよく見た。

 やや小柄で華奢な彼女の姿は、不用意に触れれば容易く壊れてしまう、美しく繊細な硝子ガラス細工の如き儚さを感じさせる。

 ならず者や化け物が跋扈するような危険地帯とは、正に別世界の存在だと思えた。

「私のことを心配してくれているのですね?」

 ナタンの心を読んだかのように、セレスティアは微笑んだ。

「当たり前だよ。まして、君は女の子だし」

「こう見えて、私も意外と丈夫なのですよ。それに、探索中に私が役に立てる場面があるかもしれませんし……そういう場面が無いに越したことは、ありませんけど」

 そういう場面って何だろう――口を開こうとしたナタンの耳に、微かだが女性の悲鳴のような声が飛び込んできた。

 路地の奥から聞こえた声に、ナタンは、生命に関わる危険を感じた気がした。

「今の声、聞いたよね?」

「女性の……悲鳴、でしょうか?」

 セレスティアも、不安そうに、路地の方へと目をやった。

「俺、ちょっと見てくるよ」

 ナタンは、声の聞こえた方へ駆け出した。


 道を一本奥へ入った薄暗い路地を走るナタンは、再び女性の声を聞いた。

「痛い……離して……くださ……」

「……傷をつけるんじゃねぇ! 一応、商品だぞ」

 ナタンは、苦し気な女性の声と野太い男の声が漏れてきた路地へ飛び込んだ。

 そこにあったのは、見るからに破落戸ごろつきという風体の二人の男が、一人の若い女を壁に押し付けている光景だった。

「やめろ!」

 考える前に、ナタンは叫んだ。

 彼の声に、男たちが、さも面倒くさいとでも言いたげな様子で振り返った。

「小僧、お前、あたま大丈夫か? 二度は言わねぇ、関係ない奴は引っ込んでな」

 半ば憐れむかのように、男の一人――大柄な方が言った。

「女の子が乱暴されているのに、放っておける訳ないだろ!」

 言い終わる前に、ナタンは左頬に凄まじい衝撃を感じた。

 意識が飛んだ次の瞬間、彼は自身の身体が後方に飛ばされ、地面に這いつくばっていることに気付いた。

 ナタンは、殴られた頬の痛みと頭の中が痺れたような感覚にぐらつきながらも、何とか立ち上がった。口の中に鉄の味が広がっていく。

 格闘技を習っているのもあって、自分は「痛み」に慣れている、と、彼は思っていた。

 しかし、今ここで受けた一撃は、「試合」で受けるのとは、まるで別ものだ。

 「相手が死んでも構わない」という気持ちから放たれる攻撃を食らったのは、ナタンにとって初めての体験だった。

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