第21話 カッコいいカッコいい

 カーテンに仕切られているので、保健室全体の様子は見渡せない。


 だけれど音で誰かが保健室に入ってきたのは読み取れる。


「……どうかなさいました?」


 保健室の先生の声だ。


「こういうものなんだけど」こういうもの……警察だろうか。「ここに事件の第一発見者がいるって聞いたんだけど」

「……? 事件? 第一発見者?」まだ保健室の先生は事件のことすら知らないらしい。「……なんの話ですか? ここは体調不良の子が来るところなので……あまり騒がないでほしいんですが……」

「はいはい」取り合う気はなさそうだった。「こっちかな……?」


 そんな声とともに、無造作にカーテンが開かれた。


 警察官が2人、保健室にいた。


「ちょっと……!」保健室の先生が警官の肩を掴んで、「やめてください……その子は……」

「第一発見者でしょ?」警官は私を見て笑う。「それとも……証拠隠滅してたのかな?」


 ……証拠隠滅……?


 というかこの2人……


「お久しぶり、たま結衣子ゆいこさん」この間、私の家に調査しに来た2人だよな……「ちょっと事情を聞きに来たんだけど……いいかな?」


 事情……


 また私、疑われているのだろうか。


 そりゃそうか。第一発見者だもんな……珍しく朝早くから学校に来て……怪しいったらありゃしない。


 気が動転して言葉が出ない。このまま捕まったほうが楽になれるなんて思っていると、


「少し時間をおいてほしいですね」ねこ先輩が警官の前に立って、「見ての通り、彼女は心を痛めています。しばらく安静にすべきだと思いますが」

「そうだね、演技がうまいね」相変わらずニヤニヤしているのが腹立つ。「証拠隠滅のためにガラスを割ったんでしょ? それでロープも切って、それから保健室に逃げ込む。そうしたら調査されないと思った?」


 ……完全に疑われているな……今回に限っては疑われるのもしょうがないだろう……証拠隠滅とか言われても仕方がない。


「なにが言いたいんですか?」


 見るからに怒っているねこ先輩だった。


「そっちの女の子が殺したのか、ってこと」

 

 その言葉を聞いて、ねこ先輩が一歩踏み出して警官をにらみつける。


「いい加減にしろ。それ以上彼女を傷つけるなら出て行けよ」

「おお……」完全に相手を見下している警官だった。「カッコいいねぇ……なにキミ。そっちの子の彼氏?」

「違う。だからなんだ?」

「いやぁ……最近の子は彼女以外にもそんな言動をするんだね。カッコいいカッコいい」

「自分の恋人以外には優しくしないのか?」ねこ先輩も挑発返しはお手の物である。「だからキミたちには恋人がいないんだよ」


 恋人がいない、というのは図星だったらしい。


 警官は一気に不機嫌になって、


「なんだお前……仕事の邪魔をするなよ。俺たちは今から、そっちの女を取り調べるんだよ」

「もう少しあとにしろと言っている。彼女は――」


 ねこ先輩が私の顔を見て、言葉を止めた。


 警官たちも私を見てギョッとした様子だった。


 自分でも、自分が泣いていることくらい把握している。涙が頬を伝って地面に落ちていた。


「やっぱり……」その言葉を聞いてしまってから、涙が止まらなかった。「美築みつきは……助からなかったんですか……?」


 殺した、と警官は言っていた。

 もちろん私は美築みつきを殺していない。だけれど……警官は殺したという言葉を使ったのだ。つまり……


 美築みつきの命は、もうこの世にはないということだ。


 私の頭にあるのは、それだけ。

 疑われていることとか今はどうでもいい。ただただ……私の親友がこの世を去ってしまったことだけが悲しかった。


 ……もう少し早く私が気づいていたら、助かっていただろうか。朝、学校に来た時点で気づいていたら……


 そんな事を考えても仕方がない。


 もう美築みつきはいない。


 ただ……それだけ。

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