カフェで笑顔の可愛いデレ天使の正体が、誰にも微笑まないアイドルなわけ

佳奈星

本編:偶像サテライト

第1話 デレ天使との出会い

 突然の話だが、俺は中学の頃、にあったことがある。


 具体的に何かされた訳じゃない。

 被害といっても、誰かから視線を感じる程度。

 最初は自意識過剰なのかとすら、思っていた。


 確信に至ったのは定期的に鞄の中へ手紙を忍ばされるようになってからだった。

 手紙……それは差出人の名前が書かれていないラブレターだった。


 正体不明のストーカー。

 それでも、なぜかイヤではなかったのは……俺が男だからなのだろうか。

 自分のことなのに、どこか他人事で……不思議な話だと思ってしまった。



 まあそれも……もう俺にとって無縁な話

 ストーカーが直接告白することもなく中学を卒業してしまったので、正体はわからないまま。

 きっともう、実際に会う機会もないだろうから。

 なぜならば――――。


「この街も変わっちまったな」


 高校進学を機に、俺――ばたすいは昔住んでいた街へと戻ってきた。

 街を離れてしまえば、さすがのストーカーも追ってこれないだろう、ということだ。

 とはいえ、ストーカーから逃げたくて、街を出たのではなく、きちんと別の理由があった。


 実は――この街に探している人物がいる。

 それは昔、俺がを約束した女の子。


 正直なところ、約束なんて本気にしていない。

 というか、相手が俺のことを憶えているのかさえわからないのだ。

 それでも……だ。

 ただ彼女とまた会いたい一心だけで、俺はこの街へやってきた。


「ふぅ、新しい部屋……外の眺めは悪くないけど、まだ殺風景だな」


 引っ越してきた下宿先のマンション。

 俺の部屋は三階にあった。

 必要な家具はまだ揃っておらず、部屋の中は広々として開放的だ。


「春休みとはいっても、俺は勉強しないとマズいんだよなぁ……これじゃ落ち着かない」


 俺の通う高校――私立こうけい学園は受験時だけでなく、入学式の翌日にも試験がある。

 新学校らしく学力でクラス分けをするらしいので、受験に受かったからといって油断できない。


 そう考え勉強道具を取り出したその時だった。

 急に……俺の腹が鳴った。


「……家にいても仕方ないし、外食がてら勉強できるスペースでも確保しに行くか」


 近隣にカフェがあった事を思い出す。

 俺は早速パソコンと数冊のノートを持って向かうことにした。




「いらっしゃいませ〜」


 チリリンと戸にかけられた鈴が鳴る。

 カフェ『ルージュ』の店内は外から見ていたよりも狭い。しかし暖かみを感じる木製の装飾にムーディーなバラードのBGMがマッチしており、いい雰囲気だ。

 何よりコーヒーの香りが良い。


 勉強する目的があるとはいえ他人の邪魔になる訳にもいかない。

 店内は空いているものの、一人客である俺は潔くカウンター席の端へと座る。


「コーヒー一杯とキッシュを一つお願いします」

「はい! 承りました」


 小腹は満たせれば何でもいいと思った俺は、適当に選んでメニューを置いた。

 次いで見上げると、注文を聴いてくれた店員さんが満面の笑みを見せてくれる。


 とても若い店員さんだ。

 高校生に見えるくらい若そうな女性。

 というか、俺と同じくらいだろうか。

 それだけなら特に気にしなかったかもしれないが、妙に目を惹かれてしまう。


 紫水晶アメジストの瞳とくわ色の髪こそ明るいかもしれないけど、慎ましさを感じるおさげ。

 そして、あまり似合っていない眼鏡。


 そんな地味になりがちな特徴を揃えつつも、近くで見た彼女はとても美女と呼ばれて遜色のない容姿の持ち主だった。

 胸元の名札を見ると、彼女の名前は『みなみさん』というらしい。


「お客様、どうかしましたか?」

「あっ……」


 ジロジロと彼女のことを見ていた視線を気づいたのか、問いかけてきた店員さん。

 つい驚いてしまい、言葉に詰まってしまった。


「いえ、その……店員さんがお綺麗だなぁと思いまして。初対面で失礼でしたよね」


 正直に謝った。

 言ってしまった後でナンパと勘違いされそうだと気付き、ハッとなったが、店員さんはお姉さんっぽく微笑んで返してくれる。


「同い年くらいの男の子にそんなこと言われると……照れちゃいますね、えへへ」

「すみません」


 謝罪すると店員さんは顔を横に振って、「嬉しかったです」と言いながら微笑んでくれた。

 ……良かった。

 不快な想いはさせていなかったみたいだ。


「そういえば……高渓の新入生ですか?」


 続けて店員さんが話しかけてくれる。

 表情が活き活きとしているのを見ると、どうも彼女はお喋り好きみたいだ。


「わかりますか……?」

「時期ですからね〜。といっても、私も数日前にここのバイト始めたばかりなんですけど……」


 それにしては話し慣れているのでは……?

 なんだか親しみを感じるし、向いていると思う。

 しかし、俺が一番に驚いていたのは、そこじゃない。


 彼女は、見るからにバリスタを担当していた。

 ドリップ中のカップの重さを感覚で測りながらお湯を注いでいる。

 とても始めたばかりとは思えない習癖だ。


「もしかして、店員さんも新入生だったり?」

「ぶっぶー! 残念ながら私は高渓の生徒ではありませんよ〜」

「じゃあ、何処の――」


 何処の学校に通っているのか、あるいは通う予定なのか問おうとした瞬間、南さんは細い人差し指を唇に当て――不敵な笑みを浮かべる。


「乙女には秘密が付き物なので、これ以上は教えられません~」


 それもそうだ。

 初対面の他人に個人情報をペラペラ話せるわけもないし、何年生かという質問は年齢を問うのにも等しい。

 女性に年齢の質問はNGだった。


 とはいえ、こちらは焦らされた気分になる。

 子供っぽく見えるだけで、成人しているという可能性も……いや、それは流石にないか。

 彼女がまとう空気感は大人っぽいものの、同級生の女子と話す時と同じ感覚に近い。


「コーヒーとキッシュになります。ごゆっくりどうぞ〜」


 彼女の一挙一動に目を奪われている内に、注文したものが目前に出された。

 そんな時、チリリンと再び鈴が鳴る。

 ちょうど新しいお客さんが数名店内に入ってきたようだ。

 ……南さんは、せっせと仕事に戻ってしまう。


 勉強中は話せないだろうから、キッシュを食べながらもうちょっと話したい気持ちがあった。

 けど彼女も仕事だし……仕方ないか。


 落ち着いた音楽に浸りながら、俺はリラックスすることにした。

 とりあえず時間はあるし、混む事がなければ営業終了時刻まではいるとしよう。




 ***




 淡々と業務を熟す日々が終わりを告げる。

 約3年の時を経て始まる運命に、昂る気持ちを抑えきれず、誰にも聞こえない声で私は呟いた。


「ようやく……また会えましたね」

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