第55話 世話のかかる妹

「事の発端は約20年前。尸位しい教員本人と、草薙くさなぎさんたまさんの父親……その3人がとある騒ぎを起こした」


 ……


 そういえば、ねこ先輩に名前を呼ばれたのは始めてかもしれない……いつもキミって呼ばれてたし……たまさんは新鮮だな。


「その騒ぎとは……かがみ景子けいこさんを……まぁ、襲ったという内容だ」できる限りボカした発言だけれど……「結果としてかがみ景子けいこさんは妊娠。さらに精神的に追い詰められて、自殺の道を選んでしまった」


 ここまでは良いかな?とねこ先輩は恭子きょうこに聞く。


「はい。問題ありません」ということは……やっぱり恭子きょうこの母親が景子けいこさんなんだな。「母は私を産んで、絶望したみたいですね。父親になるべき人物に相談しても相手にされず……悲観した末の行動だったようです」


 一瞬、ねこ先輩が言葉をつまらせた。


 子供を産んで絶望……その言葉は、ねこ先輩の境遇的に共感できたのかもしれない。


 ……


 そして恭子きょうこの父親は、3人のうち誰なのだろう。私は勝手に尸位しい先生だと思いこんでいたのだけれど……


 もしかしたら、私や美築みつきと……姉妹だったのかもしれない。


「……301号室の事件から行こうか」美築みつき殺害事件。「キミは草薙くさなぎ美築みつきさんに睡眠薬か何かを飲ませ、そしてロープを首に結んだ。そのロープをスクリーンにくくりつけて、301号室の外からスクリーンを巻き上げた」


 結果として美築みつきはスクリーンとともに持ち上げられて、首を絞められた。


「そして鍵とスクリーンのリモコンをのりで糸とくっつけた。その糸は大量の短い糸をつなぎ合わせて作られたもので……事前にエアコンを高温で作動させ、のりを溶かした。結果として糸はバラバラになり、ただのゴミとして処理された」


 恭子きょうこは何も言わない。ということは……おそらく正解なのだろう。


「ここは僕の推測だが……」ねこ先輩は私をチラッと見て、「ここで殺される予定だったのは、たまさんだったんだろう?」

「え……?」頓狂な声を出してしまった、「私……?」

「ああ。キミは言っていただろう。草薙くさなぎ美築みつきさんが殺される前日……その美築みつきさんから電話がかかってきたと」


 明らかに悩みがあるような電話だった。その電話のあとに、美築みつきは亡くなった。


「最初僕は……草薙くさなぎさんは自分の死を予見していたのだと思った。殺されることがわかっていて、そのまま死を受け入れたのだと思った」

「……恭子きょうこが犯人だって、気づいてたってことですか?」

「途中まで、僕もそう思っていたよ」ねこ先輩は恭子きょうこに向き直る。「尸位しい先生殺害事件は……キミと草薙くさなぎさんの共犯だった……そうだろう?」


 ……共犯……?


 恭子きょうこ美築みつきが……?


 なら……


 ねこ先輩は言う。


たまさんへの電話は……おそらくたまさんを301号室におびき寄せるための電話だった」なんでおびき寄せる必要があるのか……そんなことは考えるまでもない。「第二の被害者は、たま結衣子ゆいこさんの予定だったんだ。だが――」

「そうですよ」恭子きょうこが珍しく他人の言葉を遮る。「美築みつきは裏切った。301号室にたまちゃんを呼び出すって話だったのに……あの日、たまちゃんは301号室に現れなかった」


 美築みつきが私を助けようとしてくれたから。


 あの日の電話……あの日の美築みつきとの会話を思い出す。


――いや……なんでもないよ――


 長い沈黙の後の、あの言葉。


 それは……葛藤の末の言葉だったのだろう。私を殺すか否か……悩み抜いての言葉だったのだろう。


 そして美築みつきは……


「自首するって言い出したんです。私たちがやったことをすべて警察に話すって」……それは……おそらく本心ではない。美築みつきの狙いは……「そんなことを言えば、私が美築みつきを殺しやすいだろうからって」

「……」ねこ先輩でも、まだわかっていないことがある。「気になっていたことが1つある。どうしてキミは草薙くさなぎさんと協力関係にあったんだ?」


 恭子きょうこの狙いは美築みつきを殺すこと。


 美築みつき自身は……どうして恭子きょうこに協力していたのだろう。自分の父親が恨まれていると知らなかったのだろうか。


美築みつきのことは、前に一度殺そうとしたんです。中学生のときに」……私が出会うより以前に……「その時に私の犯行動機も教えたんですよ。そしたら美築みつき……協力するって言い出したんです」

「……協力。復讐の協力か」

「はい。私の母を自殺に追い込んだ人たち……残りの2人を殺す手助けをしたいって。それで……最後に自分を殺せば良いって言ってました」


 ……


 私でも、そうすると思う。私が恭子きょうこと先に出会っていたとしても、美築みつきと同じ行動をしただろう。


 私はたぶん……美築みつきを殺していた。美築みつきのように踏みとどまれなかっただろう。


美築みつきの誤算は……たまちゃんを本気で好きになってしまったことです」私のことを……「要領も頭も悪くて……記憶力もない。おっちょこちょいで穏やかで優しくて……そんな世話のかかる妹みたいなたまちゃんのこと……殺せなかったんだと思います」


 ……私のことを、殺せなかった。

 

 だから代わりに美築みつきが死ぬことになった。

 

 ああ……


 私が殺されていればよかったのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る