婚約破棄からはじまる追放された令嬢たちが新しい世界を作り、人類を救う物語3 〜歴史の決着篇〜

藍条森也

第一話 宣戦

一章 アーデルハイドの帰還

 レオンハルト王国王都ユキュノクレスト。

 都市を取り囲む見上げるばかりに高い防壁の前にいま、闘戦とうせんの一団が並んでいた。その先頭に立つのはもちろん、レオンハルト仮の王、そして、現国王アート・アレクサンデル・アンドレアスの生母であるアンドレア。

 「仮にも国王陛下たるお方が前線に出るなど危険すぎます。御身おんみになにかあったらこの国はどうなるのです。どうか、防壁の内にて督戦とくせんしていただきたい」

 そう言ってとめるものたちも、もちろんいた。しかし、アンドレアは意に介さなかった。

 「わたしが死んでも我がアートがいれば国は揺るがん。わたしは王として、母として、民と子を守るために戦う。それだけのことだ」

 そう言って最前線に身を置いている。

 その思いはアンドレアの後ろに並ぶ闘戦とうせんたちも同じ。一糸乱れぬ見事な方形陣を築き、長槍を手に、その顔に深い覚悟を決めた表情を浮かべ、蘭のように気高く、竹のようにまっすぐに立っている。

 その闘戦とうせんたちの左右には弱虫ボッツを構えた一騎当千が並んでいる。その一騎当千を指揮する立場にいるジャイボスは活躍の時がくるのを今かいまかと、文字通り腕を鳴らしながら待ち構えている。その横ではこし巾着ぎんちゃく、もとい、参謀格のスタムがいて、こちらは『どうしよう、どうしよう』と言わんばかりの不安そうな表情でウロウロしている。

 その対比はなんともおかしいもので、見ていると笑いが込みあげてくる。本人たちは気付いていないが、ふたりのそんな様子は兵たちの緊張をほぐす役に立っているのだった。

 やがて、砂塵さじんを巻きあげて一頭の早馬が駆けてきた。馬に乗る伝令兵が声を限りに叫んだ。

 「来ました! 鬼部おにべの群れです!」

 よし! と、アンドレアは破顔した。

 不敵というには華やかすぎるその笑顔。女王騎士、いや、騎士女王アンドレアならではの笑顔だった。

 「さすが、ジェイだな。まんまと鬼部おにべの群れをこちらに追い立てたか。逃げてくる鬼どもを仕留める! 容赦はするな! 総員、戦闘準備!」

 アンドレアのその声に――。

 闘戦とうせんたちは一声も発することなく臨戦態勢に移った。

 その一事だけでこの母たちの軍団の練度の高さがわかる動きだった。

 「ジャイボス!」

 「おう!」

 アンドレアの叫びにまだ年若い巨漢は陽気に叫んだ。体の割に幼さを残した風貌ふうぼう。決して美形ではないが愛嬌あいきょうのある顔立ち。そこに浮かぶ笑顔といい、口調といい、『やんちゃなガキ大将』そのもの。

 「一騎当千、準備よし! いつでも行けるぜ」

 「よし! 鬼部おにべどもが来たら思いきりぶちかましてやれ!」

 「当然!」

 叩けば響く。立場的には国王と一指揮官と天地ほどの差がありながら、妙に気の合う『相棒感覚』のふたりだった。

 役目を果たした伝令兵がそのまま闘戦とうせんの脇を通り過ぎ、正門前に至る。人間用と言うより巨人族用に作られたのではないか。そう思いたくなるぐらい巨大な正門が開き、伝令兵を招き入れる。伝令兵が馬ごと門のなかに入る。再び門が閉まる。そのとき――。

 伝令兵とは比べものにならない量の砂煙を巻きあげて鬼部おにべの群れがやってきた。

 武器ももたない。防具も着けない。衣服の類はなにひとつまとっていない。

 完全な全裸。鬼部おにべたちのいつもの姿。ただひとつ、決定的にちがうものがある。

 表情だ。その表情はかつてのように人間たちを狩り、食らう、捕食者のそれではなかった。狼の消えた山でデカい面をしていた山犬の群れが、帰還した狼によって最強者への礼儀を徹底的に叩き込まれる、そんなときの恐怖の表情だった。

 そして、もちろん、恨み重なる鬼部おにべたちがどんな表情をしていようと人間の側に気にしてやる理由はない。まして、ここにいるのは父を、夫を、きょうだいを、子を、鬼部おにべに殺され、食われた女たち。そして、残された子を何がなんでも守り通そうとする母親たち。容赦などするはずがなかった。

 アンドレアの右腕が高々とあがった。互いの距離を正確に計り、勢いよく右腕を振りおろした。同時に叫んだ。

 「撃てっ!」

 「撃てえっ!」

 王の命令を指揮官たるジャイボスが改めて伝える。その指示のもと、一騎当千が肩に担いだ弱虫ボッツをぶちかました。

 金属製の筒に充填じゅうてんされた可燃性のガス。そのガスに火をつけることで筒のなかで爆発させ、その勢いで鉄の球を打ち出す弱虫ポッツ。その威力は弓兵の放つ弓の比ではない。

 雷鳴のような音を立てて鉄の球が次々と撃ち出される。その音量たるや耳を押さえていないと鼓膜こまくが破れるのではないかと思えるほどだ。

 鉄の球が凶猛な凶器と化して撃ち出される。鬼部おにべ目がけてまっすぐに飛んでいく。その身にぶち当たり、吹き飛ばす。肉を潰し、骨を砕き、血を吹き出させる。いかに人間をはるかに凌ぐ身体能力をもつ鬼部おにべと言えど爆発の力で撃ち出される鉄球をかわせるほど速くはない。まして、必死に逃げ惑っているいまならなおさらだ。

 撃ち出された鉄球は面白いように鬼部おにべに当たり、次々と吹き飛ばしていく。

 「一次いちじ斉射せいしゃ終了! 鉄球の補充とガスの充填じゅうてんに移る!」

 ジャイボスの声が響く。

 その声を受けてアンドレアがニヤリと唇を吊りあげる。

 「闘戦とうせん、突撃! やつらを一匹たりと王都に近づけるな!」

 言われるまでもない。王都のなかにはかのたちの子どもが暮らしているのだ。人を食う鬼など近づかせるはずがなかった。

 闘戦とうせんの群れが長槍を手に突進する。その先頭に立つのはもちろん、アンドレアだ。秀麗なる白馬にまたがり、長剣を振るい、弱虫ポッツの斉射せいしゃによって混乱した鬼部おにべたちを容赦なく斬りたてる。そのまわりでは闘戦とうせんたちが次々と手にした槍で鬼部おにべを貫いていく。

 「二次にじ斉射せいしゃ、準備完了!」

 ジャイボスの声が再び響く。

 「よし、全軍退け!」

 アンドレアが叫ぶ。

 闘戦とうせんの群れはそれまでの攻勢が嘘のように一転して退きはじめる。もちろん、その場に最後まで残っているのはアンドレア。

 突進するときは誰よりも早く、退くときは誰よりも遅く。

 それが騎士女王たるアンドレアの誇り。

 闘戦とうせんの群れが――アンドレアも含めて戦線後方に退いた。それ見てジャイボスが叫びをあげる。

 「撃てえっ!」

 再び――。

 雷鳴のような轟きをあげて無数の鉄球が撃ち出される。

 斉射せいしゃが終わると再び闘戦とうせんが突撃。

 その繰り返し。

 もとより、鬼部おにべは軍隊ではない。狩人の群れ。このような組織的な連携れんけいにおいては人間の方がはるかに勝る。

 そこへ、新たな砂塵さじんを巻きあげて新しい軍団が現れた。

 ジェイ率いる羅刹らせつたいだった。

 ジェイと羅刹らせつたいが人の世に潜む鬼部おにべの集団を狩り出し、追い立て、闘戦とうせんと一騎当千が待ち構えるこの地まで追いやったのだ。

 闘戦とうせん

 一騎当千。

 そして、羅刹らせつたい

 人類が誇る精強な軍に挟み撃ちにされ、鬼部おにべは文字通り全滅した。


 「おお、さすがだな、ジェイ! 時間も、場所も、計画通りに追い立ててくるとは」

 わっはっはっはっ! と、なんとも愉快そうに笑いながらアンドレアは人類軍総将ジェイを迎えた。

 「畏れ入ります」

 ジェイは短く、礼儀正しく頭をさげた。

 その横にはいつも通り、補佐官のアステスが男女どちらとも言えるような中性的な美貌びぼうを並べている。

 地下道を使っての奇襲によりエンカウンの町を取り戻して以来、人類と鬼部おにべの立場は完全に逆転していた。エンカウンを奪還されたことで鬼部おにべは本拠地である鬼界きかいとうとの連絡を絶たれ、孤立した。さらに食糧――人間たち――も、失うことになった。それ以外の野性の獲物たちはすでに食い尽くしている。食い物もなく、腹を空かせ、共食いまでするありさま。そんな状況でたい鬼部おにべように特化した軍団である羅刹らせつたいに対抗できるわけもなく、いまや鬼部おにべこそが肉食獣に狩られる獲物と化していた。

 ――いい気味だ。

 多くの人間たちはそう言っていた。

 ――この三年間、人間を狩りの獲物としてきた報いだ。

 「アンドレア陛下」

 ジェイの隣に並ぶアステスが報告した。

 「これで、確認された鬼部おにべおもな群れ、一六のうち、一二までを潰しました。この大陸から鬼部おにべを叩き出すのももう間もなくです」

 「うむうむ。そうなればいよいよ鬼界きかいとうに乗り込んで決着をつけることが出来るな」

 アンドレアはホクホク顔でうなずいた。

 アンドレアたちが話している間にも戦場の後始末がつづいている。怪我人が運ばれ、応急処置が施され、ヒーラーたちが魔法をかけ、必要とあらば手術を行う。巨大な穴を掘り、何千という鬼部おにべの死体を放り込み、土をかけて埋める。血に濡れた大地をひっくり返し、汚れた部分を地の底に隠す。もちろん、これらの汚濁おだくはたやすく消え去るようなものではない。例えば、この地で作物を作ろうと思えば何十年もかかるだろう。それでも――。

 自然のもつ浄化力は鬼部おにべの血や肉さえも呑み込み、滋養にかえる。いずれはこの地にも草が生え、花が咲き、木々が立ち並ぶ光景が蘇るときがくる。

 「アンドレア陛下」

 ジェイが引き締まった表情で言った。

 「鬼部おにべたちを駆逐くちくしたところで大陸にはすでに、全土に解き放たれ小鬼たちがいます。そちらの対処はどうなっております?」

 「各地の冒険者たちが協力して掃討そうとうに当たっている。時間はかかるがなに、根さえ刈れば枝葉は自然と枯れるもの。この大陸に侵入した鬼部おにべを狩り尽くせば根絶するのは時間の問題だ」

 「モーゼズ将軍からの連絡は?」

 「後衛部隊の編成は順調だそうだ。程なく第一陣を派遣できると言ってきた」

 「そうですか」

 ジェイは万感胸に迫る表情でうなずいた。

 「ならば、いよいよですね」

 「そう、いよいよだ。いよいよ、我らが鬼界きかいとうに乗り込み、この争いを終わらせるときがくる」

 アンドレア。

 ジェイ。

 アステス。

 三人がそろって力強くうなずいた。

 そのとき、ひとりの伝令が転げるような勢いで駆けてきた。

 「急報、急報です!」

 泡を食った、とはまさにこのことだろう。伝令は口から唾を飛ばしながら叫んだ。

 「アーデルハイドさまがご帰還なさいました!」

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