第6話 アホのTさん

 オンライン会議で、人が殺せる?


 このテレビは本気でそんな事を言っているのだろうか。最近のテレビは評判が悪いことが多いけれど……どうなのだろう。


 名前を書いたら人が殺せるノートじゃあるまいし……オンラインで人が殺せるわけもないだろうに。


『もしもですよ』本気なのかふざけているのか、司会者は続ける。『最近の感染症対策で、オンライン化が進みました。各国の首脳とかがオンラインで対談したりもしましたね。企業のトップとか……偉い人も当然オンラインを使っています』


 外出自粛やらがあったからな……出歩くときは肩身が狭かった。


 ……


 私は……なんとかは風邪をひかないと言われるタイプの人間だったので、この一連の感染症騒動の間も元気そのものだったけれど……


『もしもそのオンライン会議で人が殺せるのなら……これはとんでもないことですよ』……それは、そうだろう。『オンライン会議を繋いだら最後、もしかしたら殺されるかもしれないという恐怖にさいなまれることになる。実際にこうして死者が出ているわけですし……』


 実際にって……尸位しい先生がオンライン会議で殺されたとは限らないだろうに。


 ……とはいえ殺害されたであろう時間に誰も尸位しい先生の研究室に入っていなかったのならば……たしかに殺害方法がわからない。


『この殺人ですが……』司会者は専門家に話を振る。『どうですか? オンライン会議で人を殺す……ありえますか?』

『可能性がゼロとは言い切れませんね……』言い切ってくれよ。『例えば相手のパソコンに大量の画像データや動画を送り付けて発火させる、という方法も考えられます』


 ……発火……

 画像データくらいで発火するのか……? 専門家が言うのだから、ありえるのだろうか……


 さらに専門家は続ける。


『ウィルス攻撃の可能性もありますね……ほら、最近のパソコンやスマホは家電にもつながると言うじゃないですか? それらを遠隔で操作して――』


 ……ありえないような気がするんだけどなぁ……


 なんだか議論についていけなくなったので、私はテレビから意識をそらした。


 ……


 オンライン会議殺人事件……オンライン会議で繋がった相手を殺す。


 そんな事が本当に可能なのだろうか。もしも可能だとしたら……今やっているオンライン授業は大量殺人の場に成り代わる可能性がある。


 ……わからん……難しいことを考えるのは苦手だ。


『さて気になる犯人像ですが……』テレビの話題が犯人探しに移る。『この尸位しい先生なんですが……調査によると学生に対するセクハラを行っていたとか……』


 パワハラとセクハラの二刀流である。私も被害を受けたから知っている。


『そのセクハラの被害者であるTさん……その人が怪しいんじゃなか、という噂ですね』


 Tさん……たちつてと……

 

 ……

 

 ……たま……? 私もTさんだけれど……


『このTさん……調査によると成績がギリギリらしくて……その辺のストレスが引き金になったんじゃないか、という噂もあります』

 

 アホのTさん……なんか私みたいだな。


『交友関係も狭く、直情型というか……冷静さを失うと行動力が増すというか……そんな人物だったみたいですね』


 ……私、なのだろうか。冷静さを失ったら行動力が、増すのだろうか。覚えていないが……


『このTさん……結構珍しい名字みたいですね。イニシャルにして隠していますが……』


 私じゃん。たまって名字は私以外知らない。みんなが高確率でたまちゃんと呼んでくるこの名字……かなり珍しいはずだ。


 アホで成績ギリギリで珍しい名字のTさん……


 ……やはり、私では?


 なんてことを思っていると、


「っ……!」

 

 インターホンの音にビクッと体を震わせてしまった。


 どうやら来客らしい。テレビを消して、玄関を開けると……


「こんにちは」明らかに警察官であろう男性が2人立っていた。「たま結衣子ゆいこさん、ですね」

「は、はい……」フルネームで呼ばれるのは久しぶりだった。「あの……なにか?」

「警察です」見ればわかる。「尸位しい先生のことでお話を伺いに来ました」


 ……


 ……


 やっぱり、疑われているのだろうか……

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