第40話 打ち切りだ

 5月23日の講義動画を見終わって、ねこ先輩が言う。


『ハッキリ言ってお手上げだね。尸位しい先生殺害の方法、それがわからない』ねこ先輩にわからないのだから、当然私にもわからない。『惜しいところまでは来ているはずなんだがな』

「惜しいところ、ですか?」

『ああ。キミの発想でおそらく確定だろう』


 ……


 私の発想というと……


「犯人はなんらかの方法で、尸位しい先生が11時10分頃まで講義をしている動画を手に入れた……ということですか?」

『ああ。わからないのは、そのの部分だ』


 動画の撮影をお願いしたところで受け入れられるわけがない。


 なのに、犯人はその動画を持っていた。


『まぁ、その方法は考えておくとして、今は次の話題に移ろう』次の話題? 『尸位しい教員の本当の殺害時間だ』


 11時9分よりも先に殺されていたはずなのだ。問題はいつなのか。


『僕の調査によると、当日の朝は実際に尸位しい教員の姿が確認されている。他の教員からの話だから間違いないだろう』いつの間にか、そんな調査までしてくれていたらしい。『最後に目撃されたのが10時頃。つまり尸位しい教員の本当の殺害時刻は――』

「10時から11時9分」


 1時間とちょっと。


 その間に尸位しい先生は殺害された。


『その時間が割り出せたら十分だ』

「そうなんですか?」

『ああ。尸位しい教員殺害の日の10時から11時9分に研究室に立ち入り、そして301号室の事件前に学校にいた人物。その人間が犯人だ。301号室のほうはともかく、教員の研究室にまで行く人間はそう多くないからな。かなり容疑者が絞り込めるだろう』


 たしかに……わざわざ教職員の研究室に行く用事もないよな。

 しかも当時はオンライン授業の真っ最中。そもそも……1人くらいしかいないのではないか。


 だけれど……


「それは……2つの事件が同一犯だった場合、ですよね」


 もしも美築みつき殺害事件が別の犯人による反抗だったなら、その理論は成立しない。

 

 いや……尸位しい先生殺害の犯人はわかるかもしれない。だけれど、私が知りたいのはそっちじゃない。


 美築みつき殺害の犯人が知りたいのだ。


『ハッキリ言おう。僕の能力では、今の状況で同一犯かどうか特定することはできない。すでに僕は、犯人に負けている』勝ち負けじゃないと思うけれど……『どうやら犯人は僕より賢い。そして……』

「そして?」

『何度も言うが、僕は探偵じゃない』それは知ってる。『だから……100%の確証がなくても良いんだ。非常に正解である確率が高い推測ができれば、それで良い』


 アニメやドラマの探偵のように、完全なる証拠なんていらない。


 ただ……80%程度の推測で良い。だってねこ先輩は探偵じゃないんだから。


 最初からそう言われていた。80%の推測。それを求めてねこ先輩を頼ったはずだ。


『これからは地味な捜査になる』

「地味な捜査、ですか?」

『ああ。ドラマやアニメだったらBGMがメインになって、ダイジェストに省略される部分だ。しかし、実際の捜査ではその部分がもっとも大切になる』


 地味な部分が大切、か……


 そんな気はする。


 じゃあその地味な捜査に私も協力、なんて思っていると……


『そんな地味な捜査をするつもりはない。ここで捜査は、打ち切りだ』


 ……


 そんなことを、ねこ先輩は言い始めたのだった。

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