第10話 二度目、だね

 昼時ではない食堂には当然、人が少ない。それくらいのほうが私としては気が楽だけれど。


 少ないとはいえ、数人の学生が食堂で食事やら軽食やら飲み物やら……各自が注文したものを口に入れていた。


 私は食券でオレンジジュースを注文した。恭子きょうこはコーヒーだった。ここにはいないが、美築みつきはココア派である。


「食堂に来るのも久しぶりですね」恭子きょうこは窓際の席に腰掛けて、「なんだか懐かしいです」

「そうだね……」


 うちの食堂は結構広い。味は……まぁ良くはないが、値段が安いので学生としてはありがたい。


「最近、どうですか?」恭子きょうこはコーヒーを一口飲んで、「なにか、授業でつまづいているところはありますか?」

「多すぎて困ってるよ……」


 どこもかしこも理解できない。とくにオンラインになって苦手科目でおいていかれることが多くなった。


「……正直、オンライン授業は先生方も不慣れですからね。ついていけなくなった人は多いと思います」

「そっか……」オンライン授業も良いところばかりではないんだな。「……恭子きょうこは……なんでついていけるの? 恭子きょうこだけじゃなくて、オンラインでも授業について行ける人は……どうしてついていけるの?」


 対面授業でも同じことが言えるけれど。


「月並みな言葉を言いますが……予習が大きいです。簡単にでも良いので教科書を読んだり……その分野について調べることが重要です」

「予習かぁ……そんなに効果があるの?」

「ありますよ。映画のストーリーを例に出すと……初見のときと、二度目の鑑賞……どちらが理解できると思いますか?」

「……二度目、だね」それはもう理解の効率が違うだろう。「そうしたら……授業を聞いただけで理解できるようになるのかなぁ……」


 頭の良い人は、授業を一度聞いただけで内容を理解してしまう。私は到底そんなことはできないのだけれど……


「どうなんでしょうね……」恭子きょうこもわからないらしい。「私も……一度では理解できないことも多々あります。その場合は復習しますし……」

恭子きょうこは熱心だね……」

「ありがとうございます。どこかの誰かに勉強を教えないといけませんからね」

「……ごめんなさい……」


 私のために予習復習をしてくれていたようだ。本当に頭が上がらない。


 そんな会話をしつつも、私は少し居心地の悪さを感じていた。


 ……

 ヒソヒソと、噂話をしてるのが聞こえてくる。私のほうをチラチラと見ては、なにかしらしゃべっている。


 陰口を叩くのなら聞こえないようにやればいいのに……少しばかり聞こえてきてしまう。


「……Tさんって、あの人?」「そうだよね……珍しい名前だもんね」「じゃあ犯人って……あの人?」


 かなり直接的に犯人って言ってるな……やっぱり私、疑われているのか……


「……気にしないでいいと思いますよ……」当然、恭子きょうこにも聞こえている。「たまちゃんが犯人じゃないのは、知ってますから。そんなことができる人じゃないですし……そもそも家から犯行現場が遠すぎます。誰にも見つからずに移動するのは不可能です」


 私もそう思う。どうして私が疑われているのか……意味がわからない。私でも私が犯人じゃないことはわかる。


「とはいえ……疑われるのは面倒ですよね……」

「……それは、そうだね……」どうしたら疑われなくなるのか……「……真犯人を見つけちゃえば、もう疑われないよね……」

「それはそうですけど……」恭子きょうこは言う。「尸位しい先生……自殺なんじゃないですかね……」

「え……?」


 意外な言葉に頓狂な声を出してしまったが……考えてみれば自殺の可能性は高い。


「そっか……だって犯行時間には誰も尸位しい先生の研究室に入ってないんだもんね」

「そうですよ。オンラインで人が殺せるなんて……そんなことをニュースで放送して、それを信じるのがおかしいと思います」


 それもそうだよな……やっぱりテレビで放送するのが一番おかしいと思う。信じるのもどうかしていると思うけれど。


 ともあれ……


「じゃあ、自殺の証拠が見つかれば私の疑いは晴れるよね……」

「そう思いますけど……でも、そんなのは警察の仕事じゃないですか?」

「それはそうだけど……」


 正直言って、あんまり頼りにしていない。セクハラのときも対応してくれなかったし……今回私のことを聞き取りに来た警官も態度が悪かったし……


 その経緯を恭子きょうこも知っているので、


「……では、探偵に依頼するとか……」

「探偵かぁ……」

「はい。近くに評判の良い探偵事務所があったと思いますが……」

「ああ……みなと探偵事務所?」たしかに評判はかなり良いんだが……「少し前から留守なんだよね……今も人がいないみたい」

「なるほど……他の事件の調査、ですかね」

「だと思うよ」


 みなと探偵事務所がダメとなると、他に探偵なんてこの町にはいない。いや、いるのかもしれないが、私のリサーチ能力では見つけられなかった。


「私が協力できれば良いんですけど……」恭子きょうこはコーヒーを飲み終わって、「最近……少しばかり忙しくて……」

「ああ……そうなんだ……」恭子きょうこに協力してもらえれば百人力だったのだが……「うーん……じゃあ、どうしよう」


 恭子きょうこもダメなら美築みつき……いや、体調不良の人間に手伝ってもらうのも忍びない。


 誰か他に頼れそうな人はいただろうか……私一人だと話にならないし……


 賢そうな人……そしてパソコン関連に詳しそうな人……


 ……


 そういえば……いたな。


「……くろねこ先輩、とか?」

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