コウジョウ戦線けいぞく中

 俺たちは三角形の陣形を取って、お互いに銃口と切っ先を向け合う。ジリジリと、背中側にすがたを見せるそのときを待っているのだ。


 今か、今か、今かと待つ。すがたが出てきてすぐにあいつらをたおせるようにギリギリまで体を張りつめる。頭をおさえられたバネみたいなものだ。飛び出すために力をためて、ためて、そのときをただ待つ。おさえられた頭が自由になればバネはビヨーンと飛ぶ。俺たちもそれと同じ、出てきたと同時に体がはねるんだ。


 そなえて待つ時間はすごく短いはずなのに、途方もなく長い気がしてくる。


 じれったいけど、あせっちゃいけない。昔の人も言っている、急いては事を仕損じる、と。


 ゆっくり、ゆっくりと長く長く息をはいて、それからゆっくりゆっくりと息をすう。


 ぐぐぅ、とコウイチの背中の床がゆがんだ。


 今だ! と俺の足は床を強くふみこんで、けりとばす。ぐぅっと一気に加速して、ほとんどたおれこむような格好で、前へ目がけて進む。


 変な表情をしたコウイチとすれ違う。同時に刀を下段から切り上げる。ぐぐぅと盛り上がった床がすぅと水平に動いた。


「なぁっ――!?」


 切り上げた刀のき道からすがたを見せ始めたツキヨタケ怪人の体が逃げていく。そして同時に正面にもツキヨタケ怪人のすがたが盛り上がってきた。


 これは――、二段構え……!


 飛び出すのに勢いをつけすぎている俺は、目の前に出てきた相手をよけきることが出来ない。もちろん、切り上げた刀を振り下ろすのも間に合わない。間合いが近くなりすぎた。


 そして、俺の攻げきをよけたもう一匹のツキヨタケ怪人は完全に真後ろを取っているはずだ。


 つまり、ハサミうちにされた!

「チッ――!」


 舌打ちして無理やり刀を振り下ろした。刃は手元近くで、ツキヨタケ怪人のほっそりしたカサを半ばまで切る。だけど、それじゃあダメだ。


 頭部が二つになったツキヨタケ怪人の白い手がうにょんと俺を捕まえにかかる。そう、キノコ怪人は頭を割ったくらいじゃびくともしない!


 バガンッ! と背後で銃声が鳴った。きっと後ろを取ったヤツにダイチがショットガンをぶっぱなしたんだ。


 前後からの攻げきにさらされなくて良くなるのはありがたいけれど、俺はもうツキヨタケ怪人の手に取っつかまってしまっている。


「くそっ! はなせ、このヤロウ! 白い顔、ほそっチョロイ体の割になんてバカ力してんだ、このくそキノコ!」


 万力のようなキノコ怪人の手が俺の両手をつかんで離さない。縦に振っても、横に揺すっても、胴体にけりを入れてもびくともしない。やっぱりこいつら痛覚がないとしか思えない!


 パカンパカンッ! と二度銃声がなった。同時にツキヨタケ怪人の両手が胴体から離れて砂のように崩れていく。


 おれは思い切り胴をけりつけて後ろへと飛び、転がって後退する。


「サンキュ、コウイチ。助かった」

「おとり戦術だよね……?」


 S-SHI-MJアサルトから手を離してSデザートSHI-Kをかまえたコウイチが心配そうに横に並んでいた。


「まさか……? そんなことってあるの?」


 ジャギンっ、とショットガンをリロードしながらダイチが首を振った。


「もしかすると、アイツ、全部の個体がつながってるって可能性があるな」


 もし、仮に今までたおした三匹の情報を目の前の三匹も持っていると考えれば、真っ先におれを狙ってくるのは理にかなっている。何せ、たまたま運が良かっただけとはいえ、三匹を切ったのは紛れもなくおれなのだから。


「キノコ怪人が学習する、ってこと?」

「それはやだなぁ……」


 おれは二人の言葉に取りあえずうなずいた。そしてはたと気づく。


「今、目の前に出てきたのは二匹だけか?」

「そうだったけど……? ……まさか?!」


「コウイチ任せた!」


 言葉と同時にコウイチはうなずいて、となりの部屋へと大急ぎで駆け出す。ダイチは状況が良く分かっていないらしいく、困った顔をしている。が、それでも今はコウイチの背中を守ることが必要とさっしてくれた。


 コウイチの背中を送り届けてから、ダイチが聞いてくる。


「何でコウイチくんを行かせちゃったの?」


「三匹いたうちの二匹しか仕かけてこなかったなら、もう一匹は一体どこ行った?」


「それは、こっちのスキをうかがってぼくたちの行動が崩れたところを……?」


「確かにその可能性も高い。でも、となりの部屋には今リエカ一人しかいない。しかも、もうこっちには来ないと油断してる」


「そ、そっか……!」


 そう、三匹が学習していて、この状況をうまく作り出していたならば、コチラを陽動として一人のリエカをおそいに行く、という選択も十分に考えられるのだ。


「さてと、ダイチ正念場だぞ」


 話してる間もあたりのを注意していたが、出てくる気配はみじんもない。


 ふと、頭の中にもう一つ浮かび上がってきた。


「ダイチ、こっちは一旦放きする! おれたちも戻るぞ!」

「えっ、う、うん! 了かい!」


 ハッとして叫び、おれは真っ先に前の部屋へと戻る横穴へとかけだす。


『コチラしぃな。ヒーチャン班長さん、ダイチ、聞こえてる? 早く戻って、三匹ともとなりに出た。ピンチ』


「くそっ、やっぱりか! ヒトヨシ了かい!」

「――!」


 直後にしぃなからの通信。おれはあくたいをついて、ダイチは息を呑む。


 さっきの陽動がそのまま足止めの一手でもあった、ということだ。しかしそれでも……、

「まさかおとりまで使ってくるとは思わねぇよ――!」

 キノコ怪人としてはあまりにも高度な作戦に舌を巻くしかない。


 部屋自体は小さいから駆け出せばすぐに横穴にはつく。


 問題は……、

「ちっ、やっぱりか!」

 その穴をふさぐようにうにょうにょとツキヨタケ怪人が手を伸ばしてふさいでいることだ。


 これじゃあ通るに通れない!


「ジーちゃん班長、どいて! ぼくがやるよ!」


 ジャギンっとショットガンを引く音が鳴った。おれは一息に転がって横穴から離れる。


 ダイチはショットガンに備えられた正体不明のレバーを無造作に下ろしてそれからまたジャギンっとスライドを動かした。


 狙いをつけて発砲。飛び出した散弾の雨が穴をふさぐツキヨタケ怪人の体を叩き、貫通する。そして、穴からはみ出した銃弾がさらに横穴を大きく広げた。だが、ツキヨタケ怪人が退く気配はない。ダイチはまた二度スライドを引いて、引き金を引く。大量の銃弾がもう一度辺りを叩く。そしてさらに、もう一度。


 ぐにょん、とツキヨタケ怪人の体がゆらいだ。俺はそれを見逃さず、横穴へと体当たりをしかける。頭と肩で無理やり相手を突き飛ばす!


 銃弾によってズタボロになっているところに全身を使ったタックルならば、キノコ怪人だろうとさすがにたおれる。手もボロボロの穴だらけになっているからおれを捕まえることは出来ないはずだ!


 となりの部屋に転がり込んで、いっしょにたおれたツキヨタケ怪人がそのまま地面に沈んでいくのを無視して、顔を上げてリエカのいるはずの部屋の奥を見る。ぐぐぐっ、と銃口を天井に向けてキノコ怪人ともみあうコウイチが見えた。その後ろには足と手をつかまえられて身動きのできなくなったリエカがいた。


「こんのやろうぉぉぉぉぉ!」


 立ち上がりざまに飛び出して、部屋の奥へと一気にかける。


 低い姿勢からまずは横なぎの一げき! コウイチに取り付いているツキヨタケ怪人の足元を切払う!


 ぴょんっ、とツキヨタケ怪人がジャンプした……!


「なぁっ――?!」


 人間のことを追いかけて建物から降ってくることは何度かあったが、能動的に飛びはねるキノコ怪人は初めて見た。


 ギョッとはしたけど、それだけだ!


 振り払った刀を背負いこむように手首を返しながら引き戻して飛び上がったキノコ怪人の足元を狙いなおす。同時にキノコ怪人が飛びはねたことでおさえられていたコウイチの動きが復活! S-SHI-MJアサルトの銃弾がツキヨタケ怪人の頭をふっ飛ばした! 銃のしょうげきでキノコ怪人の体がさらに浮く。ザンッ! と刀が浮いた足を切り落とす。


 よろけたコウイチは力なく崩れていくキノコ怪人を手をはらおうと動く。刀を振りぬいた俺は無理やり重心を移動させてそのまま一歩前に出る。しゃがんだリエカに取り付いているツキヨタケ怪人を振りぬいた刀を持ち上げることでそのまま切払うために。


 だが、無理やり前に出たのがたたって力が入りきらず、バランスが崩れる。


 かまうもんか! 今こいつを逃せばやっかいだ、何があってもたおしきる……!


 半分たおれかけながら無理やり刀を上へと振りぬいた。


 感覚が遅れて伝わってくる。手元にはぐぅっという重み、右足には崩れた体勢のままでふんばったからか、ピキィッというトゲのような痛みが、それぞれやってきた。頭がふらつく。そして最後に背中に重いしょうげき。


「なっ……?!」

 目の前がかしぐ。


 遅れて、今自分はたおれかかっているのか、と気が付く。


 振り向くとツキヨタケ怪人らしきものが背中のすぐそばにいた。なるほど、相手の体当たりを背中からまともにくらったのか。のんきにそんなことを考えて、それからするどい銃声と共に頭にひどい痛みが走った。


 視界が黒くなったり白くなったり……、とにかくカチカチする。

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