第3話 好きという感情

 今日は、ネイルサロンは休み。悠から誘いを受けて、レストラン雪月花にきている。

 昼の時間、試作の料理を食べてもらいたいというお願いでお邪魔している。

 普段座っている、夜のカウンター席ではなく、日の光が差し込んでくるレストランの窓側の席に通されたときは、自分の恰好やら、髪型にもう少し気を使うべきだったかと思った。

 レストランの営業までに仕込みや掃除で、スタッフが働いていた。

「蒼さん、営業前でバタバタしている中で、ごめんなさい。」

 悠が、いつもの制服に身をつつみ真向いの席に腰をおろす。

 大丈夫だよ。と伝えながら、この前ハグされたことを思い出してしまう。思い出すたびに期待と自制が交互に押し寄せる。

 ちょっと弱っているときには人の温もりが恋しくなるもんだ。そういう日もある。悠はノンケだ。期待はするな。

 席には、アフタヌーンティーが置かれている。クリスマス仕様の色合いが鮮やかな仕上がりだ。

 ケーキ、クッキー、キッシュ、パンなど、クリスマスを盛り上げてくれるであろう可愛いデコレーションがされている。

「クリスマスの2日間だけなんて、もったいないね。すごく美味しそう。悠くんも、純太くんも皆で一緒に食べようよ」

 それを聞きつけた前田が早々にやってきて愛嬌のある笑顔をふりまく。

「うれしいです。ご一緒させてください」

 前田は席につくなり、悠に飲み物をもってきてくれとお願いする。悠は、仕方なく、席をたち厨房に消えた。

 悠の姿がいなくなったのを確認して話しかける。

「悠が、こんなに人に執着しているの初めてなんですよね。あ、蒼さんにね。なんか迷惑かけてませんか?」

「執着?」

「ああ、はい。悠ってあまり人に関心がないというか。付き合いが程々というか。だから蒼さんの話がたくさん出てきて、びっくりしてるんですよね」

 へぇーと相槌をうちながら、湧き上がる期待に顔がにやけてしまう。

 受付カウンターで笑い声があがり、そちらを向くと、悠と夢の姿があった。

「夢ちゃんと悠って幼馴染なんですよ。近所で小さい頃からの知り合いだからか、喧嘩することはあるけど、基本、気が合うみたいでさ。なんだかんだ仲良いんだよな……」

 悠と夢の笑いあう顔に蒼の心に暗い霧がかかる。

 俺はなにを期待しているんだ。悠はノンケだぞ。隣が似合うのは女の子だ。

 ぼんやりしている蒼の顔に純太が質問をぶつける。

「蒼さんて、彼女さんいるんですか?」

 不意打ちの質問に、なんて答えたらいいか迷う。

 ゲイということを隠しているわけじゃないけれど、今は、それが言えないでいた。

「恋人はいないよ」そう言うのが精いっぱいだった。

 悠が飲み物を持ってきて、席に着いた。三人でクリスマスアフタヌーンティーの試食会をする。

 会話は、前田と悠の高校時代の話しから、蒼の学生時代の話になった。

「蒼さんは、学生の頃からネイルサロンを経営しようとおもってたんですか? どんな学校だったんですか? モテたでしょう?」

 前田の質問責めに面食らうが、彼の愛嬌の良さに不快な気持ちはしなかった。むしろ自分も同級生と錯覚するほど打ち解けた感覚になって、話に拍車をかけた。

 美容系の専門学校に通いながら、起業のお金を貯めるために、夜はバーで接客していたことを話した。二人とも驚いていたが、前田は目をキラキラさせていた。

「え? バーデンダー、やってたんですか? 親近感!」

 そんな前田の顔を見て、思わず吹き出してしまった。

「純太くんのようなバーテンダーではなくて、どちらかというと接客メインというか……ま、いわゆるボーイズバーとか、ホストとか……夜の商売をいくつか掛け持ちしてた」

 前田が、なるほどと頷く。

「蒼さんて色気あるもんね。ね? 悠?」

 その言葉がとても恥ずかしかったが、視界に入った悠の顔が、曇っているような気がして、この話題を遠ざけるためにネイルの話しをすることにした。

「ネイルサロンは、最初は中々お客さんが付かなくてね。看板になるような賞の一つも持っていなかったから、とにかくネイルのコンテストに沢山出たよ」

「へぇー、なんか、かっこいいですね。結果は?」

「佳作賞が限界だったかな。」

 こんなことは言えないけど……

 本当は、起業が決まった時期に五年付き合っていた彼氏から別れを告げられた。

 あの時は、ボロボロの精神状態だった。それでも、店を開けないといけないし、続けていくということが、とても辛かった。

 コンテストに出て賞をとることを目標にして、この状態を脱しようと夢中になってネイルに打ち込んだ。

 指先の器用さには自信があった。初めてのコンテストで佳作をとった。

 初めてのコンテストで佳作をとった時、憑き物が落ちたというか、彼のことばかりを考える事がなくなった。失恋は時間が解決してくれるとはよくいったものだ。なによりそのコンテストで高梨エリカと出会い、スタッフとして働いてくれることになって、サロン経営の前向きな気持ちがもてるようになったのだ。

 それから二年目、三年目とコンテスト出場を続けたが、佳作以上の賞には届かないこともあり、だんだんと店も忙しくなってきたので、コンテストに出るのをやめてしまった。

 賞をとったという華やかな印象とは反対の、あの時の自分は、とても暗かった。

 

 いつまでも振られたことが納得いかなくて、何故ばかりを繰り返していた。

 それくらい相手を信じていた。ずっと一緒にいるもんだと思ってたのに。

 俺のそばにいて。

 最後、みっともなく縋って言えばよかったのか。

 前の彼氏が言った最後の言葉を思いだす。

 ――蒼、ごめんな。彼女が妊娠しちゃってさ。結婚することになった。だから一緒にいられない。――

 何時から? 女もいけたの? 俺はなんだったの? 怖くて聞けなかった問いがいつまでも頭の中で回っていて、毎日イラついて、泣いていた。

 

「……さん……蒼さん」

 呼ばれてハッとする。席には前田の姿はなく、悠と二人になっていた。

「大丈夫です? 何か考え事してたみたい」

 覗き込むようにみられて躊躇する。

 ここで、あんなことを思い出すなんて。

 自分を心配してくれる悠の顔を見て、好きという気持ちに蓋をする。

 勘違いするな。と言い聞かせる。あんな、あんな思いはもうしたくないのだから。

 どうせノンケなのだから、もうやめとけばいいのに。それでも蓋からあふれ出そうな気持ちを、胸の中で押さえつけるのに精いっぱいで苦しくなった。


 試食会を終えて、レストラン雪月花から出ると、悠に呼び止められた。周りをキョロキョロして誰もいないことを確認する。

「ハグしていいですか? 」

 と耳元で聞かれドキリとした。

 なんで? という前に抱きしめられた。悠の吐息が頭上にかかる。

「ハグはストレス軽減効果があるんですよ。顔が暗い気がして。何かありました? これでリラックスできるなら……と思って」

 ストレス軽減て……前に話した時の受け売りじゃないか。それに、リラックスより興奮してしまう。

 ありがとう。と言って、抱きしめられている腕をやんわりと返し、悠と向き合う。

 見つめられる目は、自分のことを好いているように見える。

 俺とおなじ気持ちなのか? 好きだと言ったら、どんな顔する?

 冬が始まる夕暮れは、木々の葉が落ちていて、どこか寂しさを感じるのに、今この時は、とても温かくて、ずっとこの時が続けばいいのにな。と考えていた。

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