オオガタ作戦しゅうりょう中

 五人で相談してどのルートを通るのがいいかを考えた。脱出後の移動を考えれば俺とコウイチが作った後ろ側のルートは選べない。ならばダイチかリエカが通ってきたルートを通ることになる。どちらも真正面、六時方向への距離は同じだ。なら、外に出たときにキノコ怪人におそわれる可能性の低いほうを通りたい。


 しぃなのまとめた情報によると、突入時の敵戦力は約四割がおれに引っ付いて来ている。ということは十時方向と同じ側のリエカが作ったルートの出口のほうが危険度が高い、ということになる。


 そういう訳で俺たちはダイチの作った道を進む。ショットガンでボロボロに崩れた通路はまるで坑道のようなおもむきがある、気がする。


 激しい戦いの後だからか、みんな黙りこくってただ歩いていた。


 時々、床がうねるように動く。そう、ここはカベだらけで明るいとはいえ、一応キノコ怪人の体の中なのだ。油断は禁物。


「そういえば、ずっと気になってたんだけど……、なんで中明るいんだろうね?」


 しんがり約のダイチが本当にふとといった調子でいう。


「あんがい、中に入ったボクたちを見てるとかだったりしてね」


 アハハハ、そんなことないよね。とコウイチが軽口を叩いた。だけど、こういうときのコウイチの勘は割と当たるのだ。


「コウイチ、それシャレになってないけど……、多分あってると思うわ」


 ヤレヤレとでも言いそうな口調でリエカがそういった。俺も同意見だ。


「まっさかぁー?」


 冗談でしょ? という言葉は続かなかかった。なぜかというと、うにょんっ! と床が大きく波打ったからだ。


「走れっ――!」


 不安定な足元が敵の意思で動くと仮定すると、コレは本当にのっぴきならない。


 ので、俺は叫んで、少し後ろへ下がってコウイチの手を捕まえる。後ろから追い上げてきたリエカとコウイチが手をつなぐ。リエカとダイチは手をつないでいるから、これで四人全員が手をつないだ。


 こんな場所に誰一人おいていかない! エノキタケ怪人の腹の中におさまるのなんて、まっぴらごめんだ。


 うねうねと床が動いて、足場が悪い。だけど、ここで止まるわけにはいかない。だからおれたちは無理にでも足を進める。ときどき誰かが転びそうになる。そんなときは前後の二人が手にギュッと力を入れてフォローするのだ。少しでも失敗すると共だおれで全員転ぶことになるけど、大丈夫、俺たちならできる!


 そのうち動くのは床だけじゃなくなってきた。出口まではもう少しだっていうのに、カベがドックンドックン脈打ちだした。


 カベも動くとなるとマズイ。とてもマズイ。


 だって、カベが動くのなら真っ先に穴を直す。ばくだん導線が通っているから道を見失うことはない。だけど、カベ破りに手間取っているとそのまま吸収されかねない。


「みんな急ぐぞ――!」


 ぎゅぅっとにぎった手へと力が入る。先へと進む足へとさらに力をこめた。


 みんなで手をつないでいるから、片手が開いてるのは先頭のおれとしんがりのダイチだけ。つまりとっさに動けるのはおれとダイチの二人だけってことだ。先へと進みながらさやにしまったキノコ切ミライを抜刀する。ゆれ動く床の上を走りながら、うごめくカベが穴をふさぎ始めないかを注意して、どんどん横穴を通りぬける。


「わっ!? このっ、なんなのコレ?!」


 ぐいっと、体が後ろに引っ張られて急停止した。


 振り返ると、リエカの足に何かが巻き付いてる。おれは急いでかけてよって、その触手のようなものを刀で切払う。


「あ、ありがと。助かったわ」


 どうもさっきからリエカが弱気になっている気がしてならないが、とりあえずうなずき返して、また先頭に戻り走り出す。


 やっぱりこのエノキタケ怪人はおれたちのことを見てる! 今の動きでそう確信した。とすると、何か先にワナがあるかもしれない。用心するにこしたことはないな。


 ボゴォ!! と後ろからものすごい音がした。足を止めないまま反射的に振り返る。後ろのカベをぶち破ってふとく、うねるしょく手が数本こちらへと突げきしてきている!


「なぁっ――?!」


 予想外の出来事にみんなの足が止まって、俺の体もまた止まる。ぎゅっと、手を引っ張った。我に返ったコウイチがリエカの手を、リエカがダイチの手を軽く引っ張って、おれたちはまた走り出す。さっきよりもかける足は速い。


「何なのよ?! あれ……! あんな、ぶっといの!」


 リエカが半べそで泣いていた。泣きながらもしっかり走っている。その後ろからダイチの、「だいじょうぶ、だいじょうぶだから、おちつこう?」というなだめる声も聞こえてくる。


『みんなもう少しで外につく、がんばって』


 しぃなの声と共にようやく目的の場所が見えてきた。


「ひ、光――! やっと出られる……!」


 コウイチのほっとした声に、

「気を抜くなよ、外だってキノコ怪人だらけだぞ」

 班長として一応注意するけれど、気持ちとしては俺も同じだ。


 そして、外への横穴の前に真下からきわめてふとく、がんじょうそうなツルが生えてきた。


「ここにきて新手とか……! ほんとなんなの!」


 おれたち全員の心の声をリエカが代弁する。


「全員、散開! 発火弾の使用を許可する! 目の前の敵をたおすぞ!」

「了かい!」


 手を離すと同時に刀をさやへと戻し、代わりに愛用のSデザートSHI-Kを取って安全装置を外してスライドを引く。


 四人で四方向へと散らばる。扇形の陣形だ。正面右よくが俺、正面左よくがコウイチ、右がリエカ、左よくがダイチだ。


 生えてきたふっとい触手に向って、全員で発火弾をこれでもかと打ち込む。


 キノコ怪人特有のぱさぱさ感がいまいちないため、中々うまく燃え上がらない。質感がずっしりとしていたから、もしかしたらと思ったが……。


「くそっ……!」


 毒づいてから視線をダイチへと伸ばせばアイコンタクトが成立した。そうこういうときの作戦その一だ。


「コウイチ、リエカ、先に行け!」

「ぼくたちがおさえるよ!」


 銃でたおすのをあきらめて、刀を抜いて相手へと接近し注意を引きながらふたりに伝える。


「なっ……! でも……!」

「行くわよ、コウイチ!」


 陣形を崩して、おれとダイチが突出する。その間にリエカがコウイチと合流して、異をとなえるコウイチの手を引っ張った。


「問題ない、すぐ追いつく。だろ? ダイチ」


「そうだね、足止めして、二人が外に出たら、すぐ追いかけるよ。大体、外だってキノコ怪人だらけだし……、二人だけじゃしんどいでしょ?」


 二人して触手へと攻げきを加えながら、コウイチに軽口を叩く。


「……! 分かった。絶対だよ!」

「まかせろ」


 横を通り抜けていく二人を触手から守り、刀で触手を受ける。おれの筋力じゃ受け太刀するのは難しいから、守らない戦い方をするように米内よねうちさんに訓練されたけど、そんなこと言ってられる場合じゃない!


 何本かの触手を受けて切払い、二人の進路を確保するも、一本後ろに抜けられた! 


 バガンッ! とショットガンの音が広がる。


「サンキュ」

「班長さんを助けるのは当然だから」


「そりゃありがたい、なっ!」


 ダイチに後方支援をまかせて、おれは謎の触手に向かってどんどんと切り込む。


『コチラしぃな。その触手は、エノキタケ怪人の消化器官。つかまるとどこか別の場所に連れてかれて、おいしく頂かれる。注意して』


 しぃなの情報支援が入った。しかし、現状分かったところで何のなぐさめにもなりゃしない……!


「ヒトヨシ、了かい……!」


 ちらりと横目にコウイチとリエカが横穴から脱出したのが目に映る。


『コチラコウイチ、リエカちゃんといっしょに脱出に成功! 外はキノコ怪人だらけだ……! ヒトヨシくんたちも早く来て!』


『コチラダイチ。了かいだよ、これから追いかけるね』


 コウイチから通信が入った。触手の猛攻を紙一重でよけて刀による反げきを加えるおれに代わってダイチが返答出してくれた。助かる……、がこのまま簡単に外に出られるとも思えない。取りあえずは後退してダイチと合流する。


「さてと、で。どうやって足止めなしで向こう側に通り抜ける?」


「どうしよっか? ばくだん使えれば楽なんだけどね……」


 少し距離が遠くなったせいか、触手の動きは少しだけ緩くなった。ただ、ここから出口に向かって移動を始めればすぐにはげしくしかけてくるのは目に見える。


 おそい来るヤツらを刀で適当にあしらいつつ、ダイチの言葉を反芻してみる。


「ばくだん、か……。いや、使えるばくだんなら一つある!」


 こしのホルダーからフラッシュグレネードの筒を取る。一つをダイチに投げ渡す。


「これでも……、音と光で相手を怯ませるやつでしょ?」


「そう。んで、この中が明るいってことは……、おそらくだけど何かの可視光を使っておれたちのことを見てるはずだ。じゃなきゃこんなに明るい必要はないからな」


 たしか、深海には狩りのために自ら発光してる変な魚とかイカとかがいるって図鑑に乗ってたような気がする。多分こいつらもそれと同じようなモノだろう。ついでに言うと建物の中が明るければ、よっぽどじゃなければ安心してしまうのも関係あるのかもしれない。


「そっか……! キノコ怪人たちは光と音でぼくたちのことを見てるんだね……! なら確かに……!」


「一、二、三。で同時にピンを抜いて上に投げる。オーケー?」


「了かい!」


 ダイチと示し合わせると同時におれは刀をさやへ戻して、もう一歩太い触手が生えてる床から距離を取る。


「一!」


 しせいを低くして全力疾走の準備。


「二!」


 ダイチの声と共におれは触手に向ってもう突進する。


「三!」


 かけ声を叫んで、フラッシュグレネードを上へと投げ上げる。


 直後におれに向って触手がするどい勢いで飛んでくる! 口を開けて、耳をふさぎ、目を閉じてその場にうつぶせにたおれこんでかいひする。


 パァッ! と空中が光った。はずだ。いや、目も耳もふさいでるし良く分からない。けど、きょうれつな光が出たであろう。なんとなくいっしゅんだけ暖かかったし。


 ゆっくりと目を開ける。目の前の触手はぐねぐね、その場で動いていた。俺のほうには一向によってきていない。


 作戦成功だ!


 すぐさま立ち上がると、しゃがみ込んで耳をふさいで首を下げたダイチの肩を叩く。


 はっとしたダイチがすぐに顔を上げて、立ち上がった。


「成功、みたいだね」

「あぁ! 今のうちに逃げるぞ!」


 うなずき合って、全力で横穴へと走る。


 触手はムチャクチャに動き出した。だけど、こちらを攻げきしようというよりはただやみくもに体を振り回しているといった感じだ。現に俺たちにはかすりもしていない。


 そのまますぐ横を通り抜けて明かりが差す横穴から脱出する。


 何時間かぶりの太陽の光は思ったよりもかたむいていた。時刻を意識すると現在時刻はすでに十六時を回っていた。午後四時過ぎだ。つまり、おれたちは六時間ほどもキノコ怪人の体内にいたことになる。


「ふぅ……、ふぅぅ……! 出られたね」


「だな。でもまだ気を抜くなよ、コウイチたちと合流して、むかえの車が来るまで持ちこたえないとだからな」


「了かい!」


 少し遠くでうじゃうじゃしている普通のキノコ怪人たちの群れを見ながらおれは音声チャンネルをオンにする。


「コチラヒトヨシ、ダイチと共に脱出に成功。そちらに合流する、場所を指定してくれ」


『コチラリエカ。現在地点は……、ポイントAの近くよ。こっちからむかえの要請だしておくから、あんたらは早くこっちに来なさい! 遅いとおいてくわ!』


「コチラヒトヨシ、了かい!」


 どうやら外に出てリエカの調子も戻ってきたらしい。


 おれとダイチはキノコ怪人の群れに見つからないうちにその場をはなれて、迂回しながら合流ポイントAへと向かう。


 だが、どこもかしこもキノコ怪人がうじゃうじゃいて中々前に進めない。


「どうしよう……、これじゃあちっとも進めないよ……」


 ビルのカベから道路のほうに首を伸ばして辺りを見ていたダイチの困り声。


「敵の真ん中を突っ切るか、さらに大周りに移動するか……」


 頭の中にあたりの地図を再現しながら口の中でとなえる。あまり米内よねうちさんを待たせてしまうと、米内よねうちさんが空散菌糸気管支生育症でたおれかねない。だから多少のリスクを覚悟してでも早く進めるならば敵のど真ん中を突っ切てしまったほうがいいとは思う。が、そもそもキノコ怪人の数が多すぎて中央突破で進めるとも思えない。


『コチラしぃな。ヒーチャン班長さんとダイチのところに最短ルートを送った。偵察用のドローンで空からキノコ怪人の少ないルートを探した。途中途中で小さい敵の群れにぶつかると思うけど、数はそんなに多くないから大丈夫のはず』


 通信と共におれのサングラスの左半分にピピッと地図が映る。町の略図に赤い進路マークがついている。


「コチラヒトヨシ。地図受け取った、サンキュ」


 ダイチと顔を見合わせてうなずき合い、しぃなから送られてきた進路通りに進みだす。


 途中途中で、少数のキノコ怪人と鉢合わせ、これをげき退。その後も道のりに不備はなく、おどろくほどスムーズに先へと進めた。上から見るのと地面から見るのじゃ、やっぱり正確度が全然違うな。あちこちの道を見て回ったと思ったけど、小さい通り道がこんなにたくさんあったなんて全然わからなかった。


 それから十五分ほどで、おれたちはポイントA地点にたどり着く。


「無事でよかった……!」


 キノコが大量に生えた石垣のかげに隠れているおれとダイチにコウイチが飛びついてきた。周囲を確認しながらリエカが後を追ってくる。コウイチほどじゃないけど、どうやらリエカも気が気じゃなかったらしく、ほっとした顔をしている。


 それから、ギャリギャリっ! とタイヤのこすれる音がした。びっしりとキノコにおおわれた無人の民家の庭から顔を出せば、米内よねうちさんが運転する軍用車が近くに止まる。


 一斉に走り出して車により、外からドアを開けてすばやく乗り込む。


「ごくろうさん。全員乗ったな、急ぐぜ!」


 ドアを閉めれば、米内よねうちさんがすぐさまエンジンをかけなおしてハンドルを回す。体が回転方向にぐぐぅと引っ張られる。車のまどからエノキタケ怪人の巨大な白い姿が見える。


「よーく見てなさいよ」


 おれがエノキタケ怪人を見てるのを察したリエカが、右うでの機械のボタンを押す前にそういった。


 そして、一拍いっぱく

 どかんっ! と音がひびいた。


 少し距離があるから、振動までは流石に届かないけど、それでもすごい音がした。


 そして巨大なエノキタケ怪人の白い体がぐらぐらとゆれて、それからかしぐ。


 とてもゆっくりと、かたむいて、かたむいて、かたむいて。ずずぅとたおれていく。


 縦に伸びた白いかたまりがキノコにおおわれた低い建物たちを押しつぶす。何十トンもあるモノが横だおしになってぐしゃぁ、と古い映画でしか見たことのないいきおいで街がこわれていく。


 砂ぼこりが上がる、砕けたキノコの欠片が舞い上がる。


 その光景に釘づけにされた。

 これを成し遂げたのは自分たちなんだ、とやりとげた実感が沸いてくる。


「や、やったんだな……!」

「そうだよ! ボクたちがやったんだ!」


「す、すっごいねぇ」

「どうよ……! この完ぺきに計算された建物のこわし方は!」


 何もなくなった場所をじぃと見続ける。さっきまであったバカみたいにでっかいモノは俺たちがたおしたんだ……!


 気持ちが高まってどうしようもなくなる。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ! やったぁぁぁっぁぁぁ!」


 気が付けばおたけびのような叫び声を上げていた。


 びっしりとキノコが食い尽くした街の空に、叫び声がとどろく。


「わぁぁぁぁっぁぁあ!」

「やっだぁぁぁあああああぁぁ!」

「うるっさいわね! なんなのよ!」


 つられてコウイチとダイチも空に向かって叫びだし、リエカが耳をふさぐ。俺もうるさいとは思う、だけど、こんなのおさえられない……!

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