良い買い物

 店主はナタンの体格や腕の長さなどを確かめると、飾り棚から一振りの片手剣を取り出した。

「特殊な合金製だから並の人間にとっては重くて扱いにくいが、これなら『異能いのう』の力で振り回しても滅多に壊れないし、取り回しもラクな長さだ」

 ナタンは店主に渡された剣を構えてみた。それは、初めて持つのに、吸い付くように手に馴染む剣だった。

 しかし、値札を見て、彼は眉尻を下げた。

「これ、すごく良いものだとは思うけど、結構高いね……」

「予算は気にしなくていいぞ。隊商の護衛で、結構な額の謝礼をもらったからな」

 フェリクスが、口を挟んだ。

「兄さん、あんたがいてる『それ』……『カタナ』か?」

 店主が、フェリクスに目をやり、言った。

「そうだ」

「差し支えなければ、ちょっと見せてもらえないか。俺は、武器の蒐集が趣味でもあるんだが、『カタナ』が好きでね」

「構わないが」

 フェリクスは、事もなげに答えた。

 ナタンも、そこで初めて、フェリクスがいていた「カタナ」に意識が向いた。

 彼の「カタナ」に対する知識は、ヤシマ発祥であることと、片刃で反りのある、切れ味の鋭い、だが扱いの難しい剣であることくらいだった。

 すっかり商売そっちのけで蒐集家コレクターの目になっている店主の前に、フェリクスが腰から外した「カタナ」を差し出した。

 フェリクスの外套に隠されていた「カタナ」は、やや長めの刀身を持つ、柄も鞘も真っ黒なこしらえのものだ。

「『カタナ』というのは、玉鋼たまはがねを使って、決められた製法で作られるものなんだが、形だけ真似た偽物も多く出回っていてな。もちろん、うちに置いてあるのは『本物』だぞ」

 蘊蓄うんちくを語りながら、店主は、受け取った「カタナ」を拳二つ分ほど鞘から抜いて眺めた。

 黒いこしらえに映える白い刀身が、光の加減で更に様々な色の輝きを見せる。

「この重さは、玉鋼たまはがねじゃない……見たことのない金属だ。でも、物凄い業物わざものというのは分かる。作者は、誰なんだ?」

「それは貰い物だが、元々は海に沈んでいたものだと聞いている。銘も無いから、作者も不明だ」

 フェリクスの言葉に頷きながら、めつすがめつ「カタナ」に見入っていた店主だったが、ふと我に返ったように呟いた。

「おっと、つい夢中になっちまった。そうそう、武器の他に装備品も欲しいって言ってたな」

 店主は店の中を歩き回って幾つかの品物を取り出し、算盤アバカスを弾いた。

「……とりあえず、これだけ揃えれば当面は何とかなると思うよ。さっきの剣と合わせて、これでどうだ」

 ナタンは、店主が差し出した算盤アバカスを見て、驚いた。剣の値段を考えれば、他の装備品は、ほぼ「おまけ」のようなものと言えた。

「ずいぶん、安くない?」

「いいもの見せてもらったからな。ご機嫌割引きってところさ」

 言って、店主は笑った。

 ――何だか適当な気もするけど……無法の街だけに、定価なんてものは無いということか。

 考えていたよりも出費を抑えられたことに、ナタンは安堵の溜め息をついた。


◆◆◆◆◆◆◆◆

当作品に登場する「刀」は、あくまで、この世界で「刀」と呼ばれているものであって、「日本刀」とは異なるものです。

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