勇者と魔王と世界の秘密

和泉将樹@猫部

プロローグ

第1話 魔王ラングディール

 膨大な熱量を纏った風が、一人の男に迫る。大地をも蒸発させながら迫るそれは、おそらく人を一瞬で蒸発させるほどの破壊の爪。

 しかも視界を覆い尽くすほどの規模だ。

 回避すること能わず。

 耐えること能わず。

 そして当然――普通であれば、防ぐこと能わず。


(構成は熱そのもの。マナで生み出された熱の推定温度は大地を蒸発させるのであれば四千度以上。まともに食らえば骨も残らんが――)


 男は周囲のマナを用いて、大気の組成へと影響を与える。

 直撃する、まさにその寸前に大気への干渉は完了し――直後、赤熱と化した風に包まれた。


 だが。


 それが晴れた時、それでも彼はまだ立っていた。


「さすが大賢者とまでたたえられたカイ・バルテス。いかなる者であれ今の一撃で蒸発しているだろうに、それを防ぎきるというのだから素晴らしい」

「相変わらずデタラメな魔力量だな……本当に」


 カイは、その破壊の風を放った砦の上に立つ男をにらむ。


 年齢は二十前後。輝くような金色の髪を持つその青年が纏うのは、豪奢な装飾をあしらわれた服。それは、この国の――リーグ王国の国王の証。

 だがその彼から感じられるのは、圧倒的なまでに巨大で、そして禍々しい魔力。

 かつて共にあった、勇者ラングディールとは似ても似つかない魔力は、まさに魔王のそれだった。


 純粋な魔力――マナプールに差があり過ぎる。

 それはわかりきっていたことだ。

 並の人間よりはるかに優れた魔力を持つカイではあるが、今対峙しているラングディールには到底及ばない。

 それは当然だろう。

 


「なあ。どうしたんだよ、ランディ。俺とお前、それにシャーラと協力して魔王を――ルドリアを倒したのはたったの二年前だぞ。なのに――どうしてお前がんだよ」

「ははは。どうしてだろうな。俺にもよくわからないよ、カイ。ただ一つ、はっきりしていることは――」


 再び魔力が膨れ上がる。

 それは文字通り、天空を覆い尽くすほどの力。



 その目に迷いはなく、そして同時に何も映していない。

 まるでそこに、ラングディールがいないかのようにすら思えた。


 直後、その膨大な魔力が、ただ一つの純粋な力となって、カイへと降り注ぐ。

 魔力によって構成さつくられた超重量の力の塊が、カイを含めた周辺の大地すべてを圧し潰そうとしている。

 これを防ぐことは不可能――。


「くそがあ!!」


 何がなんだかわからない。

 ただ一つはっきりしていることは、ここでラングディールと戦っても確実に死ぬこと。

 そしてそれが犬死だということだけだ。


 着弾までの時間は目算でおよそ二秒。

 今度のは熱ではなく純粋な質量であるため、防ぐことすらできない。

 回避はそもそも避ける場所すらない。

 あるとすれば範囲外に出るしかないが、範囲外に出るには少なくとも二秒で二百メートルは移動しなければならない。人間にはもちろん、生物には不可能な要求だ。


(あくまで、自分が移動するならな)


 一瞬、方角を確認する。これならば問題はないはずだ。

 がカイが考えている通りの世界であれば、おそらく――。


 想定した術式イメージにマナが応える。

 直後。

 カイの体が、文字通り真横に吹き飛んだ。


「なに!?」


 直後、大地に炸裂した破壊の爪は、地面を抉り膨大な土ぼこりを上げる。

 その間にカイの姿は、遥か地平の彼方に消えていた。


「……あんな魔術もあるのか。さすが大賢者。楽しませてくれる。だが――それでも俺は止められないよ。カイ」


 親友カイの消えた方向を一瞥して――ラングディールはここには用がない、とばかりに踵を返すと、居城へと戻っていく。

 その目には、悲しみとも怒りとも取れないものが揺らいでいた。



 リーグ王国歴八四六年六月。

 リーグ王ラングディールは、自らを魔王の後継者であると宣言し、周辺国家へ宣戦を布告する。

 魔王ルドリアを勇者ラングディールが討伐してから、わずか二年の後のことであった。

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