手を出したら人生終了だ

 法が云々以前の問題なのだが、極めて狭い社会では度々発生する不祥事。


「久我先生!」


 廊下を歩いていると声が掛かる。声の主は俺が担任をしているクラスの女子。今年の四月に入学した一年生だ。若いなあ。

 呼び止められたのだろう、振り向くと笑顔で腕を組もうとする。だがな、その行為は誤解を受けるから禁止だ。


「何か用事でもあるのか」

「あ、なんで振り払うのかなあ」

「必要無いからだ」

「もう、先生お堅いって」


 違う。生徒と教員の不祥事は論外だからだ。学校は大切な生徒を預かり、教育する場所でしかない。間違っても生徒を手籠めにする場ではない。勿論、生徒が勝手に憧れるのまで止めるのは不可能だが。

 高校性ともなると大人びてきて、いろいろ関心事も増えてくる。体の発育状態も大人と遜色なくなるし。つい、スカートから覗く足に見惚れたり。ブラウスの胸元を押し上げる部分もな。所詮は教員と言えど男だ。多少でも意識してしまうことはある。

 だが、気取られず気持ちを切り替えねば教員失格。


 誘惑多いよなあ。

 とはいえ、四十代五十代なんてのは、さすがに憧れの対象にはなり辛い。

 俺の場合は二十代後半ってことで、絶好のターゲットになるらしい。いや、ターゲットにされても困るんだがな。

 生徒同士だけにしておけ。


「で、何の用だ?」

「えっとぉ。文化祭?」

「何で疑問形なんだ」

「えっへっへ」


 まあ分かってるけどな。粉掛けてきてるってことくらいは。気になる相手ってことで、少しでも近付きたいんだろう。

 これがなあ。教員と生徒の関係じゃなければ、間違いなく誘いに乗ってただろう。

 俺も未だに独身だし、こんな若くて愛らしい子がな、好き好き光線ぶっ放してれば。

 だが、立場がそれを一切許さない。そこは鋼の意思が必要とされる。


「あ、先生」

「なんだ?」

「期末考査」

「ああ、それが?」


 不安があるから個別指導、とか言ってるよ。贔屓はしないから、自力でやれと言っておく。


「赤点取ったら先生のせい」

「違うぞ。自身の努力不足だ」

「だって、先生が見てくれないから」

「依怙贔屓になるだろ」


 じゃあ、ってことで部活の個別指導とか言い出すし。

 この子、俺が顧問の部活に入ってるんだよな。追っ掛けみたいな状態になってて、俺の何が良くてと思うんだが。所詮どこにでも居る冴えない教員だぞ。まあ、同学年の男子に比べれば、年食った分だけ大人に見えるだろうけど。


「期末終わったら夏休みだよね」

「まあ、そうだな。あんまり羽目を外し過ぎるなよ」

「違うんですぅ。部活あるよねぇ」

「一応、活動はそれなりにあるからなあ」


 夏休みなんてのは生徒にだけある。教員にはそんなもの無い。夏期講習に三者面談に部活安全講習会に校内アンケートとか。お盆の時期に三日だけ、纏まった休みがあるくらいだ。

 それ以外は普段と何ら変わりがない。授業が無いだけで。


「合宿とか無いの?」

「ああ、うちの部。合宿って何するんだよ」

「ジ〇リ美術館とか」

「日帰りできるじゃないか」


 じゃあ、日帰りでもいいから行こうと。

 因みに部活は漫研だ。合宿なんて意味がないのは自明の理。三鷹の森なら漫研の研究活動には良いのだろう。

 ということで、夏休みに数名の生徒による、見学会と称した遊びに出ることに。

 その前に期末考査があるんだがな。


「赤点だったら、他の先生による徹底指導だからな」

「やだ。久我先生がいい」


 そう言いながら腕を絡めようとするし。速攻でかわすと文句垂れてるが知らん。

 誤解を受けるとPTAから突き上げがあり、破廉恥教師を辞めさせろの大合唱だ。

 平穏無事に教員生活を送りたいからな。あらゆる誘惑に耐える必要がある。


 そう思って己を律していたつもりだったんだがなあ。


「先生! お風呂泡泡」

「はしゃぐな。恥ずかしいから」

「エロライト」

「なんだそれ」


 色がピンクだの紫でエロさの演出とか言ってるし。


「部屋狭いよね」

「行為専用だからな」


 高尚な三鷹の森を見学したあとに解散したのだが、この子が「お腹空いたぁ。先生奢ってよ」とか言い出して。結局、しつこくて根負けし、ファストフードで食事をしたのだが。


「もう八時か。帰らないと不味いだろ」

「今日、親、帰って来ないんだ」

「は?」

「明日も居ないんだ」


 プライベート合宿、なんて言い出して、見聞を広げる意味でも「ラブホに行きたい」と騒ぎだした。

 絶対に駄目だからと断るも「じゃあ、ここで大声出して、襲われたぁって言う」と、脅しを掛ける始末だ。それ、脅迫だからな。しかもしな垂れてきて、胸を押し付けて来る。これ以上ないくらいの誘惑。

 流された。


「先生ってのも変だよね」

「まあ、そう呼ばれると白けるけどな」

「じゃあ、隆則さん」

「名前呼びかよ」


 二人揃って服を脱ぎ捨てバスルームで、互いの体を洗い合いベッドに移動し、がっつり事に及んでしまった。

 そう言えば、この子って。


「誕生日っていつだ?」

「えっとねぇ、九月十二日」


 青ざめるなんてもんじゃない。

 同意の有無がどうこう一切関係無い。


「俺、終わったよ」

「なんで?」

「十六歳未満を相手にしたら、問答無用で犯罪」

「え? そうなの?」


 まじ終わった。人生詰んだなんてもんじゃない。教員資格もはく奪されるのだろうか。さすがに教え子に手を出した程度の話じゃない。まだ十五歳だろ。

 不同意性交等罪が成立。最低五年の拘禁刑が待ってる。しかも教員ってことで、五年程度で済むはずも無い。十年は出てこれないかもしれん。


「ねえ、どうしたの」


 泣けてきたぞ。

 ベッドの上で頭を抱え唸っていると「黙ってれば分かんないでしょ」とか言ってるけど。そんなのすぐにバレる。みんな同じことを考えるんだよ。だがな、十年後も同じ気持ちを持ち続けられるのか、と言えば不可能であろう。

 この子も卒業してしまえば気持ちも冷める。あとになって俺との関係を後悔することになるわけで。その時に「訴えてやる」となってもおかしくない。


 今更無かったことにはできない。

 終わったよ、俺。十五歳だぜ。何を考えてるのかって、なるよなあ。親にも言えないけど、どのみちバレるし。隠し通せるものじゃない。


「あれ? そう言えば、処女じゃない?」

「中三の時にやってる」


 とんだビッチだ。

 気付けない俺って、十五歳の少女にすら手玉に取られたわけで。

 頭撫でてるし。そんなの意味がない慰めだ。


「落ち込んでも仕方ないよ。でも先生、いい感じだったよ」


 中学生とは全然違って、無駄ながっつきが無くて、大人だなあと感心したとか。

 首括るしかない。


 今回のケースで問われるのは勿論「不同意性交等罪」ではあるが、十六歳未満の場合は、そもそも性交同意年齢に至っていない。さらに五歳以上歳の差がある場合は、問答無用で犯罪が成立してしまう。


「誘わないでね」


 ファストフードで食事中に、あらかじめ釘を刺しておく。


「何を?」

「だから、俺を誘うなよ」

「分かんなぁい」


 笑ってるけど、笑い事じゃ済まない事態になるからな。


「ラブホ?」

「そうだ」

「なぁんだ。帰っても親居ないから、誘うつもりだったのに」


 ヤバかった。

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