くるみの冒険

一宮ちゃん!

振られた

 私は昔からドジでおっちょこちょいとバカにされてきた。

 やることなすこと、すべて失敗するからだ。

 例えば、家庭科の授業の調理実習では包丁でにんじんを切ろうとすれば、にんじんがどこかへ飛んでいってしまうし、

 体育でハードル走をすると、すべてのハードルを踏み潰し壊してしまうし、

 しまいには、なんやかんやあって掃除中に学校の2階の窓から落ちてしまったこともあった。

 こんな自分が嫌になるし、クラスのみんなからドジっ子とバカにされるのも嫌だ。


 そんな私に優しく声をかけてくれたのが、宮元実みやもと みのる君なのだ。

 彼は私がどんなミスをしても優しく励ましてくれる。

 彼は私の心のオアシスだ。

 私は彼のことを少し気になっている。

 いや少しじゃないな、とても気になっている。好きだ。好きすぎて、大好きだ。

 彼の優しい性格が好き。彼のとなりに寄り添いたいし、一緒に歩きたいし、一緒にごはんを食べたい。

 彼の彼女になりたいな………。


「はい、くるみさんここの答えを答えてください」


 緊急事態発生だ。

 私が、みのる君のことを考えていたら、先生に当てられてしまった。

 授業なんて耳に入っていない。

 だって彼のことで頭がいっぱいなんだもの。


「えっ、私ですか!?」


「そうです、あなだです。くるみさん、ここの数式にあてはまる数字を答えてください。それとも、また聞いていなかったのですか?」


 聞いている、いないの問題ではなく、そもそもわからない。

 私は勉強が苦手なんだよーー!

 周囲のクスクスと笑う声が聞こえる。

 やっぱりくるみはバカだなーという、クラスのお調子者が私を揶揄する言葉が聞こえてくる。

 顔が赤くなるのがわかる。

 冷や汗もでてくる。

 いま私をバカにしている奴ら全員、いなくなってしまえっ!

 と思っても、いなくなるわけもなく……。


「5だよ。答えは5だよ。寺下さん」


 そんなとき救世主は現る。

 うしろの席のみのる君だ。

 私の大好きなみのる君が、小声で私に答えを教えてくれる。


「5です。先生、答えは5です!」


「くるみ、不正解だ。答えは7だ。座ってよし」


 私は恥ずかしさ絶頂で、席に座った。

 そう、みのる君もあまり頭が良くない。

 でも、そんなところも好き。


「ごめんね、寺下さん」


「うぅん、いいよ。ありがとね」


 しょんぼりしながら謝る、みのる君。

 そんな彼も可愛くて、よし。


「先生、寺下と宮元がイチャイチャしてまぁす」


 クラスのお調子者の男子が、手を上げてくだらないことを報告する。


「イチャイチャしてないわい!」


 私は全力で否定する。

 ほんと、あいつ生き埋めにしてやりたい。

 みのる君はというと、顔を赤くしながらうなだれている。

 みのる君のこういう、シャイで繊細なところ私は好きです。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 そんなこんなで、学校が終わる。

 今日もいっぱい、彼のことが好きになりました。


「くるみー、今日帰りにカフェいかない?」


 満面の笑みで私に駆け寄ってくる、彼女は私の幼馴染みの霧達天江きりたち あまえだ。

 今日も彼女はその豊かなおっぱいを揺らしながら、私をカフェに誘ってくる。

 クラスの男子達は、その魅惑なボディに釘付けになっている。

 私はそんなバカな男共をにらみつけ、彼女をいやらしい視線から守る。


「うーん、ごめんね。本当はカフェにいきたいけど、今日おばあちゃんのお見舞いいきたいからさ」


「あっ、うん、わかった……おばあちゃん、最近体調はどう?」


「………あまり良くない感じ……」


「そう、辛かったらいつでも私に相談してね。じゃ私、一人でカフェいこうかな。また明日ね、くるみ」


「うん、また明日、天江」


 私は昔からおばあちゃんっ子だった。

 そもそも、私には家族がおばあちゃんしかいない。だから、頼れる家族はおばあちゃんしかいないのだ。

 両親は、私が小さいときに事故で死んでしまった。

 そのあと、おばあちゃんに私は引き取られ、女手ひとつで私をここまで育ててくれた。

 私はなにか辛いことがある度に、おばあちゃんの元で泣いていた。

 おばあちゃんはドジでおっちょこちょい私をいつも優しく励ましてくれた。

「天江ちゃんは大きな才能を持ってる子だから、大丈夫よ」

 と、いつも何もできない私に元気を与えてくれた。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 おばあちゃんの病室までの廊下を歩いていると、暗い気持ちになる。

 病院が全体的に暗くてジメジメしているように、感じる。

 204号室 寺下 と書かれているネームプレートの前でとまる。

 たぶん、病室に入るとおばあちゃんが優しく迎えてくれるだろう。

 そう思いながら、病室の扉を開く。


「くるみ、おかえり」


 と、微笑むおばあちゃんが私を迎えてくれる。

 その声はかすれて、いまにも消えてしまいそうな小さなものだった。


「おばあちゃん、調子どう?」


「うん、くるみの顔を見たら元気になってきたよ。それより、くるみ今日嫌なことでもあったの?」


「うぅん、全然なかったよ……」


「強がらなくてもいいのよ」


「……強いて言えば、今日授業中にバカにされたかな……でもね、そんなのへっちゃらなの、私強くなったんだよ!」


「そうなんだね、いつの間にかくるみは強くなったんだね……さすが私の孫だね」


「そうなの、私はこれからもっともっと強くなるんだから……だからおばあちゃんも病気なんか負けないように強くなってよ………」


「…………くるみ、ちょっと来て」


 私が顔を近づくと、頬に優しくおばあちゃんの手が添えられる。


「くるみ…私ね、本当は死ぬのが怖いの。私は弱い人間なの。でも、不思議でね。くるみが近くにいると、全然怖くない。病気なんかに負ける気がしないの」


「じゃあ、私がこれからもこうやっておばあちゃんの側にいてあげる!」


「ありがと、でも私は弱い人間だからいつかは死んでしまうの」


「…………」


「……私がいなくなっても、強く生きなさいとは言わないわ。でも、辛いことがあったら誰かに頼りなさい。きっとあなたを助けてくれる優しい人が、この世界にはたくさんいるはずだから……」


「そんなこと言わないでよ……私も弱い人間だからおばあちゃんがいないと生きてけないよ……」


「くるみ……よく聞きなさい。あなたには類稀なる才能がある。それだけは私は言い切れる。だから、これから自分の使命をまっとうしなさい。この言葉だけ覚えておきなさいよ」


「そんな才能なんてないよ……私はドジでおっちょこちょいだから一人じゃ生きていけないよ……そもそも、私の才能ってなんなの、おばあちゃん」


「……………」


「おばあちゃん、おばあちゃん、返事してよおばあちゃん!!!」


「…………」


 今日を境に、もうおばあちゃんの優しい声を聞くことができなくなった。

 結局、私の才能ってなんだったのだろうか?

 そんなことより、私はこれからどう生きていこう。


 あぁ、一人ぼっちになっちゃった。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 おばあちゃんが死んでから、一週間。

 葬式やら、色々なことを済ませて、

失意の中、久しぶりに私は学校に行くことにした。

 世界のすべてが灰色に染まっている。

 足取りが沼地を歩いているかのように、重い。


「おはよ、大丈夫くるみ。……辛かったら、いつでも私を頼ってね」


 天江が私に優しく声をかける。

 今日はクラスのみんなが優しく接してくれる。

 あのいつもバカにしてくる、お調子者の男子ですら、私に優しくしてくれた。


「うん、大丈夫。私は全然、平気だから」


「くるみ、今日は私の家に泊まりなさい!! 私が抱きしめてあげるから!」


「ほんと、大丈夫だから………少し1人になりたい」


「そう………」


 ごめんね、天江。みんな。

 私、みんなの優しさが逆に痛いの。

 そんなに優しくされると、私は惨めな気持ちになってしまう。

 ほんと、バカな女だよね、私。

 みんなは家族がいて、楽しい日々を暮らしているから、私の気持ちなんてわかりはしないと、ひねくれた考えを抱いてしまう。


 あぁ、私は一人ぼっちだ。


「寺下さん、大丈夫?」


 こんな失意の中でも、みのる君から声をかけられるとドキドキしてしまう。

 やっぱり恋はすごいな。

 でも、ただ今は恋とか愛とか考えることがとても辛い。

 私の心はそれほどまでに、すさんでいた。


「うん、ありがとね宮元くん……」


 あぁ、泣きそうだ。

 泣きそうだから、その場から逃げた。


「あっ、待って寺下さん!」


 みのる君が何か言っていたが、私はそんなことより逃げることを優先させた。


 気づくと学校の屋上にいた。

 屋上に到着するまでに、階段で3回転んだ。

 そのせいで足がジンジンと痛む。

 そんな痛みも吹き飛ぶくらい、屋上からの眺めはとても良いものだ。

 ここから見える、広い世界に比べたら私の悩みなどちっぽけなものだろう。

 そう思えるだけで、心が軽くなる。

 私は、落下防止のフェンスに近づく。


「早まっちゃダメだ!寺下さん!」


 思いっきり、タックルされた。

 私は地面に倒れ込み、その途端痛みが全身を駆け巡る。

 私の上にみのる君がいる。


「えっ、なんで、私タックルされた!?」


「寺下さん、どんなに辛くても自殺はダメだ!!そんなことしても、意味なんてない!」


「あっ、あぁ、宮元くん。私は大丈夫だよ」


「大丈夫なんかじゃない!バカっ!辛いときは誰かを頼ってよ!」


「えっと、何か勘違いされているかと思うけど、私は自殺しようとは思っていないよ」


「えっ……そうなの?」


「そうだよ」


「ご、ごめん、僕の早とちりでタックルしちゃって」


「うん、痛かった」


「ご、ごめん、なんでもするから許して!」


 意外と大胆なこと言うな、みのる君。

 シャイボーイのくせに……。

 大胆な行動をするから、言う事も大胆なのか。

 私は私で、好きな人にタックルされてなんか嬉しい気もするからいいんだけどね。


「いいよ、いいよ。私も紛らわしいことをしたのが悪かったし…」


「そんなことないよ!僕は女の子を押し倒したんだ、責任くらい取らせてくれ」


 みのる君、女の子にそんなこと言ったら期待しちゃうじゃない。

 私の下心が爆発寸前だ。


「じゃ、じゃあ、カフェ奢ってよ」


「う、うん、お安いものさ」


 すごい、嬉しそうに頷く彼を見て、やっぱり好きだなぁと思った。

 私は久しぶりに笑顔を顔に表現したかもしれない。


 ★☆★☆★☆★★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 カフェに入る私達。

 というより、私たち他から見たらカップルかもしれない。

 なんと、嬉しいことだ。

 席に座り、店員さんにホットココアを頼む。

 彼はアイスココアだ。


「僕も最近、母さんと父さんを亡くしたんだ」


「えっ、そうなの!?」


「うん、だからおこがましいかもしれないけど、寺下さんの気持ち少しはわかるんだ」


 私の気持ちがわかるわけないと思うひねくれた自分と、共感してくれる彼に嬉しく思う自分がいま戦っている。


「ぼくも両親を亡くして、何もやる気がでなくてさ、最近なんて勉強すらも疎かになりだして……世界でぼくだけ一人ぼっちになったような感覚に陥ってさ」


 私と一緒だ。

 彼も灰色の世界の住民なんだ。


「私もそんな感じだった。何もかも嫌だった。みんな、私に優しくしてくれるけど、私の心は一人ぼっち。みんなは家族がいるけど、私は家族がいない。だから、みんなが羨ましくて、嫉妬して、遠ざけていたのかも」


「………でも、寺下さんは誰かを頼ってほしい。そうやって、優しくしてくれる人がいるのなら」


「……そういえば、なんで宮元くんの両親が死んだことみんな知らないの?」


「ちょっと、色々あってね……」


「………じゃあ、宮元くんは私を頼ってよ。私達は一人ぼっち同盟なんだから」


「ふふ、一人ぼっち同盟って」


「な、なんで笑うの、だって私達一人ぼっちじゃない」


「いや、なんか入りたくない同盟だなと思って」


「そう、私もこんな同盟入りたくないの。だから早く頼れる人に頼って、抜け出そうってのが目的の同盟」


「うん、いいね!そういうことなら、この同盟の名誉会長は寺下さんだね」


「な、なんでよぉ。私より宮元くんのほうが適任だと思うけどなぁ」


「じゃあ、僕と寺下さんどっちも会長ってことにしよう」


 そう言って、みのる君がアイスココアを手に私に向けてくる。

 私はホットココアを手に持ち、乾杯を彼と交わす。

 おっ、なんかかっこいい感じだ。

 そう思った瞬間、私は手を滑らせてホットココアを思いっきりこぼした。

 めっちゃ熱い。


「だ、大丈夫?」


「ご、ごめん。大丈夫、大丈夫!」


 制服のスカートが思いっきりココア色になる。

 やっぱり、私はおっちょこちょいな女だ。

 好きな人に恥ずかしい姿を見せてしまった………。

 ほんとに最悪。


 これが、一人ぼっち同盟の誕生秘話である。


「じゃあ、僕は家に帰るよ、


「私も帰るよ、


 今日の世界は、少しだけ色鮮やかに見えるかも。

 共感できる仲間を見つけたからだろうか?


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 次の日、天江がパタパタと足音を鳴らしながら私に近づいてくる。


「あれ、今日はちょっと元気そうじゃない?くるみ」


 私の顔を見て、そう言う彼女。

 やっぱり長年付き合いのある彼女は、私の心情変化を簡単に見破ってくる。


「うん、少しいいことがあったから」


「……そう、よかったね。じゃあ、今日こそ私の家に来てよね。少しやりたいことがあるから」


 やりたいこととはなんだろう?

 気になるので私は、天江の家に行くことにした。


 ★☆★☆★☆☆★☆☆★★☆★★☆☆★★


 彼女のやりたいことは、魔法の儀式だった。

 ん、魔法の儀式?

 なんだ、それ?


 天江の家に招かれくつろいでいると、目の前の机の上にトランプが置かれた。

 天江はニコッと笑いながら、腰を下ろす。

 彼女の豊満なお乳がぽよんと音を立てながら、机の上に乗る。

 私は魔法の儀式なんかより、天江の胸に飛び込んでもふもふしていたいという煩悩を抑え込んでいると。


「ふふふ、いまから魔法の儀式をはじめます!」


「魔法の儀式とは?」


 私が訝しげな顔をすると、天江はニヤニヤしながら


「私はくるみが元気を出してもらうには、もう魔法に頼るしかないと考えたのですよ。このトランプ、タネも仕掛けもない魔法のトランプなのですが」


「タネも仕掛けもない、魔法のトランプとは?」


「このトランプ、あることが出来るのです。こういうふうに机の上にトランプを並べて」


 天江が慣れた手つきでトランプ54枚を裏向きで机の上に並べる。

 均一に揃えられたカードの模様が、私の目をチカチカさせる。


「そして、私がくるみが幸せになれるように願いながらこの中から一枚カードをめくる」


 天江がめくったカード。

 それはダイヤのA。


「で、くるみ、この中からカード一枚めくってみて」


「う、うん」


 私がめくったカードは、ハートの2。


「あちゃー残念。くるみは幸せになることはないでしょう……ってあれぇぇぇ」


 私はどうやら幸せになることはないらしい。

 怖いなこの魔法の儀式。


「いや、これは違うくて、何かの間違いで、決してくるみを陥れようと思ったわけではないのでして……ごめん」


「ふっ、ははははっ、別に謝らなくていいよ」


 天江があまりにもあたふたしているので、声に出して笑ってしまった。


「そもそも、魔法なんて存在しないんだから。それに、天江が私を心配してくれるだけで私は幸せ。それより、ごめん、天江」


「…?なんでくるみが謝るの」


「だって、私おばあちゃんが死んでから、ずっと天江のこと避けてたじゃん」


「……うん」


「私、おばあちゃんが死んでから自分が不幸な人だと思い込んで、勝手に周りに嫉妬して、どんなに優しい言葉をかけられてもバカにされてる気がしてさ」


「うん…」


「天江やみんなの優しさを拒んでた……。ほんとに私バカだよね……」


「………くるみ、私は大切な人を失ったことがないから、あんたにどんな言葉をかけていいかわからないけど……」


 天江はそう言うと、私に近づいてきた。

 そして、ふんわり柔らかい腕で私を包み込む。


「……天江?」


「くるみ、泣いてもいいよ」


 天江の胸があたたかい。

 彼女の言葉があたたかい。

 私はいつの間にか、泣いていた。

 心に溜め込んでいた、寂しさと悲しみを吐き出すよう泣いた。

 天江はそんな私の頭を優しく撫でてくれた。


「どう、私の胸、柔らかいでしょ」


「………っ、うん、柔らかくて、あたたかい」


「も、もう、そんな顔すりつけないでよ、くるみ」


「だって、柔らかいんだもん、へへ」


「もうっ」


 ☆★☆★☆★★☆★★☆☆☆☆★★★★☆


 気持ちが落ち着くのに、一時間くらい天江に抱きついていた。


「元気になった!天江、ありがと!」


「そう、それはよかったよ」


「そうだ、ついで私も魔法の儀式でもやってみようかな」


「おっ、それなら準備するから待ってて」


 机の上に並べられるトランプ。


「じゃー私はと願おうかな」


「わぁ、あんたよくそんな恥ずかしいこと言えるわね。私もさすがに照れるな」


「はい、私はスペードの2だったよ。それよりこの魔法の儀式ってどうやったら成功するの?」


「それはね、最初に願った人が引いたカードと、次に引いた人のカードが同じ数字だったら成功。ようは神経衰弱!ほいっ」


 天江が引いたカードはダイヤの2だった。

 その瞬間、何か変な感覚がした。

 まるで、魔法にかかったような、不思議な感覚……。


「おっ、やったね。儀式成功だね。これで、晴れてくるみともっと仲良くなれるよ!」


「大好き、天江!」


「ちょっと、くるみ、急に抱きついてこないでよぉ〜」


「だって、天江の身体大好きなんだもん」


「変態だ、くるみ!?」


「ふふふっ」


 こうして、魔法の儀式も成功して、さらに私たちの仲は深まったのでした。

 まぁ、魔法のおかげではなくて、天江の優しさのおかげなんだけどね。

 だって、魔法なんて存在しないのだから。


 ★☆★☆☆★★☆☆☆☆★★★☆☆☆★★


 魔法なんて存在しない。

 そう、どこかの偉い科学者が言っていた。

 魔法の存在はいまや、現代科学によって否定されてしまった。

 その偉い科学者は、こうも言っていた。


「ついに科学が魔法に勝った」


 空飛ぶ魔法は、空飛ぶスケートボードが発売したことにより夢ではなくなり。

 火を出す魔法は、指パッチンで簡単に火をつけられる小型ライターが発売したことにより、現実になり。

 水を永遠に生み出す機械が発明されたことにより、科学が完全勝利した。


 だから、ここまで科学が発展した世の中には、もう魔法を夢見る人間なんていない。


 ある日、私はおばあちゃんの遺品整理をしていた。

 ちなみにおばあちゃんが遺してくれた、多額な遺産により私はなんとか一人でも生活していけている。

 なぜ、こんな遺産があったのかは永遠の謎だか……。


 遺品整理をしていると、おばあちゃんの日記が見つかった。

 日記の中身は、私との思い出ばかり書いてある。

 私と本を買いに行ったあの日のことや。

 私と服を買いに行ったあの日のこと、

 私とピクニックに行ったあの日のこと。

 私がおばあちゃんに大嫌いと言ったあの日のことや。

 私がごめんなさいとおばあちゃんに言った、あの日のこと。


 全部、こと細かく書いてある。

 おばあちゃんの愛がページをめくる度に溢れてくる。


「………っ、おばあちゃん」


 思い出のページを静かにめくりながら、涙をポロポロ流す。

 ほんと、私は泣き虫だな。


「んっ?」


 日記の最後のページに何か挟まっている。


「便箋?」


 かなり年季の入ったの入った便箋だ。

 なんで、日記に白紙の便箋が?

 よくわからないけど、こんな便箋使えないな。

 でも、おばあちゃんの遺品だからなぁ。

 捨てるか、捨てないかとても迷う。


「よしっ、せっかくだし、これでみのる君へのラブレターの練習をしよう」


 私は遺品整理を終わらせると、その便箋を部屋に持っていく。

 便箋を机に置き、ペンをスラスラと進める。


 彼への愛を綴り、最後に私の名前を書く。


 すると!?

 突然、その便箋が光り出す。

 そして瞬く間に、光が部屋を包み込み、便箋がなくなってしまった。


「えっ……私は夢でも見ているのか?」 


 机の上にはさっきまであった便箋の存在がなくなっている。


「あぁ、そうか、私疲れているんだな……もう寝よ」


 最近、色々なことがあったからたぶん疲れているのだと、私はとにかく今起きたことを忘れることにした。

 部屋の電気を消して、ベッドに寝転がる。


 だって、魔法は存在しないのだから。


 ☆★☆★★☆☆☆☆☆★★★★★☆☆☆☆


 次の日、私は学校に行くと

 下駄箱にて


「くるみ、おはよ!今日は朝何回転んだ?」


 天江がニコニコしながら、私に近づいてくる。


「こいつ、今日6回転んでたぞ」


 後ろから笑いながら、私の登校中にすっ転んだ数を言う、いつもバカにしてくるお調子者のあいつ。


「なんで、数えているのよっ!」


「だって、お前何もないところで転ぶんだもん。面白くて数えちった」


「てかっ、あんたそれストーカーよ」


「しょうがねぇだろ、お前の通学ルート、俺と一緒だし。なぜか俺と一緒の時間に登校しているお前が悪い」


「ぅぅぅぅ、天江、あいつ嫌い」


「よしよし、あいつはバカでアホでくるみのことが好きだから、ストーカーしてるだけだから、大丈夫よぉ」


「あ、天江まで、ストーカーって。それに俺はくるみなんて好きじゃないからな。それだけは勘違いしないでくれっ」


 と言いながら、お調子者のあいつは走って去っていく。

 かわいいな、あいつ。


 いつもどおりの学校。

 席に着くと後ろに座っている、みのる君がソワソワしている、いつもどおりの日常。

 んっ?

 みのる君、なんでソワソワしているの?


「おはよ、宮元くん」


 みのる君に挨拶する、私。

 今日の私はいつもと違う。

 だって、おばあちゃんの遺産で買った少し高いシャンプーを使っているのだから。


「……お、おはよ……」


 なんか、よそよそしいな。

 私、もしかして嫌われた。

 どうしよう、まったく心当たりないけど……。

 えっ、一人ぼっち同盟がもしかして嫌なの?

 私なんかと同じ括りにされたのが嫌なの?


「……寺下さん、あとで屋上に来れる?」


 えっ、屋上で私振られる!?


 ☆☆★★☆☆☆★★★★★★☆☆☆☆☆☆


 一抹の不安を抱えながら、屋上へ向かう私。

 屋上には彼がいて、私が来たのに気づくと、


「ごめんなさい、僕には好きな人がいるから寺下さんとは付き合えない。ごめん」


 私はよくわからず、振られた。

 そんな、穏やかな日常。

 私の心は穏やかではないけど………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る